7-6、ただの主人と従者には見えませんなぁ
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石造りの牢、その隅でうずくまり悲嘆に暮れていたイグノーラだったが、床や壁から伝わる振動に顔を上げた。
(何事……?)
外の音はほぼ聞こえない。が、断続する振動は地下をも揺るがし、ついには座っていることができないほどの揺れを牢へと伝えた。
イグノーラは振動で牢の中を転がり、体をあちこちにぶつけた。
「ちょっ! 痛い……、い、一体なんなの!!」
怒りに任せて呟いたイグノーラだが、瞬間、1つの想像に行き着いた。
「もしかして、殿下たちが助けに──」
更に強烈な揺れが牢を襲い、イグノーラは牢の中を転げまわる。
痛む体を起こしたイグノーラが見たのは、崩落し穴の開いた壁であった。
「そ、そこから……、出れる?」
イグノーラは一瞬躊躇した。今は収まっているが、先ほどまで非常に激しい揺れに見舞われていた。
(外に出て、大丈夫だろうか……。いや! ここにいるよりマシ!!)
イグノーラはふらつきながら、壁に空いた穴から這い出していった。
穴の先は、石造りの廊下であった。
あれだけ揺れていたのがウソのように、廊下は静寂に包まれていた。
「うっ、」
立ち上がったイグノーラは直後に立ち眩みを覚え、壁に手をつく。
彼女はオリエンテーリングの最中に負傷して失い、そのまま連れ去らわれてここへ閉じ込められた。
その際、手当もされず、まともに食事もしていない彼女の体は想像以上に弱っていた。
(今がチャンスなんだから……)
このまま、ここに倒れてしまいたい衝動に駆られるも、自身を叱咤し、壁に手を付きながらも出口を探して歩き始めた。
「貴様……」
「あ……」
そんなイグノーラの目の前に、誘拐の黒幕であるドルクス公爵が現れた。
以前、鉄扉越しで彼女に語り掛けた時とは違い、公爵はずいぶんと焦っていた。が、相手がどのような様子であろうとも、満足に動けない彼女にとっては絶望的な状況に変わりはない。
「さ、さぁ! 瑪那を出せ! 私によこすのだ!」
ドルクス公爵は鬼気迫る様子でイグノーラに掴みかかり、彼女の体を揺さぶりながら怒鳴りつけた。
「い、嫌……」
イグノーラは抵抗を試みるが、女性であり更に体が弱っている今、公爵の力に抗うことができない。
揺さぶられ、彼女の意識が徐々に遠くなっていく。
──やれやれ……
イグノーラの中で、誰かがつぶやいた。
「がっ!」
巫女の女の右手が、ドルクス公爵の首を掴む。
(な、なんだと!?)
公爵は両手で女の手を掴み、引きはがそうと力を籠める。が、その細腕はびくともしない。むしろギリギリと握力が強まり、公爵の首の締め付けが強まっていく。
(い、一体なにが!?)
ついには公爵の体が吊り上がり、ジタバタする足が空を切った。
「あ、が……」
『嫌だって言ってんだろ?』
その声は彼女のモノだが、明らかに別人のような言葉が発せられる。
公爵が覗き込んだ彼女の瞳、そこには赤黒い異様な光が灯っていた。
「おい、そいつが"巫女"だとは聞いていないぞ……」
公爵の背後、暗がりから2人の魔族が近寄る。
その円環は正気を宿すと律儀な債務者の本体である。
瞬間、巫女の女の表情は戻り、手の力が一気に緩む。
「うごっ!」
突然解放された公爵は落下し、石床に尻餅をついた。
「い、いや、これは……うぐっ」
そして、次は魔族の男に襟首をつかまれて持ち上げられた。充分に呼吸ができていない公爵は、既に表情が青い。
もう1人の魔族が、巫女の女、イグノーラへと近づき──
「近づくな!」
そこへフィデス王太子と白馬騎士が割り込み、イグノーラを護るように魔族の前に立ちはだかる。
「で、でん、か……?」
イグノーラは半分朦朧とした意識のまま、その後ろ姿へと声をかけた。
「イグノーラ!」
続けてルスフとカルリディが駆けつけ、フィデス王太子同様にイグノーラをかばうように立つ。彼らの後には、更にマテリも現れた。
「ちっ」
イグノーラを護るように立つ契約者に相対する魔族2人は、不利な状況に舌打ちした。
