第一章 女騎士が来た
一
暖かな日差しが草木に降り注ぎ、そよ風は草木を揺らしている。
二つある太陽がまだ両方とも昇りきってない午前中。
こんなにも爽やかな朝には、およそ似つかわしくない怒号が響き渡る。
「どこだ。探せ、探せ。」
「あっちいったぞ。」
ざわざわざわ。
身の丈よりも高い草木の中を何かが蛇のごとく波打った。
「そこだ。追え。」
少し開けた場所。
日差しがむくつけき男たちの銀色の甲冑を爛々と反射させる。
「アビア副隊長。私はこのまままっすぐ追います。」
「あぁ、分かった。」
アビア副隊長と呼ばれた男は、2mはあろうかという巨躯に見合う大きなため息をついた。
「全く逃げ足だけは早い。取り逃がしたとあれば、我々がまた責任を取らせられかねないぞ。」
そうぼやいた後、また草木をかき分けながら後を追った。
二
N市。
多少歴史の知識がある人は知っているだろうが、かつては都が遷都された日本の首都。
平城京から平安京に遷るまでの間、わずか11年ではあるけれど、その期間は確かに栄えていただろう。
しかし、それも昔のこと。
田舎でもなく都会でもない。
探せば、いや探さずともどこにでもあるであろう地方都市。
可もなく不可もない。
自慢するようなパッとする名所・観光地や商業施設はないが、阪急特急が停まり四条河原町まで20分、大阪梅田までは30分と利便性としての立地は良い。
華もなく負荷もない。
これ以上わざわざ取り立てて書くようなことこそないが、まぁ住みやすい街だ。
栄えていないし、さえてもいない。
そして、このさえない街に、これもまたさえない男が一人。
名は京極水鶏。大学4回生。彼女なし、いたことも、、、。
ぴちぴちの22歳。
服はぴちぴちというわけではなく、どちらかといえばスレンダーだ。
これといった特徴のない、どこのクラスにも一人はいそうな風貌をしている。
そんなさえない男が何をしているかといえば、もちろんさえないことをしている。
小泉川のほとり。
「はぁ。」
思わずついた溜め息が水面を揺らした。
水面に映る顔はひどく寂しげで、当然それを見つめる顔もまたひどく寂しげだった。
家を出る前には毎日鏡を見ている。それにもかかわらず、自分がここまで痩せているということに気付かなかった。もちろん、光の屈折とか水の流れのせいなどというつまらない理由ではない。
何が自分をこんな風にしたのだろう。
決まっている。自問自答するまでもない。
きっと全部が理由であり、全部が理由ではない。
就活はといえば、始まって間もないにもかかわらず、すでに白旗状態。3年間、遊びすらしなかったつけをこんな形で払わされることになるとは思わなかった。
単位はといえば、一縷の勝ち筋は残されているもののかなりの劣勢状態。もう一単位も落とせない。
彼女はといえば、不戦勝。以上。
その他といえば、惨敗から惜敗にかけて、敗退や黒星。局所的には引き分けの可能性もまだ残されている。
「はぁ。」
また出た溜め息が再び、水面に映る自分の顔にモザイクを掛けた。
こんなところで時間を費やしても詮無きことだ。貴重な休みは有限なのだから。
どれくらいここに腰掛けていたかわからないが、無色透明だった水にオレンジ色が落ちだし、きらめきは増してきた。
「帰るか。」
当然言葉は返ってこない。
誰に言うでもない独り言を掛け声に重たい腰を持ち上げた。
が、持ち上がりきらなかった。
日々の運動不足と長時間同じ体勢でいた身体の痺れにより、足を取られた。そして、そのまま言うことを聞かない身体は水中へと拐かされた。