2-4、彼のライフはゼロ
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ヴィケコム子爵家の令嬢ヒストリア。転生者である彼女が、前世での最"推し"であったマテリ(の中の人)とお近づきになりたいと、ルキオニス侯爵邸を訪れるようになり、早や数か月。
その間、ヒストリアは少なくとも月に2回。多い時は週一ペースで、侯爵邸を訪問していた。
「リア、こちらの衣装もよろしいのではなくて?」
「え、えぇ、そうですね、マテリ様……」
いつしか、"マテリ"、"リア"と愛称で呼び合うようになった2人は今、お互いに"衣装"を選び合う、乙女な会話の最中である。そう、字面だけを見れば……。
「私としては、こちらの衣装は、動きやすく、かつ、防御力も期待できると思っているのですが……」
「マテリ様、それはちょっとラインが際どいです」
2人が品評している衣装が、マテリの戦闘用スーツコレクションでなければ……。
「リアも自分用の"モノ"を仕立てたらよろしいですのに」
薄手ながら非常に頑丈な繊維で作られたスーツをリアに当てながら、マテリが述べる。
「いや、その……、あんまり使わないかな~、なんて……」
視線を横に泳がせながら、リアは誤魔化すように言う。
「何を言っているのですか。そんなことでは、これからの戦いで生き残れませんよ!!」
「マテリ様!? 小生を一体どんな戦場に送り込むおつもりですか!?」
リアの悲痛な叫びはマテリには一切響くことはなく、
「これが良さそうです。早速試着なさって」
マテリが言いながら笑顔でうなづくと、どこからともなく数名のメイドが出現した。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ」
メイドたちは、リアの両腕を拘束し、お着換えスペースである"衝立の向こう側"へと彼女を連行していった。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁ……──」
リアは残響音と共に消え去る。
「ま、まいまいたん! マ、マテリ様の衣装!! マテリ様のにほひ……」
自分が着用しているスーツの匂いをクンクンと嗅ぎながら戻ってくるという、不審者ぶりを炸裂させつつ、リアは返却された。流石のプロメイド集団も、"この変態"には怪訝な様子である。
今、リアが身に着けているのは、マテリが"数年前"に愛用していた戦闘用スーツである。
「よかった! やはり、私の3年前くらいのスーツが丁度よさそうですね!」
「なっ! さ、3年前!?」
リアは自分の体を見下ろし、自分の胸や腰、尻周りなどをペタペタと確かめるように撫でまわす。
「3年前で私よりスタイルが良いだと!?」
リアは胸を押さえ「ぐっ」と呻きを上げる。
「な、なんだ、この感情は。女子としての敗北感? 嫉妬心?」
彼女の表情は、一瞬歪み、負の感情を宿したように見えた……、が、その気配は一瞬で霧散した。
「ぐふっ……、マテリ様の匂いに包まれる幸福……。そして、今のマテリ様は、これ以上の豊満さ、キレ、そして脚線美……、あぁ、尊い……」
気持ち悪いほどの恍惚とした表情は、貴族令嬢どころか、庶民の女子……、いや、いかなる存在であっても、浮かべてはいけない危険なシロモノであった。
「よ、よろこんで、いただけたなら、さ、幸いです……」
先ほどまでノリノリだったマテリも、これにはドン引きである。それでもリアを見放さないマテリの心は、大海のように深く広い。
「わ、私も、着替えてまいりますね……」
これ以上、ヤバいモノを目に入れることを避けるように、マテリも着替えに向かった。
スパーン
気味の良いハリセンの音が響く。
マテリが退席したのを見計らい、ヴァレトはリアの後頭部をハリセンで引っ叩いた。
「はっ! ハリセン!? 懐かし!!」
ツッコミの定番アイテムに、さすがのリアも正気を取り戻した。
「"悪役"の件で、聞きたいことがあります」
ヴァレトは努めて冷静に言葉を紡ぐ。が、リアは空気を読まない。
「っていうか、男子がここに居ていいの? ここは女子の花園なのでは!?」
白々しいリアの物言いに、ヴァレトはジロリと彼女をにらむ。
「私は従者なので。それに、アナタも"心は男の子"だったのでは?」
