2-3、その時のナレ死モブ!
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「それで?」
マテリの不機嫌そうな一言で、ヴァレトとヒストリアの緊張感が一気に高まった。瞬間、二人は自身の約定体を消した。鎧の中から、ヒストリアが姿を現す。
「お、お嬢様、どうかされましたか?」
ヴァレトが恐る恐るマテリに顔を向けると、なにやら拗ねたような表情をしていた。
「……。ヴァレトが、ヒストリア様と二人だけで、その、何か分かったような会話をして……。私にはわからないじゃない……」
少し不貞腐れ、恥ずかし気に述べるマテリ。
「ぐっ」
マテリの仕草と言葉の破壊力に、胸を押さえるヴァレト。
「神よ! いや、"まいまいたん"よ! この尊いひと時に感謝いたしますっ!!」
ヒストリアは膝を地につけて平伏し、マテリを崇め讃え、祈りを捧げている。
「あぁ! だが小生はどうすれば!! 小生の"まいまいたん"が!! 明らかに恋する乙女の顔!! ぐぅっ!! 張り裂けそうな胸の痛み! でも、"まいまいたん"の想いは大事にしたいががが!!」
"まいまいたん"への推し愛と、恋を応援したい気持ちのハザマでもだえるヒストリア。受け入れがたい現実と、しかしあるべき姿の理想の板挟みにあい、思考と行動がバグっている。
スパーンッとヴァレトがヒストリアの後頭部をひっぱたくと、彼女はスンッと急に正気に戻った。
「え? え? え?」
二人の奇行に、ただただマテリは戸惑っていた。
閑話休題
ヒストリアの奇行が酷すぎたため、2人は最早隠すことは不可能と判断。マテリに2人の"前世"について告げることとした。彼らには前世の記憶があり、さらに前世はこの世界とは異なる、別の世界であったこと……。
「前世の記憶、ですか……」
マテリにとっては、にわかには信じがたい話ではあった。が、今日初対面である2人の話す内容が異常なほどの一致を見せていることは、これが真実であることを示していた。
「は、はい……」
ヒストリアは今更ながら恐縮しつつ、相槌を打つ。
「それならそうと、言ってくれればよかったのに……」
マテリはヴァレトに視線を向け、少し寂しそうに告げた。
「申し訳ございません」
ヴァレトは頭を下げ、更に言葉をつづけた。
「このような形で、お嬢様を驚かせることになるのであれば、予めお伝えしておくべきであったと思っております。ただ、僕の前世が何者であろうとも、今、マテリ様への忠誠に変わりはありません」
頭を下げたままヴァレトが述べた言葉に、マテリは嬉しいような、少し寂しいような表情を浮かべ、小さく「ありがとう」と答えた。
そして、マテリは一瞬目を閉じ、気持ちを切り替えた後、
「では、お茶を飲みながら、"前世の世界"の話を聞かせてもらえますか?」
2人へ気丈に言葉をかけた。
やっとお茶会が開始された。話題は前世世界の話である。
この世界とは異なる科学技術や社会制度。通信や交通など、話題の種は尽きなかった。
「そのような世界が存在するなんて、すぐには信じがたいですね……」
あまりの情報量の多さに、マテリがおなか一杯といった様子で言葉を零す。
「は、はいぃぃ!! 小生も、こうやって"まいまいたんボイス"とリアルタイム会話ができるなんて、夢のようですぅぅぅ!!」
ヒストリアは恍惚とした表情で告げる。こちらもお腹一杯胸一杯といった様子である。
そんなお茶会も、そろそろお開きである。
「今日は興味深い話を聞けました。ぜひまた遊びにいらしてください」
「は、はいぃぃぃ! ありがたき幸せ!!」
マテリの閉会を促す言葉に、ヒストリアは再び平伏し、マテリを崇め讃えたが、
「……、ただし、奇行は控えめでお願いします」
しっかりと釘を刺した。
「か、かしこまりっ!」
わかっているのか、いないのか。ヒストリアはその言葉に敬礼で返した。
(だめだコイツ)
「それでは、失礼しますね」
ヴァレトが扉を開き、マテリがサロンを退室する。ヒストリアの奇行に内心呆れつつ、しかし、従者としての仕事はこなすヴァレト。
「はい、また!!」
ヒストリアに見送られながらマテリはサロンの扉の向こうへと消える。
「で?」
扉のノブに手をかけたまま、ヴァレトは続けてヒストリアに問いかける。
「それだけではないのでしょう?」
振り返り、ヴァレトはヒストリアに視線を向ける。が、彼女は白々しい態度で目を逸らしている。
「"まいまいたん"というのは、もしかして"声優"ではないですか?」
「な、なんのことですかねぇ~ぴゅーぴゅー」
