2-2、え? 動けませんけど?
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「お嬢様、急ではありますが、明日、ヴィケコム子爵家のご令嬢がいらっしゃるそうです」
領都にある侯爵邸での昼下がり、ヴァレトは従者の仕事として、言伝を主人に伝えた。その言葉を聞いたマテリは、優雅に午後の紅茶を嗜んでいた手を一瞬動きを止めた。
「……、ずいぶんと急ですね……」
動揺は一瞬、再び優雅な手つきで、紅茶を口へと運ぶ。
「なんでも、ご令嬢からの達ての希望だとか」
ヴァレトは侯爵からの情報で補足をする。マテリはふむ、と一瞬の思考の後、口を開いた。
「"学園"でのいわゆる"取り巻き候補"ということになるのでしょうか……。当主や夫人からの伝手でご紹介いただくのが普通だと聞いていたのですが、ご本人からの希望ですか……」
マテリは"ヴィケコム子爵家"について記憶を呼び起こす。
「ヴィケコム子爵家と言えば……」
「はい、ルキオニス侯爵領に隣接する領地貴族です」
(隣接する領地同士で、侯爵と子爵。であるなら、子爵家として侯爵家と今後も"よしな"な関係を築くために、娘を侯爵令嬢の取り巻きとして宛がうことは考えられます。が、本人から?)
茶器を卓に置き逡巡するも、考えても仕方のないことと思い直し、マテリはヴァレトに指示を出す。
「来訪に合わせ、茶の準備をお願いしますね」
「承りました」
翌日。約束時間である昼過ぎごろ、ヴァレトは侯爵邸正面玄関前で、子爵令嬢の到着を待った。
程なくして、ヴィケコム子爵家の紋章を付けた馬車が侯爵邸の正面へと滑るように入ってくる。
馬車の停車に合わせてヴァレトは頭を下げ、貴人の降車を待つ。
箱馬車の扉が開き、地に足を下ろした音を受け、ヴァレトは言葉を発する。
「お待ちしておりました。サロンへご案内いたします」
「ありがとうございます」
落ち着いた少女の声。ヴァレトは失礼の無いよう、顔を合わせないようにサロンへと案内した。
子爵令嬢をサロンへと案内し、「すぐに、マテリモーニア様が参ります。しばしお待ちください」と声をかけ、サロンを辞したヴァレトは、その足で主人に声をかけた。
程なくして、侯爵令嬢と子爵令嬢は、サロンで対面と相成った。
「お待たせしました」
ヴァレトが扉を開き、マテリは優雅な所作で、テーブルセットへと歩む。すでに待っていた子爵令嬢は席を立ち、マテリに頭を下げる。
「お初にお目にかかります、ヒストリア・ヴィケコムと申します。本日はご多忙のところ、お時間をいただきまして、大変光栄に存じます」
ヒストリアは優雅なカーテシーで自己紹介をする。
「そんなにかしこまらないでください。マテリモーニア・レギア・ルキオニスです。こちらこそ、わざわざお越しいただき、ありがとうございますね」
彼女の自己紹介に、マテリは柔らかな笑みで応える。さすがの侯爵令嬢スマイル。今日のマテリは"令嬢モード"である。
「ま……」
マテリの言葉を聞いたヒストリアは、瞠目し、わなわなと口元をゆがめ、全身がぶるぶると震え始めた。
「……?」
ヒストリアの様子にただならぬモノを感じたマテリは、怪訝な表情を浮かべ、貴人対応をしていたヴァレトは顔を伏せていたが、少々不穏な気配に、不躾ながらもヒストリアを凝視した。
「まいまいたん! はぁぁぁぁ、尊いぃぃぃぃ!!」
ヒストリアは恍惚とした表情を浮かべ、マテリに熱い視線を向ける。
「!?」
「!!」
突然の豹変に、マテリとヴァレトの思考は完全にフリーズした。
「う、うは、スチルそのまま! コレマジ!?」
無表情で静止したままのマテリとは対照的に、ヴァレトはある種の"心当たり"があったため、早い段階で再起動した。
「いいかな? いいのかな? 生声聞いて許される?」
そして、容赦なくヒストリアの後頭部をスパーンとひっぱたく
「あいてっ! な、なにをなさいますの!?」
今更ながらに"令嬢らしく"取り繕い、抗議の声を上げるヒストリアにかまうことなく、ヴァレトはその首根っこを引っ掴み、マテリに聞こえない部屋の隅へと引きずって連れて行く。
「じゅ、従者が、貴族に──」
「あなた、転生者ですね?」
白々しくも貴人らしく叱責してくるヒストリアの言葉にかぶせるように、核心を突くヴァレト。
「!? なななななななんのことかしら? 日本の記憶など持ち合わせてございませんわ!!」
「……、隠す気あるんですか?」
あまりにわかりやすい自爆に、ヴァレトは一瞬閉口した。
「ちゃうんやて! ちゃうんやて! 憧れのまいまいたんボイスにちょっとテンションが天元突破しただけなんやて!」
「なんでいきなりエセ関西弁なんですか。それと誰ですか、"まいまいたん"って……」
ヴァレトの疑問に、ヒストリアはふふんと得意満面といった表情に変わる。
