第68話「ゴブリンジェネラルとゴブリンウォーリア」
黙って見てても仕方が無いので、何か無いかを考える。
普通は、味方に手数が増える<<ヘイスト>>とか<<クイック>>の速度アップ系の魔法か、攻撃力が上がる身体強化系の魔法を掛けるのが一般的なんだけど、打ち合わせもしてないから、逆に足を引っ張るか。
……うーん、取りあえず、ゴブリン側に何か掛けるか。
「エミリーさん、阻害系の魔法って何か使えます?」
敵の動きを窺っているエミリーさんに聞いてみる。
「ほとんどレジストされるけど、スロウ、ブラインドネス、バインド、ショックぐらいなら使えるわよ」
なるほど、一般的なものは使えると。でも、ほとんどレジスとされるというのは何故?
……気にはなるけど、今はいいか。
「分かりました。これから阻害系の魔法を掛けるんで、何か聞かれたらエミリーさんが使ったことにして下さい。それでは<<スロウ>>、<<ブラインドネス>>、<<バインド>>」
一気に叩き込む。これぐらいやらないと、アンソニーさん達がかなり拙い感じなの。
「ちょ、ちょっと、そんなに一気には使えないわよ!!」
隣でエミリーさんが騒いでいるが、無視だ、無視。エミリーさんの株が上がるから良いじゃんねー。
「エミリー、こっちはどんな感じだ?」
エミリーさんが叫んでいるところへ、隊列の後方に居たグラインさんがやって来た。
「グラインか、そっちは片付いたの?」
「ああ、あっさりとな。多分、後方の奴らは陽動じゃないかな。数は多かったが、装備も練度も全くなってなかった。こっちはって、おい、傭兵隊のアンソニーが戦ってるの、ゴブリンジェネラルじゃねーか!」
グラインさんが森で戦ってるアンソニーさん達の方を見て叫んでいる。
「こっちは主力が来たみたいで、ノノの話だとゴブリンシャーマンも居たようよ。ゴブリンシャーマンはちょっと前にアンソニー達が倒したっぽいけど」
「おいおい、ゴブリンウォーリアも居るじゃないか。まあ、ゴブリンジェネラルが居ればいるか。この辺りは穏やかな場所だったはずだが。……おや、ゴブリンジェネラルとゴブリンウォーリアのどっちも動きがおかしいが、何かやったのか?」
エミリーさんの話はスルーされたね。まあ、前衛なら動きがおかしいことの方が気になるか。
「ノノがやった。ノノがゴブリンジェネラルとゴブリンウォーリアにスロウとブランドネス、バインドを一気に掛けた。それを私になすりつけた!」
「エミリーさん、なすりつけたって、それはこれからですよ?」
グラインさんが呆れたように私の方を見る。
「ノノ様、本当ですか?」
「まだ、なすりつけては無いですけど、阻害系の魔法を使ったのは認めます。司祭が使う魔法かというと、何か違う気がするので、エミリーさんが使える魔法を聞いて、その魔法しか使ってません」
グラインさんがエミリーさんの方を向く。
「エミリー、諦めろ。こりゃあ、確信犯だ。俺は前衛だから加勢に行くが、ノノ様、何か良い強化魔法を掛けては貰えないか?」
お、いいね、すぐ掛けよう!
