9-8、贖え……、その命で
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「お嬢様に、その汚い手で触れるな」
青いサーフボード状の物体に片足をかけた状態で、ヴァレトは死骸へと戻ったゴブリンに言い放った。
「ヴァレト!」
「すみません、お嬢様。遅くなり──」
名を呼びながらマテリは彼の胸に飛び込み、彼もそれを受け止めた。
そんな2人の様子を、グラリスはあっけにとられた表情で見守る。
「なんだありゃ……、どこから現れやがった?」
ネファスの戸惑いが伝播したのか、ゴブリンたちが一瞬動きを止める。
「べっつに、問題ないっしょ?」
「……、アァ、そうだなァ、一人増えたところで、」
「何も変わらないってぇの」
しかし、ポレスィスの言葉で気を取り直したネファスが右手を翳すと、
「「「GYAGAAAAA!!!!」」」
再び、ゴブリンは怒涛の如く襲い掛かる。
「くるぞ!」
グラリスは2人と自身にも活を入れ、敵の群れを迎え撃つべく構える。改めたその表情には余裕はない。
そんなグラリスを余所に、ヴァレトはマテリに静かに語りかけた。
「お嬢様。僕に、勇気を……」
サーフボードは、いつの間にか拳闘士に変じていた。
彼の意図を察したマテリは、背中からヴァレトを抱きしめる。
「私は、いつもここにいます」
背中から伝わるマテリのぬくもりを心に留めつつ、ヴァレトは向かい来るゴブリンたちへと目を向ける。
約定体とは思えぬ、魔物然とした敵。
こいつらは通常の約定体とは異なり、肉の体を持っている。それはなぜか。どうやって受肉したのか。貧民街に居た多くの人々が消えてしまった。どこへ消えたのか? 奴らは……、何をした?
ゴブリンの群れの向こう側。ニヤニヤと笑みを浮かべる魔族の男は、ヴァレトと視線が合うと更にその笑みを深め、嘲りの表情を浮かべる。
腹の底からドス黒い感情が沸き上がる。そしてヴァレトは自身に向け、最後の一押しを加えた。
──こいつは、お嬢様をも手にかけようとした
怒りが憎しみが、憎悪の闇がヴァレトの心を侵食する。呼応して、彼の全身から強烈な黒いオーラが吹き上がり、その邪気が拳闘士を黒く染め上げ、ヴァレトをも汚染していく。眼窩の底から侵食した闇が、彼の眼球を黒く染め……。
「お嬢さん! ヴァレト君!」
「GRUUUAAAAA!!」
既に交戦に入っているグラリスが、未だに身動きしない2人に叫ぶと同時に、大型ゴブリンの棍棒が2人に向けて振り下ろされる。拳闘士は左腕1本で、その棍棒を無造作に受け止める。
ガンッ!という硬質な音を響かせて衝突する両者、衝撃で拳闘士の左腕には、無数の亀裂が生じる。
亀裂は左腕に留まらず、拳闘士の全身へと広がると、黒い蒸気のような瘴気を噴出した。頭部にまで達した亀裂は、拳闘士の顔面を変容させ、憎悪に塗れた形相を作り出す。
「ZUAAA!!」
怨嗟の声を凝縮したような響きを吐きながら、人型憎悪の右拳がゴブリンの顔面を打つ。
「ぐげ!?」
ネファスが顔面に衝撃を受け、妙な声を上げながら鼻血を噴き出した。
「な、なに……?」
自分の置かれた状況を理解できないネファスは自身の鼻を拭い、手に付着した流血を見下ろしながら戸惑いの声を上げる。
「あ、アンタ……?」
同じくポレスィスも狼狽えている。
「贖え……、その命で」
凄まじい殺気を放つヴァレトが、底冷えするような声で宣告する。
ネファスの全身がビクッと震える。
訳が分からない。分からないが、理解はできた。いや、理解させられてしまった。このままでは自分は死ぬ。殺される!
「う、うわァァァァァァァ──」
悲鳴を上げるその場から逃げようとするネファス。が、"憎悪"相手には無意味で、そして慈悲は無かった。
「ZUUUUUUUUUUUAAAAAAAAAAAAA!!」
人型憎悪が大型ゴブリンに呪いの拳打を雨のように叩きこむ。
「ぐぼがぁぁぁぁぁぁ」
同じように、ネファスの体にも人型憎悪の拳打の跡が浮き上がる。
人型憎悪が大型ゴブリンゾンビの、その全身が変形するほどに拳打を叩き込んだあとに吹き飛ばし、その背後で逃げ腰になったゴブリンの頭部を打ち砕く。
「GYA、GYA、GYA!!」
人型憎悪の威容に、ゾンビ化したゴブリンたちですら恐怖で戦慄した。その様子を見まわした人型憎悪は、
「ZUA……、HAAAA……」
異形の表情を歪め、ほの暗い笑みを浮かべた。
──アァ、エモノガイッパイ
周りにはこの憎悪をぶつける相手が溢れている。人型憎悪は手あたり次第に拳を振るい、ゴブリンを壊し続けた。
「ZAHAAAAAAAA!!!」
いつしか、人型憎悪は嗤い声を上げていた。
──ァレト……、ヴァレト……、ヴァレト!!
