7-2、敵にすると厄介な存在ですな、契約者というのは
いつもご覧いただき、ありがとうございます。
ぴちょん、ぴちょん
水の滴る音に、イグノーラは目を覚ました。
「いってぇ……」
石造りの床に転がされていたためか、体中が訴える痛みにイグノーラは顔を顰める。
「ここ、どこ?」
床も壁も天井も全て石造りで薄暗く、ややヒンヤリしている。
唯一の出入り口らしき扉は鉄製で、ご丁寧に鉄格子付きの小さな覗き窓が付いている。
室内には何もなく……、いや、部屋の隅に壺が1つ置かれている。
「これまさか……」
明らかに牢である。唯一の"調度品"である壺は、おそらくアレ用途であろう。手洗いどころか寝床すらないとは、牢にしても扱いが酷すぎる。
自分の身に何が起こったのか、必死に記憶を掘り起こす。
オリエンテーリングがあった。王太子とチェックポイントを探して……、そこから先の記憶が無い。
「わからない……」
代わりに、ゲームの記憶を想起する。オリエンテーリングでは"襲撃イベント"が起こるはず。
「まさか、バトルに負けた……?」
襲撃イベントのバトルで負けた場合は即ゲームオーバーになってしまうため、その先の展開は不明だ。
イグノーラが状況に混乱していると、鉄扉を隔てた外から、徐々に近づいてくる足音が耳に届いた。そして、その足音は彼女の牢の前で止まった。
「やぁ、お目覚めかい」
その一言でイグノーラは理解した。
ここは王都にある公爵邸で、扉の前に居るのはアイム・レギア・ウィル・ドルクス公爵、その人であると。
ゲームで何度も聞いたセリフだ。
どの攻略ルートでも必ず発生する"誘拐イベント"。誘拐され、気を失っていたヒロインが、目覚めて最初に聞くセリフがこれなのだ。
だがそれもおかしい。ゲームでは、朝日差し込むあたたかな部屋で、キングサイズのベッドに寝かされているヒロインに投げかけられる言葉であったはずだ。
こんな、冷たく硬い石床の上に転がされた状態で聞かされる言葉ではない。
「ドルクス公爵……?」
それでも、イグノーラはシナリオ通りのセリフを口にした。
「あぁ、久しぶりだね」
それに対し、公爵もゲーム通りの返しで答えた。
「このような手は取りたくはなかったのだがね……、どうしても君が必要だったんだ」
ゲームと同じ声色、同じセリフを紡ぎだす公爵。だが、シチュエーションは天地ほども差がある。
「わ、私は、どうなるのですか?」
「申し訳ないが、しばらくこの狭い部屋で我慢してほしい」
ゲームで聞いたときには"どこが狭い部屋なんだ?"と思ったものだが、今回に関しては"そう思うなら、なんとかしろよ!"というツッコミしか思い浮かばない。
「何か不自由があれば、言ってくれ。ではな」
ゲームと一文字一句変わらぬセリフを告げ、公爵は去っていった。
「何か不自由がって……、不自由しか無いっての!!」
ゲームでは彼女を気遣う言葉だったと思うが、今の状況では、ただの嫌味にしか聞こえない。
「くそっ! どうしてこんなことに……」
何がどうなったのかわからない。しかし、とりあえず自分はドルクス公爵に誘拐される、"誘拐イベント"へと進んだとイグノーラは理解した。
「一応、"出会いフラグ"は立ってる……」
目覚めた直後に公爵と行ったやりとり、「ドルクス公爵……?」からの「あぁ、久しぶりだね」の受け答えは、出会いフラグが立っている場合のみ発生する会話パターンである。であるなら、まだ"王位簒奪エンド"への分岐ができる可能性はある。
学園入学以降、シナリオ通りにイベントが展開せず、思ったように攻略が進まない状況にうんざりしていたところだった。
いっそ、"王位簒奪エンド"へ行ってしまうのもアリかとも考えていた。しかし、
「この待遇だからなぁ……」
こんなことでは、公爵の手を取ろうものなら、どのような扱いを受けるかわかったものではない。
「どうしたらいいかわかなないよ……」
イグノーラは、膝を抱えてうずくまる。
「もうやだよ……」
彼女のつぶやきは、冷たい石に吸い込まれるように消えていく……。
「にゃ~」
そんな彼女の耳に不思議な声が届いた。
がばっと顔を上げたイグノーラは鉄扉の下、食事トレイを差し込むための隙間から覗き込んでいる猫と目があった。
「え? 猫!?」
「にゃ~」
イグノーラのつぶやきを聞いた猫は、もう1回鳴くと姿を消した。
****************
日が落ち、暗くなるのを待ち、7人の契約者は王都にあるドルクス公爵邸へとやってきた。
攫われたイグノーラはどこにいるのか。
ここにイグノーラが囚われているという証拠はない。が、どうせ首を突っ込まねばならぬなら、ということで、ヴァレトは致し方なく"転生者の知識チート"を参考とすることにした。
