第54話「見つけ次第、燃やすもの」
翌朝、早朝に出発の予定が昨晩の急な祝勝会があったため、普通の時間に出発することになったと、エミリーさんに連絡があり、朝食後の出発となった。
そういうわけで、今、私たちは兵舎の食堂にいる。ちなみに残月の男性陣は居ないが、領軍兵士はチラホラいる。食堂に入ったときにみんな立ち上がって敬礼してた。それを見た食堂のおばちゃんが笑ってたのは印象的だった。
「昨日は割と早めに終わったのに、何かあったんですかね」
領軍兵士のことは、ほっておいて、エミリーさんに聞いてみる。
「どうやら、商隊の傭兵部隊の傭兵達が隊長が祝勝会に行ったので、自分達もって、別で祝勝会をやって、ちょっと盛り上がったらしいのよ。その影響でね」
なるほど。隊長が飲みに行ってるなら、自分達も飲むわね。
「残月の皆さんは?」
「グライン達、男共は誘われて、飲みに行ってたわよ。女子は二人しか残ってないし、シンシアとルイさんでしょう、その二人は流石に誘われなかったみたいよ」
シンシアさんは兎も角、ルイさんは聖職者だしね。呼ばれることはないか。
「シンシアさんも呼ばれなかったんですか?」
「シンシアは飲ませたらダメなのよ。うちの団員はそれを知ってるから呼ばないわね」
「飲めないんじゃなくて、飲ませたらダメなんですか?」
エミリーさんは苦笑いをしている。
「酒乱」
レミさんがボソッと呟いた。
「そうなんですか?」
シンシアさんの真正面で食事を摂っているルイさんが驚きつつ、聞いている。
「いえ、どうなんでしょう。飲んだあとの記憶がいつも無いんですよ。食事で一緒に出てくるエールとかは飲んでも大丈夫なんですけどね」
よく分からない風にシンシアさんが答えているけど、それって……。
「それは……」
ルイさんが返答に困っている。
「あと、盛り上がって飲み過ぎた翌日は、何故かみんなが敬語なんですよ……」
そう言うと、シンシアさんが首を振っている。
「はい、シンシアの話はおしまいよ。時間がないからね、早く食べて、出発準備をして頂戴」
見計らかったように、エミリーさんがそう促してきた。……気がつくと結構な時間が経っている。荷物を取りに宿舎に戻ることを考えると、ゆっくりはしている場合じゃなかったよ。
他のみんなも同じことを考えたのか、急いで朝食を終えた。
宿舎に戻って、準備万端で部屋を出ると、みんな同じタイミングだったようで、誰かを待つこともなく、全員揃って宿舎を出ることになった。
「驢馬と団の荷物はグライン達に任せておいたから、急ぐわよ」
エミリーさんがそう言うので、町の門まで急ぐ。
途中で領軍兵士を見かけてけど、みんなエミリーさんに敬礼してた。
エミリーさんはパッと見は分からないけど、ニヤニヤしてた。
門に着いたら、商隊が丁度、町を出る手続きをしているところだった。
「お、エミリー、こっちだ!」
こっちに気付いたグラインさんがニヤッと笑いながら、呼びかけてきた。
「待たせたかしら?」
「いや、こっちも来たところだ。手続きが終わり次第、出立になると商隊から聞いている」
「そう、ちょっと挨拶に行ってくるわ」
エミリーさんはそう言って、商隊長の方へ歩いて行った。
「ノノ様、ちょっとよろしいでしょうか?」
エミリーさんを見送っていると、私を呼ぶ声がする。……声の方を見ると、アルテオさんだった。
「アルテオさんじゃないですか。何かご用ですか?」
「実は、ルイのことで、商隊長とゴッザムからノノ様に丸投げしすぎだと注意を受けました。そのことで両名から次の野営時にお時間をいただけたらと……」
なるほど、私に丸投げしすぎだと、注意を受けたかー。そうですか。
「アルテオさん、私からもルイのことでお二方に相談したいことがあるので、良いですよ」
ルイさんのことでは、ちょっと、相談しておきたいことがあるのですよ。
「ノノ様、ありがとうございます。両名には、今の話、伝えておきます」
