第十二話 結婚式
「それでは、誓いのキスを」
促され、フルーユ様と向かい合ったまま、目を閉じる。
見えなくても感じる。フルーユ様はそこにいる。
吐息を感じる。熱を感じる。
唇は、ほんの数センチ先。
目を閉じていても、そんな確信を持てた。
瞼を介したその向こう、溢れんばかりの愛情を。
身体に染み渡らせるよう腰に手を添えた───その瞬間。
「ぢょっどまっだああぁぁあああんぁぁぁああ!」
泣き叫ぶような大声が、場内を駆け巡った。
視線は音の鳴るほうへ吸い寄せられていき、そして、深い後悔をする。
気分を害するような色が、そこにあったからだ。
主にそれを構成するのは、焦燥の青紫色。
両親から大まかな事情は聞いているが、よほど切羽詰まっているらしい。
そしてそれに、わざわざ不快さを掻き立たたせるためかのように含まれた深緑と焦茶が、その周りで渦を巻いている。
気持ち悪い───何を置いてもまずそう思った。
「ピノぉァあ!!」
ガン、と感情がそのまま脳を殴ってくる。グラグラと意識が揺れて、吐き気が全身を支配する。
まずい、感情酔いだ。たった一人でここまでの思いをぶつけてくるなんて。
「ピノぉ……戻ってきてくれよ…………」
「おい、見張りはどうした! 早く捕らえろ!」
気分を悪くした私を見て、フルーユ様が通りの奥に声を掛ける。今までに無い焦り方だった。
しばらくすると、『ぐわあぁぁ自分のロープに絡まって動けなくなってしまったあぁぁ』という返事が返ってきた。
「へへ…天は俺に味方してる……ピノ、帰って来てくれよ……俺を救ってくれよ…………」
じりじりと王子が近づいてくる。フルーユ様が、ぎゅっと私を抱き寄せる。
「なんだあいつ……ピノ、安心するんだ。俺がこの手でどうにか…」
続いて、フルーユ様が握り拳を作った。まさか殴り合うつもりなのか。結婚式場で。
あぁまた、私は。
「ダ…ですフルーユ様…ダメ……おえっ」
声が出ないのは当然とも言えた。
青紫がガンガンと脳幹を握り潰そうとしている。
目の奥が破裂しそうなくらい痛い、喉から何か込み上げて、胃がキリキリと痛む。
フルーユ様が私から離れ、一歩踏み出す。
また私はこの能力に振り回されて終わるのか。
なんでもかんでもフルーユ様に気を使わせて、大事なことまで言わせるのか。それでも妻か。
変えろ、変わるんだ私。
どれだけ辛くても、自分の気持ちを。
自分の、声で。
「……たしは」
私は。
「私は!」
私は!!
「貴方の元になんか、帰りたくありません!!!」
ぶわっ。
そう叫んだ瞬間、頭の内外で渦巻いていた霧が一斉に晴れた。
「…………あ?」
王子が、呆けた顔で私を見る。数秒すると、フルーユ様に向き直った。
「調子に乗るな……俺の王位を奪うな! あああ!」
だん、と拳がフルーユ様の胸板に突き刺ささった───が、彼は微動だにしない。
しばらくして口を開いた。
「……これで、正当防衛になるな」
ガゴン!
王子の頬に、彼の拳が炸裂する。
そのまま頭から着地して……動かなくなった。
それを見て、私とフルーユ様と来客の方々は、立ち尽くすしかないのだった。
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「では今度こそ誓いのキスを」
諸々を仕切り直し、再度フルーユ様と向かい合う。
take1の時はオレンジ色が視界を埋めつくしていたけど、さっきからなぜだか感情が見えない。
能力が無くなったのか、それとも初めから無かったのか。私にも分からないけど、それでも分かることが一つあった。
「ピノ……」
そう言って、彼は顎に手を添える。
私は彼をじっと見つめる。
唇をつけるその直前。
能力が無くたって、それは明白に現れる。
貴方は初めて、目に見えるぐらい幸せそうに、笑ってみせた。
ご愛読ありがとうございました不正解先生の次回作にご期待ください、くださる場合は評価とブクマの方をよろしくお願いします。




