「春雪の、恋」
『── きょうまでありがとな……』
そう言うとさっきまで付き合っていた彼氏が席を立ち、わたしを置いて店を出た。
その姿が自動ドアに消えて行く。
行き交う人混みに紛れもう見分けなんかつかない。
彼を呑み込んだ人の流れをテーブルへ頬杖をつき、わたしはただ他人事みたいに眺めていた。
足は動かない。追いかける気も起きないよ。
「……おかしいよね、なんだったの?」
ポツリと思わず落ちた疑問はコーヒーショップ内のあちこちで交わされる会話の間に溶けていく。
だって、本当におかしいんだもん。
わたしの記憶が確かなら『付き合って』そう言ってきたのは先輩なんですが?
はぁ、と胸のなかにあるモヤモヤしたのを吐きだすみたくため息をつく。
何気なく見ていた外の風景がいつの間にか白く変わった。
「え?雪だ」
チラチラ舞う季節はずれの白い小さな破片はフラれた直後でも存外綺麗と思えたから。
そんな自分自身にほっとする。
雪のカケラは先輩が消えて行った通りを濡らす。
積もることもなく溶けてなくなる。
「……春の雪、だね」
つぶやいたらポロリと一粒だけ雫が溢れた。
するりと頬を伝わり流れていく。
手の甲に滑り落ちていった。
こんな風に思いがけず降った、春雪みたい。
高校へ入学してすぐ、唐突に始まったわたしの初恋は、春の雪と同じにわたしの心のなかへ積もらず、淡い感傷だけを残して消えていった。