第9話「ミンダスに到着」
……何事もなければですがねー。
荷馬隊は荷馬車の周りを傭兵が囲む形で進む。荷台に人が乗るスペースはなく、エミリーさんも歩きだそうだ。荷台に乗っていたのは左右から襲われたから全体把握のために仕方なく乗ったらしい。そんなエミリーさんと私は一緒に荷馬車の後方を歩いている。
エミリーさんから荷馬隊の構成を聞いたら、小さい村だと傭兵3人に対して、領主の徴税官1人だそうだ。領内は平穏で野盗の類い出ないけど、最近はゴブリンとかの魔物に出くわすことが増えているらしい。あと、徴税官の人からは今だけの臨時徴税官で普段は別の仕事があると言われたけどね。
「ノノ、森の方から来たように見えたけど、どこから来たの?」
「ミンダスでちょっと路銀を稼ごうかと森で薬草を採集してました」
「薬草ねぇ。確かに需要はあるけど、やっすいよ?」
「そうですね、でも、無難な金策ですよ。まあ、このゴブリンの魔石を売り払った方がお金にはなりますけど」
そう。薬草は加工しないと効果が薄いため、かなり安くでないと買い取って貰えない。それに比べて、魔石の方は魔導具を使う際や各種ポーションとかを作る際に必要なこともあり、大きさとどの魔物のから取れたかによって、値段がかなり違ってくる。私が手にしている魔石はゴブリンの魔石とはいえ、そこそこ大きいのでそれなりの金額にはなるはずだ。
「確かにそうね。その魔石なら10日くらいなら普通の宿屋に泊まれそうね。あっ、そうそう、森に居るとき魔物によく出会わなかったね」
私は面倒なので、どこから来たかは答えず、ちょっと論点をずらして答えたのに。むぅ、思い通りにはなりませんねぇ……。
「ええ、気配遮断の魔法が使えるので、問題は無いですよ」
サラッと魔法が使えると答えてみた!
「一人旅っぽいし、それぐらいは使えるか。他にはどんな魔法が使えるの?」
エミリーさんは特に気にしたようではなく、さも当然のように他の魔法が使えるのか聞いてきた。その目は興味津々でだよ。
「簡単な補助魔法と錬金術の真似事みたいな魔法なら使えますよ。……そうですね、例えば、聖水の入った瓶があれば、この薬草を調合して治癒のポーションが作れたりしますね」
ある種の薬草と聖水で作れるポーションは、簡易治癒ポーションでちょっとした怪我ぐらいしか治せないけど、魔力を込めれば、そこそこ使える治癒ポーションができる。聖水は教会でお布施をすればその額に応じて貰える。聞いたところによると修道士が修行の一環で聖水を作っているらしく、本当は無料でも良いくらい作ってるらしいんだけど、それを貰って売る輩が結構いたらしく、今は寄進をしないと貰えない。
聖水自体は聖魔法の浄化でも作れるのだけど、聖魔法自体が神聖語を読めないと使えないので、ほぼ教会が独占していると言っても良いかな。神聖語は教会か高位の貴族にしか教えて貰えない。あ、あと、聖なる場所に沸いている湧き水はそのまま聖水になるらしいよ。
治癒ポーションは教会でも作ってるので、教会からの依頼のお礼で貰えたり、依頼を受けた際に依頼内容によっては治癒ポーションを貰えたりする。余っても帰す必要は無いので、それを薬屋とかに売ってちょっとした小遣いにもなる。
まあ、治癒ポーションは聖水を使わなくても作ることは可能なのだけど、……薬草と砕いた魔石を蒸留水と混ぜて煮出しすれば何らかのポーションにはなるのよ。どの薬草を使うのかとか、魔石の量とか、他に何を混ぜるのか、その比率はどうなのかとか、いろいろ決まり事があって面倒くさいけどね。こっちの方法では錬金術師とか薬師が作ってる。治癒のポーションに限って言えば、聖水を使う方が楽に作れる。
聖水を使わない方法は、ちょっと面倒くさいけど、キチンとした錬金術師か薬師に師事していればレピシを教えて貰える。町中で売ってる治癒のポーションは概ねこっちのポーション。
勿論、ポーションにもいろんな種類があるので、どういった効果のポーションを作れるかは、作り手次第。