「あ、良いですね。<<クイック>>と<<ヘイスト>>を掛けましょう!」
言った瞬間、グラインさんに魔法が掛かった。
「ノノ様、呪文は?」
グラインさんが聞いてくる。
「呪文? 唱えるまでも無いですよ。さぁ、早く加勢に行って下さい」
「腑に落ちないが、確かに掛かってるな。……ちょっくら行ってくるわ」
体を動かして確認してから、グラインさんが加勢に向かった。
「ノノ、どこ行くの?」
私もちょっとだけアンソニーさん達の方へ行こうとしたら、エミリーさんに止められた。
「ヒールを配りに行くだけですよ?」
「ノノ様、もう終盤の局面ですよ。この場での待機をお願います」
おや、妙に丁寧な……。
おかしいと思ったけど、エミリーさんの肩越しに傭兵隊長のゴッザムさんの頭が見えたので納得。
気配で感じ取ったのかな。こういうところは優秀だな、この人。
「紅蓮の魔導師殿、こちらの状況はどうか?」
「あちらの森の浅いところで、アンソニーさん達が、ゴブリンジェネラルとゴブリンウォーリアと交戦中です。それも間もなく終わるかと思いますが」
そう言って、アンソニーさん達の居る方を指し示す。
「おお、確かに。ゴブリンジェネラルとゴブリンウォーリアだが、動きがおかしいような……」
流石に気付いたみたい。
「浅い部分とはいえ、森で火系魔法は使いづらく、阻害魔法の<<スロウ>>、<<ブラインドネス>>、<<バインド>>を掛けています。恐らくそのせいでしょう」
エミリーさんはニヤリと笑う。
「ほう、紅蓮の魔導師殿は阻害系魔法も得意と?」
ゴッザムさんが見定めるかのように確かめてきた。
「相手がゴブリン程度であれば。知能が高いオークやオーガには恐らく効果は無いでしょう。シンシアがいれば、森を気にすること無く、火系魔法を使いますがね」
シンシアさんがこっちに居たら、火事を恐れず、ぶっ放す。そこはブレないんだ。
「前方のホブゴブリンが本命と思ったんだが、こっちが本命とはな」
「何か重要なものを運んでおられるとか?」
「何を持って重要というかは分からんが、普通の交易の品しかない」
そう言いながら、ゴッザムさんの後ろから商隊長のボランさんが現れた。
「それにしても、先のオーク砦、今回のゴブリンジェネラルとゴブリンウォーリア、人為的なものを感じますな」
ボランさんがアンソニーさん達とゴブリンジェネラル、ゴブリンウォーリアの戦いを見ながら呟く。
「魔王の活動に併せて、魔物達も活性化するとの言い伝えがありますから、それなのかも知れませんね。実際、私の使う探知系の魔法に異常な魔素溜りの反応がありますよ。あの戦いが終われば、ちょっと浄化しておいた方が良いでしょうね」
ボランさんの疑問にそう答えておく。
「ああ、なるほど。その言い伝えは聞いたことがありますよ。確か前回の魔王活動期も魔物の氾濫が起こったと記録にも残ってましたな」
ゴッザムさんが、そういえばといった感じで、追随してきた。
「そう言えば、うちのばあさんもそんなことを言ってな」
ボランさんも同じようなことを聞いていたらしい。
「ノノ様、浄化も出来るんですか?」
「司祭の仕事の範囲ですね、……タンドラ王国では違うのですか?」
ボランさんが聞いてきたので、逆に質問してみる。
「戦争に行った司祭様方は出来たと聞いていますが、残ってる方々は高位貴族枠の司祭様達なので、何とも言えませんな」
微妙な表情である。てか、高位貴族枠ってなに?
「こ、高位、貴族枠、ですか……」
「ノノ様、国毎に制度が違うかと。我が国にはありませんが」
エミリーさんがそっと教えてくれた。
「ルイさんもその枠になるのですか?」
男爵だから違うだろうし、もしそうならここに居ないよね。
「ルイは貴族枠ではありますが、地方教会に配属されないだけで、扱い的には他の助司祭と同じですね。ただ、ルイの実家の領地が魔王領に近いので、この先どうなるか……」
魔王領の側だと何かあるのかな?
「何か、魔王領の側だと何かあるのですか?」
ボランさんとゴッザムさんが気まずそうに顔を見合わせている。
「なんと言いますか、タンドラ王国の場合ですが、魔王戦で領地を失うと領地を持たない法衣貴族にはなるのですが、ルイの実家は男爵家ですので、恐らく法衣貴族として受け取る割当額では教会への献金が。教会で役に立つと思われておれば別だったかも知れませんが、役立たずの烙印を押されてうちに預けられていますから、その場合は地方教会か、より劣悪な商隊への預かりになるかと」
なんということでしょう、献金次第で扱いが変わると!
「失地回復後は元に戻るのでは無いですか?」
取り返せば済むんじゃ無いの?
