プロローグ 憂鬱の始まり
どうして、こんな事になっているのだろう・・・?
「シャロン王女、お初にお目にかかります。私はアルバート・サラドールと申します。以後お見知りおきを」
そう言って、彼は私の手の甲に、慣れた仕草で口付けを落とした。
彼が顔を上げると青く澄んだ美しい瞳と目があった。サラサラとした金髪に、これでもか、というほど整った顔。しかも、腕の立つ騎士ときた。自分が王女であるとはいえ、こんな社交性の高い、華やかな貴公子に言い寄られるとは思っても見なかった。
たとえ本心ではないとしても、だ。
事の始まりは、昨日の舞踏会にさかのぼる。昨日も、いつもと同じように私はひっそりと舞踏会をやり過ごそうとしていた。ウィルド王国の第3王女として生まれた私だが、上に兄が2人、姉も2人、そして、下に妹、弟がそれぞれ1人ずつ。7人兄弟の5番目という、なんとも中途半端な位置に生まれ、上の兄2人と一番上の姉は皆結婚しお世継ぎ問題は安泰。そう、つまりどういうことかと言えば、私は別にどうでもいい存在なのだ・・・、うん。
別にどこぞの国の王子様との結婚もする必要がない。しかも私は今はもう亡くなってしまったが、かなりの祖母っ子で、両親との関わりも薄い。そしてすぐ上の姉、シャルロッタはくるくると巻かれた金髪に、蜂蜜色の瞳の誰もが息を呑む美少女で、しかも結婚していないのであれば自然と皆彼女の方に目が向くではないか。
よって、私はウィルド王国で一番影の薄い王女で、舞踏会も便宜的に参加しているだけ。そもそも社交性など皆無で、男性と踊ったのも1回きり。真っ直ぐな黒髪に紫色の瞳、少し気の強そうな顔。兄弟たちの中では見劣りする目を引かない容姿。そう、これが私だ。
私はいつもどおり、シャルロッタをはじめとする華やかな人々の集団を遠目に見つつ、会場を抜け出して、外の庭園へと向かった。そんなことをしても特に誰も気に留めない。
外の空気は秋の終わりを感じさせ、冷たく澄んでいる。特にあてもなく歩いていると、ふと人の気配を感じた。
焦げ茶色の髪に、碧眼。遠目からでもわかる整った容姿は・・・。アーノルド・レイ、騎士である。
あれ、最近留学先から帰ってきたんじゃなかったっけ? どこに行くのだろう。誠実な人柄の美丈夫として、女性たちからも人気の彼であるが、こんなところで一人、何をしているのだろう。
なんとなく後をつけてみれば・・・。
噴水に向かっている!?
アーノルドは石畳で舗装された小道を進んでいった。その道が行き着く先は噴水しかない。王城の噴水は、太陽の光を集めて日が沈んでから美しく光り輝く夜光石で造られており、とても美しいことで知られる名所であるが。ここ最近人はいない。
なぜなら、3回もの怪事件が起こっているからだ。その怪事件というのは、なぜか人々が噴水のそばで昏倒して見つかるのだ。1回目はどこぞの子爵、2回目はどこぞのカップル、3回目は偉い公爵。いずれも舞踏会の最中に昏倒していたそうだ。誰にも記憶がないらしく、被害者たちにこれといった接点がなかったため誰かの計画的犯行とも思えない。しかし、いずれも、頭部に打撲傷があったそうだ。原因不明で、特に3回目の偉い公爵が気味が悪い、と言い出したので以後人が寄り付かなくなっている。
まあ、ただ、私にはそう、原因に見当がついている。幽霊だ。祖母以外の誰にも打ち明けたことはないが、私には霊感があり、幽霊が見える。以前噴水へ行ったとき悲しそうな目をした幽霊がいたので、多分それの仕業だが、私にどうしろというのだ。神官を呼んで払ってもらう? そうするにしても私には、両親も含め、人々に、幽霊がいるという信じがたい話を信じてもらえる自信がない。それに気味悪がって人々が寄り付いていないのならいいではないか、と多少もやもやするが、放置している。
しかし、アーノルドの場合は別である。事件は彼の留学中に起きたので、彼は噴水の周りが危険だと知る由もなく、このまま行くと、今度は彼が昏倒してしまうかもしれない。私にも、なぜ幽霊が人々を昏倒させるのか皆目見当がつかないが。なんとなく放っておけなくて、声をかけた。
これが私の憂鬱のはじまりだとも知らずに。