2章最終話、ウィルゴルディ王国王太子
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「アルブ、降りてらっしゃい」
侯爵邸の庭園奥、マテリが木の上に向けて声をかけている。ヴァレトはそれを見つけ、庭園を横切りマテリの背後へと近づいた。
「お嬢様?」
ヴァレトが声をかけると、マテリは「あ、」と言って振り返った。
「アルブが降りてこないのです」
マテリの見上げる先にヴァレトも視線を向ける。そこには、背負ったクマのぬいぐるみをクッション替わりとし、木の枝の上で両手を頭の上に回してリラックスしている猫の姿があった。
「……」
猫の関節構造で、あの姿勢できたっけ?などとヴァレトが疑問を感じている矢先、さらに猫は口に前足?を当て、「くぁぁぁぁ」とあくびをかましている。
この猫とは、先日領都北にある森に出没するという"謎の怪物"、その調査・討伐依頼を遂行した際に出会った。
なぜか人語を操り、2本足(後ろ足?)で立って歩くのだが、あの様子を見るに、いよいよもって"猫"であるのか怪しげである。
眼前の謎生物に視線を向けたまま、ヴァレトはもう一つ気になった点について、マテリに問いかける。
「名前、付けられたのですか」
「えぇ、古い言葉で"白い"という意味から"アルブ"と名付けました」
マテリは小さく笑みを浮かべつつ、名前の由来を語る。確かに体毛は白一色である。
(日本でいえば、白猫に"シロ"と名付ける感じかなぁ……)
内心で詮無いことを考えつつ、ヴァレトはあらためて主人に視線を向け、自身の用件を伝える。
「旦那様が、お嬢様をお呼びです。アルブは僕が見ておきますので」
「お父様が……」
マテリは一瞬頷き、暗い表情を見せた。ように見えたが、注視しなければ気が付かないほどの一瞬であった。
「わかりました。アルブを頼みます」
「はい」
そう言って、マテリは屋敷へと戻っていった。その背を見送るヴァレトは、彼女の様子に一抹の不安を覚えた。しかし、従者としての自分には、主人とその父のみの会合に同席できようはずもなく、諦めて樹上の猫へと向き直った。
「ふにゃぁ、この世界の人間は面倒だにゃぁ」
猫改めアルブは、枝の上で伸びをしながら、あくび交じりに零した。その言葉を耳にし、ヴァレトは表情を真剣なモノへ変える。
「……、その言いぶりだと、アナタは"この世界"以外を知っているように聞こえますが?」
ヴァレトの問いかけに、アルブは伸びを中断し……、そして首を傾げた。
「……、にゃんだろうにゃ? 吾輩にもわからん」
そして、アルブはむにゃむにゃと語尾を濁し、そのままイビキをかき始めるのだった。
「……、明らかに猫じゃないだろ……」
「マテリモーニア参りました」
マテリは侯爵執務室の扉をノックし、室内へ声をかけた。中から侯爵の声で「入りなさい」との返答があった。
「失礼いたします」
マテリは室内へと入る。侯爵は執務机で手を止めることなく、事務作業を続けている。彼女は応接セットの横を通過し、侯爵の執務机前に近づく。
侯爵はふぅーと息を吐き、動かしていた筆を上げ、筆置きに置いた。
「猫は元気かい?」
侯爵は机の上で両手を組み、指を揉みながらマテリに語り掛ける。
「えぇ、とても元気です。先ほども木に登ってしまいまして、ヴァレトにお願いしてきました」
マテリの言葉に侯爵は頷き、更に言葉をつづける。
「そうか、最近、ヴァレト君とはどうだい?」
「えぇ、彼はよくやってくれています。将来はルキオニス家の執事としてもやっていけると思います」
侯爵は「そうか」とつぶやき、目を閉じる。
「お父様……、私の婚約ですか?」
真剣な表情でマテリが告げた言葉に、侯爵は目を開く。
「お相手は、どなたですか?」
マテリは表情を変えることなく、続けて侯爵へと問いかける。
「……、ウィルゴルディ王国王太子、フィデス殿下だ」
侯爵の言葉を聞き、今度はマテリが瞳を閉じて逡巡する。侯爵はさらに続ける。
「ルキオニス侯爵家の家督は、長男であるオウェルが継ぐ。だから、お前の結婚は好きにさせるつもりだったのだが……」
通常、貴族の結婚とは政略結婚であり、女子は政略の駒である。が、侯爵は大変な子煩悩であり、長子であるオウェルはまだしも、マテリの結婚については、彼女の好きな相手を、と考えていた。
「わかっています。私が"契約者"となってしまったから……」
侯爵はマテリを無言で見つめる。
「これまで、かなり稀有な存在だった"契約者"だが、ここ数年、お前たちと同世代で立て続けに出現している」
「……、フィデス殿下も"契約者"だそうですね」
侯爵は小さく頷く。
「これは明らかに何かの"予兆"だろう……。だからこそ、次代の王と王妃に契約者を配し、より王権を強めようとしているようだ」
「王家の求心力は、まさに国家の要です。それも致し方ないことかと……」
侯爵は目を閉じ、再び指を揉みながら「すまないな」と小さくつぶやいた。
マテリは終始泰然とした態度を崩さなかった。その内心を誰にも悟らせぬように……。
****************
ヴァレト、マテリ達は、13歳となった。
この国の領地貴族は、1年ごとに自領と王都を往復する。領都で1年を過ごした侯爵家は、王都へと向かう。
「すぐに、すぐにわたくしも王都へまいりますので!」
リアはいつも通りのハイテンションでマテリの見送りに来ていた。引接する領地の貴族とはいえ、ルキオニス侯爵領の領都まで来るにはそこそこの時間がかかる。というのに、"王都への出発の見送り"だけのために来るとは、相変わらずのストーカー気質である。
「王都ではお屋敷も近くになりますし、今まで以上にお会いできますね」
「はい!」
マテリの言葉に、リアは満面の笑みで応える。さらにマテリは顔を寄せ、リアの耳元へと口を持っていく。自身の耳元にマテリの口を近づけられたリアは、興奮気味に鼻息を荒くする。
「王都でも、ぜひ依頼を受けましょうね!」
こっそりと、だが弾む声でマテリより告げられた言葉、
「は!……、あ、はい」
それが耳朶を打ち、脳髄に響き、内容が理解されるにつれ、リアのテンションは急落したのだった。
+++++++++++++++++
<次回予告>
「ただ、王都に向かうだけでは退屈でしょう? なので、ちょっとした趣向を考えてみました」
「趣向、ですか?」
「先に★のゲートが見えるでしょう?」
「え……、なんですか? あれ」
街道に沿って、アーチ状に★が配置されたゲートのような物がいくつも設置されている。
「★が浮いてますけど、あれどうやって設置したのですか? というか、王都までアレを配置したのですか!?」
「細かいことはいいのです。高速で走り抜ける馬車を上手く操作し、すべてのゲートを通過するのです!」
「なんで、RPGのミニゲームみたいになってるんですか!」
「なんと、パーフェクトなら最強の武器が!」
「これ、発売後に"イライラするミニゲーム"って言われる奴ですよ!!」
次回:さぁ! ★を入れよう!! すぐ入れよう!! よろしくお願いしますっ!
(これは嘘予告です)
本話にて2章は終了です。
舞台を王都に変え、次回から3章開始です!(←これは本当)
次回更新は、10/19(水)の予定です。