アルテオさんは肩の荷が下りたような表情で、商隊の方へ戻っていった。
「あれ、今のはアルテオさんですよね」
今度は後ろから声がしたので振り向くと、ルイさんが居た。
「ルイさん、あなたのことで商隊長さんと傭兵隊長さんがちょっと話があるから、次の野営時に来て欲しいと伝えに来たのよ」
「私のことで、ですか?」
「私に預けっぱなしだからね。そのことで話があるみたい。私からもちょっと相談したいことがあったから、良いタイミングだったんだけどね」
「ノノ様からもですか?」
「ええ、ちょっとねー」
ルイさんと話していると出立となったようで、エミリーさんが戻ってきた。
「はーい、全員、騎乗! あ、ルイさんは馬車に!」
…………
私は、昨日、戦闘のあった跡地を横目に移動している。
「もっと酷い状態を想像してましたが、開けた場所だったんですね」
そう、街道のど真ん中に砦を築いていたようで、周りへの被害はさほど無いようだった。
「シンシアの出番はほぼ無かったわよ。延焼しないように周りに水を撒いてはいたけどね」
エミリーさんがそう言いながら、シンシアさんを見た。
「……前日に、あんな苦労したのが何だったのかと。 砦を見た瞬間『あー、これはウォーター・ボールを出す必要ないなー』って思いましたよ。新たな魔法の可能性を知ったと思えば、損はないんですけど」
シンシアさんが苦笑いをしながら、私に向かってそう言う。
まあ、何事もなければ、それでいいんじゃないかな。
「……いずれ、どこかで必要になると思いますよ。何せ、その必要も無いのに4発も放つ人ですからねー」
私はそう言って、エミリーさんの方を見る。
「いやー、なんかこう、気分が高揚しちゃって、放っちゃったのよ。まあ、そのあと、リッチが来て、どうしようってなっちゃたけど」
最後の方は尻すぼみだ。確かに魔力切れ状態で、リッチとか遭いたくない。他の魔物にもできるだけ遭いたくはないね。
「ところで、ノノ。質問があるんだけど?」
「ほう、質問ですか。何ですか?」
何故かそう言って、エミリーさんがそばに寄ってきた。
「威力が思ってたほどのものでなかったんだけど、何が原因か分かる?」
なるほど、確かに言い伝えられている威力だと、この辺りはもっとひどい状態になってないとおかしい。
「言い伝えと違うと?」
「そう。確かにフレアではあったよ。けれど、言い伝えだともっとこう、威力があってもいいんじゃないかなと思うんだけど?」
あー、思い当たる点を言っておくかな。
「人族は全員がそうとは言いませんが、無意識に力を抑制する傾向にあるんですよ。全力で放つと一発で魔力枯渇になるんじゃないかとか、無意識下で思うみたいで、使用魔力をある程度押さえた形になるみたいです。今回だとやり過ぎて地形が、とかも上乗せされてるんじゃないですかね?」
「なるほど。だとすると本来は言い伝え通りの威力も出せると?」
「そうですね。例えば、魔族とかなら。ただ、魔族は固有魔法しか使ってこないので、使い手は聞いたことがないですね」
魔族は固有魔法を使う。もちろん普通に魔法も使えるんだけどね、何故か使いたがらない。魔族に知り合いがいないので理由は分からないけど。
「魔族かー。昨日のリッチは?」
「カルロス様ですか?」
「そう、カルロスは出来るの?」
「リッチになったときに人としての感情は、ほぼ無くしたと言ってましたから、恐らく出来るとは思いますけど、何の益もないのでしないでしょうね……」
「そっかー」
そんな話をしていたら、気が付けば、戦闘のあった場所からかなり離れていた。
「続きは次の休憩の時にしましょう。今日は途中の水場で一泊する予定だから」
そう言うとエミリーさんは呼ばれていたのか、商隊の隊長のいる方へ行ってしまった。
「ノノ様、実際のところエミリーのフレアはどんなものなの?」
