第十話 健全(健全)
目を開くと、そこはユートピアだった。
ユートピアと書いて、フルーユ様の胸板と読む。
私たちはあれから結局、同じベッドで寝るようになったのであった。健全に。
もうあれも二週間前の出来事になる。過去が遠ざかれば当然、その分未来が近づいてくる。
何が言いたいかというと、挙式が明日に迫っているということだ。
フルーユ様を起こす。
「おはようございます」
「んぁ……おはよう」
彼は朝に弱いらしかった。
時間をかけてベッドから出て、執事の作ってくれた朝食に向かう。
「いただきます」
席に着いて私を待ってから、食前の挨拶を合わせた。
黙々と食べ進めている。それをしばし見つめる。
私も一口目を掬い上げたところで、彼に問われた。
「ピノ、今日はいつにも増して嬉しそうだね」
顔に出ていたらしかった。
たぶん彼も分かって訊いてきたんだと思う。
「フルーユ様もですよ」
私の目には、高揚の茜色がしっかりと映っていた。
結婚式前日に浮かれちゃダメな道理があるなら教えてほしい。私は無いと思う。
「そういえば結構な人数集まると思うけど、感情酔いとか大丈夫か?」
「極力下向いて歩くので大丈夫です!」
「新婦が俯いてる結婚式か……」
そんな会話を交わしながら朝食を終え、さらにそこから一時間。
そろそろ来るはずなのだけど……と、考え始めたその瞬間、執事が来客の知らせに来た。
玄関を飛び出す。懐かしい二つの影が、笑顔で私を迎えた。
「お父様、お母様……!」
「おぉ、ピノ……」
「元気にしてたかしら?」
そのままの勢いで抱きついた。身体の軽さを、こういう時に誇りたくなる。
「ピノのご両親ですね」
後ろでフルーユ様の声がした。
「ようこそお越しくださいました。私がピノの婚約者兼この国の王、フルーユ・ララグナにございます」
恭しく頭を下げる。両親も同様に挨拶を返した。
「積もる話もあるでしょう。私は国の見回りに行ってくるので、中でゆっくりし……」
「あ、それなんですけど、貴方にも話がありますの」
「え?」
聞き返したのは私だった。
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斯くして客間へ移動する。
私の隣にフルーユ様、そして机を挟んで両親が座っていた。
いやこれ『娘さんを僕にください!』の雰囲気である。
でも話があるのは両親の方らしいのだから、雰囲気とかいうのも見かけによらないのだなとちょっと感心するのだった。
「話と言うのは、ピノの元婚約者についてのことですの」
母が口を開くと、同時に父が手紙を差し出した。
「これを読んで欲しい」
促され、開く。
最初に目に入ったのは、”ペドッロ”の名だった。
内容は要約するとこうだった。
ああ僕のたった一人のマドモアゼル、ピノ!
僕はどうやら悪い女に騙され、君との真実の愛を見失うところだったらしい。
けどもう大丈夫!
僕は見事にそこから抜け出し、君への愛情を取り戻したのだ!
きっと君も今、心の底から僕を欲しているのだろう。貧困国王の夫人なんて、苦痛以外の何物でもないからな!
明日、君のもとへ参るよ。君を愛する王子様がね。
待っててね、麗しきマドモァゼゥ。
以上だ。ウザポイントを無視できなくてイマイチの要約になってしまったが、伝わりはしただろう。
「……昨夜国を出る前、これを渡された。私たちには何も出来なかったから、どうかせめて、二人に知ってほしかったんだ」
父が神妙な面持ちでそう言った。
脳裏に、彼の姿が浮かぶ。
勝手にベラベラ喋り始める。
その内容に耳を傾けた───瞬間、勘づいた。
「お父様。彼は、挙式が明日だと知っていましたか」
「うーむ…『ドラマティックに登場してやる』とか言ってたような気はするが……」
確定だ。
奴は『ちょっと待ったぁー!』するつもりだ。
「ちなみに彼はもう王からも期待されていないから、国を動かすような権力はない。多少手荒な真似をしても許されると思う」
「把握しました。警備を手配し、税関にも伝えておきます。そして……」
フルーユ様と父と母から、一斉に深紅が溢れ出す。
「ピノを傷つけるようならば、完膚なきまでに叩きのめしましょう」
手紙が、ぐしゃりと握りつぶされた。