「ノノ様、これまで魔王領に組み込まれた領土は全く取り戻せてないんですよ。何とか侵攻を遅らせているのが現状でして」
ボランさんがなんとも言えない感じに教えてくれた。
「あ、終わったみたいよ」
そんな話をしていたら、エミリーさんから戦闘が終わったことを告げられた。
「ふぅー、やっと勝ったぜ。あとは魔石を回収して、死体を燃やしてしまわないとな」
そう言いながら、アンソニーさん達が戻ってきた。
「途中でゴブリンジェネラルとゴブリンウォーリアの動きが明らかに変わったんだが、何かしたのか?」
アンソニーさんがエミリーさんに向かって問いかけている。
「阻害魔法を使ったわよ。火系魔法は森だと使い勝手が悪いのよ。木が燃えて、煙も出るでしょう。煙は戦いにも邪魔なだけだし」
「なるほど、お陰で楽が出来たよ。それにしてもゴブリンジェネラルとゴブリンウォーリアか、魔法が無かったらもっと苦労してただろう」
アンソニーさんが独りごちた。
「ところで、怪我とかは無いですか?」
「おお、司祭様。俺は大丈夫ですが、他の隊員が」
何人かは、ほどほどに切り傷を負っている。ちょっと深めの傷にポーションを掛けてる人も居るので、ハイヒールを選択しよう。
「はい、怪我をしている人は集まって下さいねー」
程なく、数名が集まった。
「皆の傷を癒やせ<<エリア・ハイヒール>>」
サクッと終わらせる。全員の怪我が回復した割には、あまり魔力も減らなかった。
……大怪我した人が居ないからかな。
「ノノ様、ありがとうございます」
みんなに感謝されたけど、エミリーさんだけが怪訝な顔でこっち見ている。
「……ノノ、呪文が雑くない?」
ボソッと耳元で囁いてきた。そうかなぁー。
「ノノ様、エリア・ハイヒールだと、もっと長い呪文だったと記憶しているのですが、違いましたかな?」
おっと、商隊長のボランさんも不思議そうに聞いてきた。
「長い呪文というと『我が神、ファイネルに願う。彼の者達に癒しを、傷を癒し、彼の者達に新たなる力を与えたまえ。<<エリア・ハイヒール>>』ですかね。教会とかで唱えてるヤツはこんな感じだったと思いますが、戦場でこれを唱える暇は無いと思うんですよ。戦闘後なら兎も角、戦闘中に守られながら唱えるとか、余程、肝が太くないと効果が下がりますよ?」
そう、戦闘のさなかに唱えられるとは思わないけどね。
「ノノ様の認識がおかしいですな。司祭様が戦闘中の戦場に立つなどあり得ないのですから、そのような心配は不要かと。……それに今回は既に戦闘は終了しております」
「まあ、そう言われてみればそうですね。うちが特殊なので気にしないで下さい」
みんな微妙な顔をして聞いている。そんなにおかしいかな?
「よし、全員、魔石を回収して、死骸を集めて燃やしたら出発だ!」
ゴッザムさんが大きめの声でそう指示を飛ばす。
「ところでエミリーさん、グラインさんとゲンジさんを借りて良いですか?」
「ノノ様、何かされるのですか?」
「ええ、今のうちに魔素溜りを浄化しておこうと思います。私だけでも良いんですが、今後のことを考えて、折角ですからルイさんとレミさんにも見せておきたいんです」
そう、この二人は知っておいた方が良いと思う。今後、絶対に役に立つ。
「分かりました。そういうことであれば。グライン、ノノ様に付いていって。途中で、ゲンジとルイさん、レミも拾って行って頂戴」
エミリーさんの許可を貰ったので、浄化に向かうことになった。
「ノノ様、ルイは、ルイは役立つのでしょうか?」
商隊長のボランさんが聞いてきた。
「ボランさんの先ほどの話を聞いて、司祭になってから覚えるのでは無く、機会があるうちに学ばせておく必要があると感じました。やれるかどうかでは無く、やり方をまずは見て欲しいと思います。何も知らないではこの先困りますし、実地での経験は教会で行われる演習より実を結ぶでしょうから」
タンドラ王国の教会は当てになど出来ないと思う。このまま戻ってもルイさんは使い潰されるだけだろう。
この商隊に残れれば良いとは思うけど、それは教会次第……。
「エミリーさん、それでは行ってきます。サッと行って、皆さんが死骸を集めて焼く頃に帰ってきます」
そう言ってから、グラインさんと商隊の後方に居るゲンジさん、ルイさん、レミさんのところへ向かった。
森の深い場所ではないので、多分だけど、魔素を集める何かがある。それを壊して、辺りを浄化すれば終わるはず。
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