「あ、アンタァァァァァァァ!!!」
ポレスィスが悲鳴を上げ、ヴァレトの背中にあるぬくもりが、その抱きしめる強さを増した。
「っ!」
瞬間、ヴァレトの全身から黒いオーラが霧散し、人型憎悪は砕けて消えた。
周囲にあれだけいたゴブリンたちは、既に塵となって消えていた。
「くはっ──」
呼吸を忘れていたヴァレトは唐突にそれを再開し、失った酸素を取り戻すかのように、ハァハァと息を荒くする。
「ヴァレト……」
背中に抱き着いたまま、マテリがくぐもった声で彼の名を呼ぶ。
「すみませんお嬢様、ありがとうございます……。あと……、来るのが遅くなって、すみません」
未だ息の整わないヴァレトは、途切れ途切れに告げ、
「いいえ、いいえ……、よく来てくれました。ありがとう」
マテリはヴァレトに抱き着いたままに応えた。お互いに、生きていたことを確かめるように。
「いやぁぁぁぁぁ、ネファスゥゥゥゥ、かはっ──」
泣き叫ぶポレスィスに、グラリスが当身を打ち込み意識を刈り取る。
ぐったりと倒れた魔族の女の横、グラリスが視線を向けた先には、四肢がもげ、ほぼ原形をとどめていない"ネファス"の残骸が横たわっていた。
「凄まじいねぇ……」
誰に聞かせるでもなく、グラリスは1人呟いた。
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「おらおらおらぁぁぁ!!」
「ぐはぁぁぁぁぁぁ!!」
ルスフの炎ゴーレムが繰り出す炎の拳を打ち返しきれず、債務者が炎を噴き上げながら消滅し、その契約者であるスポルティグもその拳をもろに食らった。
スポルティグは焼かれながら吹き飛び、そのまま建物の壁へとめり込んだ。
「さすがに、ネタが割れすぎたか……」
白馬騎士の槍に左肩を貫かれ、壁に縫い付けられているカラクテルは、絞り出すように呟く。
「投降しろ。協力的であるならば、命だけは助けてやる」
そう告げるフィデス王太子に、カラクテルは視線を向けた。その目には、愉悦のような嘲るような色が浮かんでいる。
「はっ! お優しいことだな……。だが……、スポルティグ!!!」
カラクテルは叫びながら、自身の約定体である円環の泥人形を出現させ、意識を失っているかと思われたスポルティグも、債務者を呼び出した。
「っ!」
魔族たちの最後の抵抗に、身構える一同。
「残念だったな、俺たちは、捕虜にはならん」
そう言い残し、彼らは自らの約定体で自分の首を刎ねた。
フィデス王太子は咄嗟にイグノーラの目を覆い、その様を見せないように気遣った。
「な、なんということを!!」
カルリディは、カラクテルの体に駆け寄り脈を確かめ、絶命していることを確認し、
「……」
ルスフはただ無言で、自害したスポルティグを見下ろしていた。
気が付けば、彼らの周囲にいたゴブリンたちも、消滅していた。
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<次回予告>
これは影の戦い。
王都騒乱の裏側で、世界の命運を決める決戦が行われていた。
「はーっはっはっはっはっはっ!」
「あ、あれは!? 王弟、ドルクス公爵!?」
「見よ! これが私の新たな能力! 12ゾンビーズだ!!」
ドルクス含む、12体のゾンビが一斉に両手をあげ、人間たちを威嚇する!
「いや、元公爵だろ。今は……なんだろ?」
「……、いや、私の新たな能力をだな……」
「戦死したら二階級特進とか言うから、きっと二階級くらい落とされて伯爵とかじゃないか?」
「見よ、私もゾンビなら、配下もゾンビなのだぞ?」
「いや、王国の裏切り者だからな、子爵くらいには落ちてるはず」
「……おい」
「まぁまて、仮にも王族だぞ?」
「……」
「え? じゃあ侯爵?」
「えぇい! いいかげんにせんか!」
「いや、公爵のままか?」
「んにゃ、爵位はく奪」
「「「へ、陛下!?」」」
「なんで兄上まで参加してんだよ!!」
次回:現国王VS元王弟!!
(これは嘘予告です)
次回更新は、2/1(水)の予定です。