ヒストリアは口笛が吹けないため、口でぴゅーぴゅー言いながら、顔を背ける。視線があちこちと泳ぎ、完全に不審者であり、とてもではないが令嬢がして良い表情ではない。
「まさか、この世界……、何かのフィクション作品の世界なのですか……?」
「いや! 乙女ゲー世界って、言えなくない? 小生、男子なのに乙女ゲー熟知とか恥ずかしすぎない!?」
ヴァレトの問いかけに、あっさりと白状するヒストリア。が、発言の内容があまりにもアレすぎて、ヴァレトは一瞬眩暈を起こす。
「いや、言ってるし……、というか、まさかのTS……」
そして、少々引き気味である。
「今でも心は男の子です!」
「あ、はい……」
自信満々に告げるヒストリアに、ヴァレトは完全にドン引きである。
「それにそれに、マテリモーニア様が"悪役令嬢"だって、言いづらいしぃ!!」
「はぁぁ!? お嬢様が!?」
聞き捨てならない発言に、ヴァレトはヒストリアに詰め寄り、襟首をつかんでがくがくと揺さぶる。
「ぬがぁぁぁ、もげ、首がもげ」
「あれほど女神で天使なお嬢様が悪役!?」
ヴァレトはヒストリアを締め上げながら思考する。
("悪役令嬢"!? その手の作品においては、カタルシスを与えるために悲惨な末路を迎えるケースが多いと聞く……)
「お嬢様は、お嬢様はどうなるのですか!?」
くわっと目を見開き、更にヒストリアへと詰問するヴァレト。
「あばっ! あば……」
「おっと、失礼……」
ヒストリアの顔色がやや青白くなってきたため、ヴァレトは慌てて手を離した。興奮して締め上げすぎである。
やっと解放されたヒストリアは、一瞬ふらふらと頭を揺らし、突然カッ!と目を見開く。その鬼気迫る様子に、ヴァレトは一瞬怯む。
「いや、むしろ! あんた誰ですか!!」
怒るのかと思いきや、ヒストリアはヴァレトに誰何してきた。
「……、え? ヴァレト、ですが……」
ヴァレトは戸惑いつつも、改めて自己紹介する。
「いや、そういう意味じゃなくて!! "原作"では、マテリモーニア様に同年代の従者とか居なかったし! ってか、なんでマテリモーニア様のお母様生きてんの!! あ、痛」
ヴァレトのチョップがヒストリアの脳天に落とされている。
「失礼なことを言わないでください」
ヒストリアは頭をさすりつつ、言いなおす。
「マテリモーニア様のお母様はなぜご存命なのでしょうか?」
「言い方の問題じゃありませんって……」
「いやいや、"原作"では、お母様は魔物に襲われてお亡くなりになってるし!……、あっ!」
ヒストリアは何かに気が付いたようにヴァレトを指さす。が、ヴァレトにも露骨に"心当たり"があった。
「あー……」
「その時のナレ死モブ!」
ズバッっと「犯人はお前だ!!」というセリフが似合いそうな姿勢でヴァレトを指さすヒストリア。
「あの時ですか……」
「やっぱり、やらかしてるんじゃないか!!」
お前のせいか! と言いたげなヒストリアだが、むしろヴァレトは誇らしげに胸を張る。
「オーカラ様のお命をお救いできたのです。後悔など微塵もありません」
「いや、まぁ、そうですけども……」
これにはヒストリアも同意せざるを得なかった。
数週間後。
"社交辞令"という言葉を解さないヒストリアは、「また来てください」の言葉通りに、再び侯爵邸に現れた。その際、ヴァレトは彼女からこっそり手紙を受け取った。
手紙には、以下のような内容が記述されていた。
一つ、乙女ゲーム本編は、学園入学から始まること、
一つ、乙女ゲームのヒロインは魔王に狙われること、
一つ、悪役令嬢はその魔王と内通すること、
一つ、魔王に与したことで、悪役令嬢は悲劇的な最期を迎えること。
ヴァレトは手の震えを抑えながら、手紙を小さく畳んで懐へとしまった。
視線を上げれば、"体力作り"と称し、庭園を軽快に駆けるマテリと、その後ろを必死でついていくヒストリアの様子が見えた。
「お嬢様は、僕が救います」
ヴァレトは決意を新たにした。
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<次回予告>
「僕が"ナレ死モブ"なら、貴女はなんなのですか?」
「え、小生? そ、そりゃもちろん、あれですよ、重要なアレです。インポータントですよ!」
「……、貴女もモブですか」
「しょ、小生は"原作"改変してないし! あんまり……」
「現在進行形で改変しまくりじゃないですか」
「推し愛には勝てんのですよ!!」
「逆ギレ!?」
次回:モブに転生した小生は、原作知識で無双でき……ますん!
(これは嘘予告です)
次回更新は、10/3(月)の予定です。