「ワタクシのような令嬢に対して、"男の子"だなんて、酷いですわ!!」
リアは自分の体を抱きしめ、クネクネと動きながら抗議を述べる。が、ヴァレトはその抗議を完全に無視し、話をつづけた。
「"悲劇的な最期"とはなんですか? どのような状況ですか?」
ヴァレトが発した言葉に、リアは動きを止め、目に見えて動揺するように目線を逸らす。
「……それ、言わなきゃだめ?」
「……、言うに憚るほどの内容なので?」
顔を逸らし、気まずい顔をするリアの様子に、それほどに酷い状態なのかと思いを巡らすヴァレト。
「うーん、まぁ、そこそこそれなり……、相当?」
この"リア"ですら言葉にすることを躊躇うという状況、それに一瞬尻込みしたものの、ヴァレトはすぐに思い直す。
「情報は重要です……。念のため教えてください」
「……ゴブリンの苗床」
一瞬の間を開け、リアが告げた。
「……」
ヴァレトは意図せずその様子を思い浮かべてしまい、想像であるにも関わらず、憎悪が心の底から湧き出しそうになる。が、頭を振ってその思考を振り払う。
「だから言いたくなかったんだって……」
やめやめ、と言いたげな様子でリアは手を振りながら言葉を零す。
「さぁ! リア、まいりましょう!」
微妙な空気を突き破るように、着替え終わったマテリが2人のところへと元気に戻ってきた。
「え、あ、はい」
リアは、今度はマテリに連行されていった。
「リア! 遅れていますよ!」
「ひぃ~」
ヴァレトとリアから"前世世界の話"を聞き、マテリのインスピレーションが刺激された結果、侯爵邸の庭園の一つが潰され、長大なアスレチックコースが生み出された。その様子は"SAS○KE"か"KUN○ICHI"か。
そんなハードなアスレチックコースを、スイスイと乗り越えていくマテリと、そのあとを必死に追い、
「あ、落ちた」
追いつけず落下するリア。
今日も侯爵邸では、リアの様々な悲鳴が響き渡った。
****************
翌週。懲りずに再び侯爵邸へとやってきたリアは、こっそりとヴァレトに小さく折りたたんだ紙切れを渡した。
マテリとリアの"女子?会"が始まってから、ヴァレトはこっそりと紙を開いた。そこには箇条書きで、この後の大まかな流れのようなものが書かれていた。
・悪役令嬢、王太子と婚約
・王立学園入学
・平民出の"騎士爵"として、乙女ゲームのヒロインも学園入学
・ヒロインが複数攻略対象と仲を深める
※ヒロインと攻略対象全員も"契約者"
※王太子も攻略対象の一人
・悪役令嬢が悪役令嬢として活躍
・ヒロインが魔王に狙われる
・悪役令嬢が魔族と内通し、ヒロインを陥れようとする
・初年度末のパーティーにて悪役令嬢は婚約破棄される
そのパーティー会場にて、悪役令嬢が招き入れた魔物が暴れる。そのドサクサで悪役令嬢は行方不明。
・魔王討伐令が発令され、ヒロインとそのとき最も親密度が高い攻略対象が選ばれる
・魔王城にて、悪役令嬢と遭遇。すでに正気を失っているため、攻略対象により介錯
ヴァレトはだらりと手紙を持った手を下げ、空を見上げる。放心状態で、心ここにあらずといった様子である。
彼のライフは、「悪役令嬢、王太子と婚約」でゼロになっていた。
「さぁ! リア! 鎧の籠っているだけでは、相手を倒すことはできませんよ!!」
「ぎぃゃぁぁぁぁぁぁ!!」
白刃きらめき、黒い鋼の鎧へと何度も斬撃が振るわれる。そのたびにすさまじい金属の衝突音が響き渡る。
放心するヴァレトを背景に、リアとの模擬戦で、マテリとその天使は揚々と庭園を舞っていた。
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<次回予告>
「マテリ様マテリ様! これが! これこそが! 前世の世界でも最強の防具と言われているモノです!」
「こ、これが……!?」(ゴクリ
「はい! 世界でも最も有名な戦士の1人も、これを身に着けていました!」
「し、しかし……」
「さぁ! これをつければ、マテリ様は最強に! いえ、究極に!!」
「ビキニアーマーなんてどこで入手してきたのですか!」(スパーン
次回:天使ならビキニアーマーもあり!? いえ、★で隠せば十分です
(これは嘘予告です)
あ、ヤバ、これじゃ★が減らされる!?
次回更新は、10/5(水)の予定です。