魔法使いもそれなりにポーションを作ることがあるけど、薬師や錬金術師寄りの作り方が多いと思う。ねるねるね~るって感じを思い出して欲しいかな。
「ポーションが調合できるのは良いわね。……それで薬草を集めてたのね」
エミリーさんは一人で納得いったように私を見た。そして、ちょっと考える素振りをしている。
「ノノ、良ければうちの傭兵団に入らない? 団長には私から推薦するわよ」
「ごめんなさい、傭兵とかには興味は無いです。それに巡礼でタンドラ王国王都ポルフェに行く途中なので無理です」
「あー、ごめん、ごめん。ノノは巡礼者だったね。ゴブリンを一撃で倒してたから、うちらとご同輩かと一瞬思ってしまったわ」
そんなたわいもない話をしていたら、ミンダスの街が見えてきた。正規の門はそれなりに人が並んでいる。
「ノノは私たちと一緒にこっちの門から入るよ。ちょっと手続があると思うけど、あっちの門で並ぶより早いから」
エミリーさんがそう言うので付いていくと、徴税されたものをしまう倉庫へ通じる門に連れて来られた。徴税官とエミリーさんは門衛のところへ行き、何やら話をしてからエミリーさんだけがこっちへ来た。
「ノノ、付いてきて」
そう言うのでエミリーさんと一緒に門衛のところへ。
「この子が、今話した子よ」
門衛は私を一瞥して、一瞬怪訝な顔をし、ため息をついた。
「話は聞いた。ファイネル教の巡礼者で間違いないな。この場で手続をするから、巡礼者証を見せてくれ。あと、入街税として王国通貨で5ギルを払って貰うことになる。勿論他国の通貨や物納でも可能だが、その場合は申し出てくれ」
そう言ってきたので、私は鞄から巡礼者証と小銭袋を出し王国通貨で入街税を支払った。巡礼者証というのは、巡礼者向けにファイネル教の教会が発行している身分証明書みたいなもの。他の宗教も似たようなものを発行している。信者であることを証明するものとかあったはず。ファイネル教の巡礼者証は偽造防止の魔法が掛かっているので、これを持っていれば割とすんなり町は入れる。悪さとかすると没収される。再発行は教会への奉仕と寄進が必須。これは紛失した場合も同じ。巡礼者証が無い場合は、入街時に色々と調べられた上で、倍の10ギルぐらいが取られる。ちなみに5ギルというのは大体、昼飯1食分ぐらい。勿論、街の住民には課されない。村とかだと村によっては通行税を取られたり、取られなかったりといろいろ。
オイゲン王国はファイネル教が国教なので、入街税も安い方かな。普通に入る際は宗教とか関係ないので、この倍ぐらい取られる。ファイネル教はこの大陸では最もポピュラーな教えで、何処の国にも教会がある。国教でない国もあるけど、教会と言えばファイネル教のと思ってほぼ間違いない。
ミンダスは貴族様の居住するそこそこ大きい街なので街を囲む壁もあるし、門もあり、出入りにもチェックがある。街の住民には住民証が発行されているし、領民は領内通行証が発行されているが、全員分では無く、村ごとに数枚だったと思う。
私は門衛に5ギルを支払い、門衛から1枚の紙を手渡された。
「これは滞在許可証だ。有効期限は今日から10日。ある種の魔法が掛かっているので、10日過ぎるとただの紙切れになるから気を付けるように。その場合は、再度5ギル払うことで、追加で10日間の滞在が認められる」
私は滞在許可証をマジマジと眺めてから、鞄に入れた。
「ノノ、このあとどうするの」
エミリーさんが聞いたて来た。
「とりあえず、宿を探してから乗合馬車の出発がいつなのかと、料金がどれくらいなのかを確かめようかと思ってます」
「そう、じゃあ此処でお別れね。今回は助かったわ」
そう言うと、エミリーさんは荷馬車の方へ歩き出した。
エミリーさん達とは此処でお別れ。あ、傭兵団の名前とか駐屯地とかは聞き忘れたけど、いいか。
……
私は永久の闇の中で、そんなことを思い出していた。もっと他にも何かあったような気がするけどね。覚えていないと言うことはたいしたことではないのでしょう。