今度はシンシアさんか。レミさんも近寄ってきた。ルイさんは馬車の荷台で魔道書と睨めっこのまま。まあ、シンシアさんとレミさんは騎乗してるからね。
「フレアを4発はやり過ぎだと思いますけど、エミリーさんの魔力なら言い伝えられている威力だと1発が限度だと思いますよ」
みんな吃驚している。
「どうやったら、そんなに魔力を使うの?」
「魔法は想像の力なんですよ。……んー、想像を力に変えるとも言われてますけど、想像力の限界がその魔法を行使した者の限界なのです」
二人は静かに聞いている。魔法って、師匠次第だし、あと、親が魔法使いで気が付いたら使えていたという人が多いから、こんな話は聞いたことがないかもね。……ああ、そうか、王都の魔法学校とかなら教えてるかもしれないかな。
「魔法使いなら魔導書を持ってるかと思いますが、その最初のページに発動しない魔法陣が書かれていますよね。それを解読すると『魔法とは想像の力なり』と書いてるんですよ。魔法学校では教えているかもですが」
「この魔法陣にそんな意味が。ただのデザインだと思ってたわ」
二人はしげしげと魔導書の最初のページを見ている。どの魔導書もキチンとしたものは最初のページに同じ魔法陣が描かれている。そーでないのもあるけどね。
「ノノ様は何故そんなにお詳しいのですか。賢者の娘、だからですか?」
「確かにそれはあるかも知れませんね。魔導書に触れる機会が多いという点では、他の人たちよりは詳しくなれる環境ですけど、魔法に対する知的好奇心も必須かな。そうじゃないと続かないよ。あと寿命が長いのもあるかな」
そう、時間的な差があるのです。
「ああ、そうでした。ノノ様は長命種でしたね」
ご納得いただいたみたいだけど、シンシアさんは、ちょっと気落ちしたようにも見える。
「ノノ様、長命種の方々は、あまり変化を望んでないと聞きますが、実際のところどうなんですか?」
「さぁ、どうなんでしょう。ただ、確かに迷いの森に住まうエルフ族の方達は変化はあまり望んでないみたいでしたね。排他的ですし、外の文化を取り入れたということはあまり聞いたことがないですね」
私はそう言って、微笑んでおく。
そう、彼らはあまり変化を好まない。自分達の住まう領域が侵されなければそれでいいと思ってさえいるフシもある。
あ、でも、ここ数年は若い子達に限ると、そうじゃないみたいだけど。
そのあとは魔法についての他愛もない雑談をしていたら、結構な時間が経っていたようで、野営の予定地に着いた。
水場があるくらいで整備とかはされていないが、開けた場所だ。
「エミリーさん、ここって管理とかはしてるんですか?」
エミリーさんも帰ってきたので、野営の準備をしながら、聞いてみた。
「巡回はしてるけど、管理してるかというと、ねぇ」
レミさんの方を見てそう言う。
「水場が荒らされていないかは見てますね。確か月に一度くらいで、それ以外だと報告があれば、随時って感じですね」
だ、そうだ。
「盗賊とかが待ち構えているとかはないんですか?」
「そこまで治安が悪いわけではないですね。それに普通は商隊を襲える規模となると、それは盗賊団になると思うんですけど、うちの領には盗賊団が出たと聞けば燃やしに行く人が居るので……」
レミさんがそう言いながら、エミリーさんを見る。そうかー、燃やしに行くのかー。
「他所から流れてくるのを除けば、うちの領には盗人は居ても盗賊団は居ませんね」
視線を戻してレミさんが、居ないと言い切った。
「……燃やし尽くしたんですね」
エミリーさんと目が合った。良い笑顔で頷いている。
「あいつら放って置いても良いことが一つも無いからね。見つけたら、即、駆除しないと」
まあ、それで領の治安が保たれるなら良いんじゃなかな。あ、それでも有名なんじゃなかな、紅蓮の魔導師は。
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