第一章 女騎士が来た ④
静かな道を自転車を押しながら帰った。
「その、押しているのはなんなのですか?」
押している物・・・自転車のことか。外国もそれもすごい途上国なら自転車すら普及・認知されていないということがあるのだろうか。
それにしては日本語がやけに上手いし。
考えないようにしていたけれど、甲冑来ているし。コスプレ?
空から落ちてきたらしいし(絶対妄言だけれど)。
突っ込みどころが多すぎる。
痛い子なのか。それとも、何かを試されている?ドッキリとか。周囲を見渡しても、カメラクルーのようなものは当然見あたらない。第一、一般人の僕にそんなことをするメリットはないし、そんなことをしてくれる友達もいない。
「あの・・・」
「あぁ、ごめん。これだね。自転車のこと?」
不自然な笑顔をひきつらせてしまった。
「自転車?それは荷馬車のようなものですか?馬の代わりに人間が引く簡易的な道具でしょうか。
どうやら自転車を知らないらしい。
荷馬車かー。設定入ってるなー。
なんだか説明するのも面倒なので、乗って見せた。
すごく驚いているようで、からかっているようには見えなかった。
「乗ってみます?」
「いいんですか。」
ハンドルを彼女に渡したところで後悔した。
そういえば、自転車は初心者が乗れるものなのだろうか。普通、子供は補助輪付のもので練習するはず。
ガシャンッ。
案の定、彼女はサドルに座ったその位置で、そのまま9時の方に転倒した。
「大丈夫?怪我は?」
「えぇ、問題ありません。」
「それはよかった。」
貸した身としては一安心だ。
「それにしても不思議な乗り物ですね。荷馬車は普通四輪です。前後の二輪だと構造上どう考えても、倒れずに走るのは不可能。これは、魔法か魔道具の類なのでしょうか。私ですら見たことありません。」
次は魔法に魔道具かー。
どうしよう。流石にそろそろ突っ込んだ方がいいのか。こういう場合、コミュ力がある人はどう聞くんだろう。冗談っぽく突っ込む?難易度高いよ。
結論は出た。
困ったときは放置。
いつだって悩み事は時間が解決してくれる。
時間がたてば問題は問題ではなくなるのだ。
「どうだろう。魔法とかではないです。物理?」
「物理?それはあなたが考案されたのですか?」
「いや、きっと昔からあるものですし、みんな乗れますよ。」
「みんな?私の知る限りこのような奇怪な荷馬車は見たことないのですが、これをみんな乗りこなしているというのですか。驚きです。そういう訓練を受けているのでしょうか。」
「まぁ、訓練というと大げさだけれど、練習はしたかな。」
「やはり、そうでしたか。」
うぅん。なんだか会話がかみ合ってないような気がする。当然と言えば当然だが。いろいろなことを放置し続けているし。
「それで、この後はどうされます?流石に、もういい時間ですし、風邪をひかないように早く帰られた方がいいと思うのですが。」
「それなんですが、非常に申しにくいのですが、私もどうしたらいいのか分からなくて。近衛兵たちから逃げていて、あっ、違うんです。近衛兵から逃げていたといっても別になにかやましいことをしたわけではないんです。信じてください。」
説明の途中で、必死に弁解しているのだが、やっぱりそこじゃない。
本日の新出語句。近衛兵。いや、そうじゃない。もういい加減慣れるしかない。その方が、楽な気がする。
「えっとですね。すみません。続けますね。」
近衛兵から逃げるという不穏極まりない、犯罪の臭いがする件については、ちゃんとした説明はしてくれなかった。
「それで、気が付いたら、空にいて、なんとか魔法で減速はできたものの、なぜか全然知らない地にいて、ひょっとして、気を失って眠っている間にどこかへ連れてこられたのか。あっ、すみません、しどろもどろで。私も混乱していて。」
しどろもどろなのはしどろもどろなのだが、やっぱりそこじゃない。
減速魔法を使ったのか。確かに、減速魔法を使わないと、空から落ちてきたらただではすまない。飛行石を持っているわけではないのだから。飛行石を持っていてもそれはそれで問題だが。
よし、慣れてきた。そういうことだ。減速魔法を使ったのだ。
「それで、本当に恐縮なのですが、他に頼れる人もいないので、今晩だけでも宿を取らせてはいただけないだろうか。流石に、騎士である私といえど、どんな魔物が出るかわからない地で一人夜を過ごすというのは不安なのだ。この恩は必ず返します。騎士の名に懸けて。」
彼女は騎士だったのか。うん。甲冑を着ているからな。そうだと思っていたよ。あと、魔物が出るのか。22年間住んでいるが、知らなかった。なにせ、今まで一度も遭遇したことがないから。僕は幸運なのだろう。あるいは、神のご加護がついているのかもしれない。