9-1、お前とは本日をもって婚約を破棄する!
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9章開始します。
ウィルゴルディ王国立学園。
この学園には授業らしい授業というものはなく、貴族子息子女の人脈作りや、出会いの場として存在している。そのため、社交用の施設を貸し出すだけでなく、親睦を深めるためのイベントも数多く行われる。
そんなイベントの中でも最も大きなものは、「学年末パーティー」である。
学年末パーティーは文字通り学年末に行われ、進級や卒業を記念した懇親会である。
このパーティーには学生だけでなく、その親も参加する。つまり、学生同士の繋がりだけでなく、現役の政府高官や貴族とも繋ぎを作ることも可能なのである。
「ぬぎぎぎぎぎぎ! "正史"通りとはいえ、実際に見ると腹立たしいぃぃぃ!」
ピンクの可憐なドレスに身を包み、珍しく、本当に珍しく"お嬢様"といった出で立ちのリアが、シルクのハンカチを食いちぎらん勢いで歯ぎしりしていた。
「中身とガワのギャップがすごすぎますね……」
そんな歯ぎしりするリアを遠巻きに眺め、ヴァレトが呟いている。そんな彼も心境は複雑である。
彼らの視線の先、そこにはリアがハンカチを食いちぎる原因の人物たちが居た。
緑の髪を綺麗に結い上げ、髪と揃いの色のドレスを纏ったイグノーラが、凛々しい姿のフィデス王太子にエスコートされダンスホールへと入場していく。
イグノーラの首には、フィデス王太子の瞳と同色の宝石をあしらったネックレスが光る。
「あんな性悪女のどこがいいんだぁ!!」
「……」
リアが怒りを露わにしているためか、マテリは努めて冷静にその様子を眺めていた。
ヴァレトとしても、マテリが婚約者から蔑ろにされている事実に腹立たしさは感じるものの、彼女が"あのような男"にエスコートされる様を見なくて済んだことに、安堵もしていた。
もっとも、この場で最大限の怒りを発露しているのは、リアでもヴァレトでも、ましてや当事者のマテリでもなかった。
「ひっ!」
横を通り過ぎた令嬢が恐怖のあまり、小さな悲鳴を上げて逃げていく。
「あの、お父様? 私、お父様にエスコートいただけて、とても嬉しいです」
マテリは焦って、自分の横に立つ父へとフォローを入れる。
当の父は、100年続く仇敵と相対したかのような凄まじい怒気と殺気を放っていた。
「あぁ、私も、マテリをエスコートできて、とても誇らしいよ」
笑顔で娘に応えるレクトゥス・ルキオニス侯爵。が、その笑顔からは覇気が迸り、娘のマテリでなければ卒倒しているところである。
なお、リアの横にはエスコートとしてラクティスが立っているが、リアのエスコートという大役の緊張と、侯爵の放つ覇気に当てられ、立ちながら半分気絶している。
イグノーラ達が会場入りするのを見送り、ヴァレト達も会場へと入る。特に、ヴァレトとリアは妙な緊張感をもって入場する。
"正史"であれば、今日、このパーティーで"婚約破棄イベント"が発生する。
彼らとしても対策はしてきた。が、これだけ"正史"とはシナリオにズレが出ている現状で、事態がどのように転ぶか……。
(お嬢様は、何としてもお守りする)
彼らはそれぞれ決意を胸に、学年末パーティーへと臨む。
****************
驚くほど、パーティーはつつがなく進行した。
今回のパーティーには、王太子の両親、つまり王と王妃も参加しており、高位貴族から順に王への挨拶が行われ、次に王太子、侯爵と言った流れで、貴族同士の挨拶が行われていく。
フィデス王太子の婚約者であるはずのマテリが、その王太子と一緒に居ないこと。さらに、その王太子の隣には別の女性が居ること。あちこちでチラチラと視線が交わり、ヒソヒソと憶測が飛び交っている。
王や王妃も非常に困惑していた。
学園における王太子の"おイタ"の噂は聞いていたが、まさかこのような場にまで、その"おイタ"が及ぶとは考えていなかった。
しかしながら、この場は年に一度の学年末パーティーである。苦々しく思いつつも息子への叱責は後ほどとし、今はパーティーを滞りなく終わらせることを優先していた。