「マイヅル麻衣、愛称はまいまい、若手だがキレと甘さの緩急ある演技派で外国人とのハーフの帰国子女ですが”筋肉少女はお好きですか?”でいきなりの主役デビューしてその後もいくつも主役級を務めた上にプリンセスキューティーのメインキャストの座をも射止め──」
「ちょ、ちょっと待ってください! それ何者ですか!?」
ヴァレトは暴走するヒストリアの制止を試みるが、その行為は成功しなかった。
「まいまいたんに決まってるじゃないですか!!」
(あ、ダメだコイツ)
ヴァレトは早々に諦めた。
「あ、その、私に、何か問題が?」
マテリは未だに動揺冷めやらぬ状態ながらも、状況を把握しようと声をかけた。"令嬢モード"は完全に砕け散り、いつも通りの素の彼女になっている。
「失礼しましたお嬢様。何分、こやつがあまりにも不審でしたもので──」
「まいま……、マテリモーニア様! 是非、是非に! 小生を"豚"と! 豚と罵ってください!!」
何とか空気を戻そうとしたヴァレトの言葉を遮り、ヒストリアの暴走はさらにスピードを増した。
「は!? え!?」
「へ!?」
超特急の暴走列車による突撃は、再びマテリとヴァレトの思考を停止させた。
「是非に!」
追い打ちのように声をかけられたマテリは、条件反射のように要望に応えた。
「こ、この豚め……」
直後、マテリは自分の発してしまった言葉の羞恥から、赤面して俯く。
「……」
希望通りに罵倒の言葉をかけられたヒストリアは、恍惚とした表情を……、浮かべてはいなかった。
「あ、いや、小生、ソッチの属性ありませんでしたわ……、はっ!」
瞬間、ヒストリアは背中を走る悪寒に冷や汗があふれ出した。背中から体中を貫くほどの鋭利な殺気を感じたヒストリアは、ギギギギと油切れしたロボットのように、ぎこちない動きで振り返った……。振り返ってしまった。
そこには、景色をゆがめるほどのどす黒いオーラをたぎらせたヴァレトと、その横で怪しく目を光らせる彼の約定体の姿があった。
「ひぎゃぁぁぁぁぁ!!」
ヒストリアの悲鳴の直後、ドスンッという重量物が落着する音をたて、彼女の姿と入れ替わるように黒い金属でできた全身鎧が出現した。
「む」
「ほぅ」
ヴァレトはむっとした表情を浮かべ、マテリは感心したような声を出した。
「わ、わたくしの鎧は、が、頑丈ですのよぉぉ!!」
鎧の中から反響するように、ヒストリアの声が聞こえる。どうやら彼女は"中"に居るらしい。
「では、少々手荒に扱っても、大丈夫ですね」
「え!?」
「KOOOOOH……」
ヴァレトの約定体が大きく息を吸い込み、
「SHAAA!」
「ひぃぃっ!」
呼気と共に裂ぱくの気合を吐き出しつつ、数発の拳打と蹴りを鎧にぶち当てる。そのたびに中からは「ひっ!」という短い悲鳴が響くが、鎧はびくともしない。
「ふむ、確かに硬いですね」
ヴァレトは感心したように告げる。
「た、試し方が物騒ですよぉ!!」
「では折角なので、もう少し……」
「小生の意見聞いて?」
ヴァレトの約定体が鎧に向けて深く踏み込む。
「SHIAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」
そして、拳打のラッシュを何十と叩き込む。硬質な衝突音が連発銃の掃射のように響き渡る。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
応えるように、ヒストリアの婦女子とは思えない悲鳴が響いた。
「全く傷もつかない、動かすことすらできないとは……。少し自信を失いますね……」
約定体の攻撃をどれだけ受けても、鎧は傷どころか、微動だにしなかった。
「それはそうと、先ほどから何故、全く動かないのですか?」
すっかり約定体の性能評価な空気になってしまったヴァレトは、鎧に手を当てつつヒストリアに声をかけた。
「え? 動けませんけど?」
「……は?」
「いや、あの。お、重すぎて、身動き取れない、です。はい」
「……」
「……」
ヴァレトとマテリは、そろって閉口した。
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<情報開示>
破壊不能で絶対無敵
・3等級(顕現に必要な煌気は3ポイント)
・属性<無色>
・攻撃力:なし 防御力:破壊不能 耐久性:破壊不能
・能力1(パッシブ):破壊不能
+++++++++++++++++
<次回予告>
「乙女ゲー転生といえば、ゲーム知識でチート!」
「さらに、悪役令嬢モノといえば、婚約破棄からの大逆転!」
「つまり、これからは小生のターン!!」
「悪役令嬢がどこにいるんですか?」
「え、あ……、その、あの、ほら、ね?」
次回:行け! 三体合体 絶対無敵鎧!!
(これは嘘予告……とも言い切れない?)
次回更新は、9/30(金)の予定です。