ゲームにおける"誘拐イベント"では目撃情報があり、ヒロインは王都の公爵邸へ連れ去られたことが判明する。ゲーム内の公爵はなかなかに迂闊であるらしい。
目下最大の問題は、現状でゲームのシナリオから大きく逸脱しているという点だ。そのため、"王都の公爵邸"という情報がどこまで正しいのかわからない。
というわけで、密に偵察を派遣し、
「にゃぁ~、確かにあの性悪女が居たにゃ」
という、偵察隊員の証言により確証を得たヴァレトは、
「誘拐したその日の内に、王都から連れ出せるとは思えません。今なら、おそらく王都の公爵邸内に囚われているはず」
という意見を述べ、彼らをここへと誘導したのだ。
「さて、どうやって忍び込もうか──」
フィデス王太子がそう言葉に出した瞬間、公爵邸の門が吹き飛んだ。
マテリが天使のシールドバッシュで門を吹き飛ばしたのだ。
「隠したいのは向こうです。こちらは堂々と行きましょう。攫ったくらいですから、早々命をとることもしないでしょうし」
マテリのあまりに大胆な行動に、全員があっけにとられている。が、彼女が公爵邸の敷地内へと飛び込んでいくと、全員が約定体を呼び出し、一斉にその後へと続いた。
「いくぞ!」
フィデス王太子が、一番早く、マテリの後を追い、さらにその後から、
「やってしまった以上は、突き進むしかありませんか!」
「いいぜ! わかりやすいのは嫌いじゃねぇ!」
諦観交じりの声を上げるカルリディと、喜んでいるルスフが公爵邸の敷地内へと飛び込んでいく。
お前は単純なことしかできないの間違いじゃないのか? と思いつつ、更にその後に続くヴァレト、リア、ラクティス。
「侵入者だ!」
「これ以上進ませるな!」
破壊音を聞きつけた公爵私設騎士団の騎士たちが、マテリ達の前へと殺到する。その数は30以上。
全員が抜剣し、マテリ達へ一斉に──
「待て!」
よく響く声に制止され、騎士たちが止まる。そして彼らが明けた道を、立派な鎧をまとった騎士が歩いてきた。
「彼らは王国の契約者だ……」
そう言いつつ、立派な鎧の騎士はフィデス王太子の前で立ち止まり、頭を下げる。
「私はドルクス様の騎士団を預かっております、リオリタス・カームスと申します。部下の無礼をお許しください、フィデス・レギア・ウィルゴルディ王太子殿下」
公爵私設騎士団の団長であるリオリタスは、慇懃な様子でフィデスに述べ、
「しかし、すでに日も落ちたこのような時間ですが、当屋敷にどのような御用でしょうか?」
リオリタス団長の恭しい態度とは裏腹に、フィデス王太子に向けられている目は、敵を見るかのような冷えたものであった。
「イグノーラがここに囚われているのはわかっている! 今すぐ解放しろ!」
フィデス王太子は恫喝するようにリオリタス団長に向けて叫ぶが、団長は一切動じない。
「はて、イグノーラとは? そのような虜囚も、客人も、当屋敷に居るという話は聞いておりませんが?」
リオリタス団長は、白々しい笑顔で答える。
「隠しても無駄ですよ」
マテリが歩み出て、その手を見せる。手のひらの上には天使の羽が1本乗っている。
「私の天使は、失せ物を探すことができます」
手のひらの上の羽がくるくると回転し、不自然に止まったかと思えば、公爵の屋敷を指し示した。
「先ほどからイグノーラ嬢を探していましたが……、ずっと公爵の屋敷を指し続けています」
マテリの指摘に、リオリタスは無表情になる。
(ブラフ、ですけどね……)
マテリは内心ニヤリと笑う。
天使に、このような力はない。ここにイグノーラが囚われていることは判明しているため、ブラフを仕掛けたのだ。
なお、手の上で羽がくるくる回転したのは、ヴァレトの蜘蛛拳士が極細の糸で操作したためである。
「敵にすると厄介な存在ですな、契約者というのは」
そう呟いたリオリタスが手を振り上げた。
リオリタスの体から半透明なオーラがあふれ、そして、見上げるほど巨大な石像が出現したのだった。
+++++++++++++++++
<次回予告>
脳筋「ここは任せて、先に行け! なぁに、すぐに追いつくさ!」
変態「べ、別に残ってくれてもいいんだけどね? 小生でも耐えられるけどね?」
従者「ここは僕が引き受けます!」
腹黒「行ってください。大丈夫です、なんとかしてみせますよ」
根暗「こ、ここは、俺が……」
お嬢「行ってください。私が食い止めます」
王子「先に行け! 俺が何とかする!」
次回:そして誰も居なくなった
(これは嘘予告です)
次回更新は、12/21(水)の予定です。




