第二話 陛下との邂逅
「婚約破棄されました……」
「まぁなんか、うん……そんな日もあるよ…」
うちの父は励まし下手だ。つくづく、特に今そう思う。
「まぁもう終わったことですし、次の嫁ぎ先を探しましょう。十八で結婚してない公爵令嬢ってまあまあマズイですもの」
母が言う。
あなたはもっと他人を慮ることを覚えたらどうかな、まだ下手な方がマシだよ。
「とはいえ…」
婚約破棄されたことは、数日すれば国中に知れ渡る。そうなれば国内での結婚はかなり難易度が跳ね上がるので、つまりはまぁその。
「隣国の方とかってことになるのでしょうか……」
父母が渋い顔で頷く。加えて父が口を開く。
「で、実はもうその線で探している。その結果、ララグナ王国の王が、真っ先に手を挙げてくれた」
ララグナ王国。聞き覚えがあるな、と脳内をくまなく探し始める。
見つけた。
「ララグナ王国って、隣国の……ちょっと財政的に厳しいあそこですか?」
「あぁ」
言葉を続けない。私に可否を問うているらしい。
実際もうたぶん、ここしか残されていないのだろう。もしここで拒めば次の機会がいつあるかも、なんならあること自体定かじゃない。
我らがバウティスタ公爵家の一人娘であるこの私。父母の笑顔をどうにか見るためにも───。
「行きます。どうか、行かせてください」
そう言い放つのだ。
────────────────────
気をつけてね、何かあったら帰ってきていいからね。
決意を固めてから数日、私はララグナに向かう馬車に揺られながら、両親からの言葉を反芻していた。
陛下───私の新たな婚約者には確か、舞踏会で一度会ったことがある。当時は小さくて、父親に手を引かれて初めて動くような、静かな子だった。
しかし印象に残っているのは、彼に何か感じるところがあったからか。なんだかただ静かなだけじゃないような、芯にあるものをぼんやりと覚えたからだろうか。
どんな人に育っているだろう。あの頃のままなのだろうか、それとも。
思考を巡らせる。いくら考えても結論は出ないと分かっているのにそうするのは、やはり不安だからだと思う。
───ハッキリ言って面倒なんだよ。
ガタン。
馬車の揺れで、一気に現実に引き戻される。あと数秒遅かったら、言葉に飲み込まれるところだった。
やっぱり能力については、バレないようにしよう。瞬間、そう決めた。
いつでも帰ってきてねと両親は言っていたけど、また嫌われて涙目で帰ってくるとか絶対に嫌だ。
両親のためにもこれからは国王の夫人として、しっかりきっちりミスなく生きて……
…………。
……………………。
………………………………。
おっと、眠っていたようだ。
もしかしてもう着いてしまっただろうか。
そうだといけない、今日から婚約者だという相手に、寝顔を晒すことになる。
とりあえず状況を確認せねば、と目を開く。
最初に顎が視界に入った。
「え?」
馬車の中で眠りにつき、目が覚めたら顎だった。
背中からは心地よい振動が一定のペースで続き、奥には照明が優しく輝いている。
状況を並べてみるも、見事に馬車と一致しない。
なんだばしゃ、と思っていると。
「おや、お目覚めになられましたか」
顎───もとい顔が、こちらを向いてそう言った。
「王室にはもうすぐ着きますので、少々お待ちを」
真顔で続ける。
その瞬間、状況の理解、記憶の一致、突然の羞恥が、同時に私を食い散らかした。
ああそうか、なるほど。
私は今、新たな婚約者にお姫様抱っこをされているらしい。
続きが気になったらブクマと評価お願いします。
第三話は7時に公開します。