挨拶もひとしきり行われ、パーティーは楽団演奏によるダンスへと移る。そこでも、フィデス王太子はイグノーラと仲睦まじい様子で踊り、衆目を集めた。
1曲目が終わり、王太子は2曲目は踊らず、そして3曲目に移ろうとしたその時、それは始まった。
「お楽しみのところ申し訳ない! 皆様、少しの時間をいただきたい!」
演劇や集会の際に使われる演壇へ王太子が上がり、会場中の人々へとよく通る声で訴えた。
彼の後ろには、カルリディとルスフ、そして、イグノーラが居た。
「まずはご卒業される先輩方へ、お祝い申し上げます。皆様は今後、ますますご活躍いただけると、若輩ながら信じております」
フィデスは礼儀として、今回の主役ともいうべき卒業生たちへの祝辞を述べ、
「このような時と場で、不作法とは存じますが、どうしても皆さまにお見知りおきいただきたく、この場で語ることをお許しいただきたい!」
皆に許しを請うような言い方をしつつも、フィデスは語りを止めない。
「ここにいるイグノーラ。彼女は平民の出でありながら、大いなる才に恵まれ、この学園へと入学した! 彼女は才だけでなく人柄にも優れ、素晴らしい人だ!」
(見る目無いな……)
フィデスの言葉に、 ヴァレトとリア、そしてラクティスまでも心の声が一致した。
「彼女という存在は、この王国、いや世界に平和と安寧を齎す。それほどの人物だ……。にもかかわらず! 嫉妬心や、ただ平民出であるなどといった詮無い理由で彼女を陥れようとする者がいる!」
会場がわずかにざわつく。が、フィデスが片手をあげると、それも静まった。
「マテリモーニア・レギア・ルキオニス! 貴様が取り巻きや、金で雇った者を使って、たびたび彼女に嫌がらせを繰り返しているのはわかっている!」
フィデス王太子がマテリを指差し、宣言した。直後、会場中の視線はマテリに集中した。
「……、全く身に覚えがございませんが……」
努めて冷静に、それでもマテリの声がやや震える。同時に、いよいよルキオニス侯爵から発する怒気のレベルが危険値に達しつつある。
「証拠なら挙がっていますよ」
フィデスの後ろに控えていたカルリディが、書類の束を示す。
「彼女に嫌がらせをするように指示された令嬢や雇われた者など、証言を集めてあります」
「身に覚えがありません」
カルリディは書類を叩きながら述べる。が、マテリはただ、無罪を訴えるのみである。
「白々しい……、これだけの証拠を前に、まだ白を切るか……。まぁよかろう。このような証拠が挙がっているというのに、慈悲深いイグノーラは、お前を罰することを良しとしなかった。もうしないと誓ってくれるなら、不問にすると言っているのだ……」
フィデスは深く息を吸い、一拍置いて、
「だから、この場の全員が証人だ。マテリモーニア、この場でイグノーラに謝罪し、そして二度と同じことを繰り返さぬと、誓え!」
フィデスが檀上から見下ろしながら、マテリに迫る。
「ですから、身に覚えがありません。身に覚えのないことを謝罪することも、誓うこともできません」
声の震えは止まり、マテリは毅然とフィデスに反論する。
「あくまでも白を切るか。ならば、仕方ない。イグノーラの意思とは反するが法廷に訴え、貴様を正式に処罰するしかないな……、だがその前に、」
再び一呼吸置き、フィデスはさらに続けた。
「お前とは本日をもって婚約を破棄する! このような行為に手を染める者など、王太子たる自分の妻はふさわしくない!」
「お待ちください!」
待ったをかける声は、意外なところから上がった。
本日会場警備を担当していた近衛兵団。その警備隊の中から1人の男が声を上げ、演壇前へとやってきた。
「お兄様……?」
それは、マテリの兄、オウェル・レギア・ルキオニスであった。
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<次回予告>
「婚約破棄イベントとか、わかっていても緊張しますよ。小生、足震えてるし」
「自分主役じゃないのに……」
「主役なら卒倒してるね!」
「お、俺、婚約破棄、しない……」
「え?」
「え?」
(知らぬは本人ばかり……)
次回:到来! リアの春?
(これは嘘予告です。リアには春が来ません)
「ちょっ! 酷い! 小生にも春カモーン!」
次回更新は、1/16(月)の予定です。