("巫女"をどうにかするも何も、逃げることすら困難か)
魔族2人が決死の覚悟を固めたとき、
「やぁ、なかなか大変そうだね」
廊下の中空、何もない空間に黒い穴が出現し、中から1人の人物が出現した。
血のように赤いフード付きのローブを目深にかぶっているために人相はわからない。が、体格や声からすると若い女のようである。
「なっ! 預言者様! このようなところへ!!」
魔族の1人が赤ローブの姿を見て、驚きつつも咎めるような声を上げる。
「はっはっは。なんだかちょっと面白いことになっているね」
フードの下からわずかに覗く青い瞳が、イグノーラの姿を射抜く。
「大義のためにも"巫女"は放置できません」
フィデス王太子たちと魔族の男2名、両者は"巫女"と呼ばれたイグノーラをめぐって一触即発の状況である。
「まぁまぁ、そう焦らないでも、まだチャンスはあるよ。今日のところは引き上げようじゃないか」
そんな両者の緊張感を弛緩させるような呑気な声で、赤ローブの女が2人の魔族をなだめる。
「し、しかし」
「逃がさんぞ、魔族どもめ!」
食い下がる魔族と、追いすがるフィデス王太子。しかし、赤ローブの様子は、相変わらず緊張感が無かった。
「逃げるとも。むしろ、止められると思ってるの?」
そういうと、赤ローブの背後に再び黒い穴が出現する。
「あ、丁度いいから、そのオッサンは持って帰ろう。なにか情報を"抜ける"かもしれないしね」
赤ローブは、魔族が襟首を掴んで持ち上げている公爵を指さしながら告げる。
「なっ! やめ──」
そう叫ぶ公爵にかまうことなく、赤フードと魔族2人、そして公爵は黒い穴の中に消え、
「待て!」
白馬騎士が追うよりも早く、その穴は消え去った。
「魔族の、予言者だと……?」
魔族たちが消えた虚空を睨みつつ、フィデス王太子は呟いた。
****************
マテリは階段を駆け上がる。
本当は地下へなど行きたくはなかった。そんなことよりも、彼女は地上に"大切な人"を残していたのだ。
「ヴァレト!」
公爵の屋敷、その玄関扉を蹴り破る勢いで外に飛び出したマテリ。庭園は、突入した近衛兵団により制圧されていた。
公爵私設騎士団の騎士たちは取り押さえられ、公爵配下の契約者たちも、グラリス団長やリアによって捕縛されていた。
そんな中、岩石に腰かけた状態のヴァレトに、マテリは駆け寄った。
「申し訳ありません、お嬢様……、お役に、立てず」
「そんなことはありません。我らが再び立ち上がれたのも、貴方のおかげです」
マテリはヴァレトの手を両手で握る。
ヴァレトが瀕死の状態で発動した白司祭の広範囲回復により、フィデス王太子たちは癒され、再び立ち上がることができた。
マテリは、自身の天使の能力により回復していたが、大きな岩に下敷きにされていたことで身動きができずにいた。
そんな彼女を岩石の下から引っ張り出したのは、回復したフィデス達だったのだ。
ヴァレトの範囲回復でフィデス達は体制を立て直したが、当の本人は胸を貫かれたことで大量出血していたために、傷こそ癒えても公爵を追うことはできず、こうして地上に残っていたのだ。
「いやぁ~、ただの主人と従者には見えませんなぁ」
マテリ達の様子を遠巻きに見ていた近衛兵団長グラリスは、茶化すように告げる。
「しょ、小生でよければ、手にぎるますよ?」
リアは"フンスフンス"と鼻息を荒くしながらグラリスに手を差し出し、そして自分の手汗が酷いことに気づいて、服で無造作にゴシゴシと手を拭い、再び手を差し出した。
その間、彼女は小声で「トマケン、イケボで最強とか、イイ、マジカッケェ」と気持ち悪く呟いている。
「あ、いえ、大丈夫なんで……」
グラリスはリアから目線を逸らさず、まるで野生の熊から逃げるように後ずさった。
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<次回予告>
唐突にもらった"リアの告白"
予想外の"ストーキング"
特に理由のない執着がグラリスを襲う──!!
次回:"王国最強"を襲う理不尽の愛
(これは嘘予告です)
次回更新は、12/30(金)の予定です。




