第46話「ウォーター・ボール?」
エミリーさんとフィルさんを見送った後、皆で訓練所の後片付けをした。
「ノノ様、この後どうされます?」
片付けが終わって、宿舎に戻る際にルイさんが聞いてきた。
「私はこれといって、何かすることもありませんから、町を散策してみようと思ってますよ?」
久々に家から出たので、この旅の間に寄る町は一周ぐらいは回っておこうと思っているのだ。何か面白いことがあるかも知れないし。だから、日課の修行は旅の間はお休み。
「わしらは武器と防具の手入れかな」
残月の皆さんは武具の手入れか。明日は討伐戦だから、そうなるよねー。
「明日に備えてですか?」
「まあ、普段から手入れは怠ってはないが、明日は確実に戦いになるからな。特に念入りにやっておこうと思うのが、普通じゃないか?」
グラインさんが答えてくれた。物理攻撃の方達は、武器が重要ですもんね。
「ルイさんはどうするの?」
そういったルイさんの方を見るといつの間にか女子で集まってる。
「私はレミさんとノノ様から頂いた白の魔導書を読んで、ちょっと使えそうな魔法の練習をしようと思っています」
シンシアさんはどうするんだろう。
「シンシアさんは?」
「私はノノ様が先ほど使ったアイス・バインドが使えるのか、この青の魔導書を読んで試そうかと。あと、判らない部分に付箋を付ける作業ですね。明日以降の移動中にノノ様に教えていただきたいので」
なるほど。シンシアさんは魔導書を読み解くと。
「ところでノノ様。そろそろお昼なので、食堂へ移動しませんか?」
残った中では一番偉いであろう、グラインさんが提案してきた。
「えっ、もうそんな時間?」
「意外と時間が経ってますよ。町中で食事をしても良いですが、どうされます?」
レミさんにそう言われて、しばし考える。
「おいしいお店を知ってるわけでもないですし、それに今はオーク達のせいで、物不足なんでしょう。散策はお昼を食べてからにしますかね。……お昼は出るんですよね?」
「出ます。今回は人数も多いので、先に準備をするように伝えてあります」
食堂に移動を提案してきたグラインさんが答えてくれた。
「まあ、朝食とあまり変わりは無いですが、いつもどおりであれば、肉料理が一品、追加されてたかと思います」
結局、全員で、食堂に戻ることとなった。食堂ではエミリーさんが食事を摂っていたので、吃驚した。
「あら、あなたたちも食堂で食べることにしたの?」
「後片付けやら、いろいろしてたら良い時間になったの。ノノ様は町中を散策されたかったみたいだけど」
レミさんがエミリーさんに食堂に来た理由を話している。
「そう、丁度よかったわ。皆に伝えておくけど、先に話したとおり、遠回りせず、オークとゴブリンどもを一掃することに決まったわ。出立は明日の早朝よ。どうやら商隊の荷物に期日ギリギリのがあるようで、敵の殲滅の確認を待っての出立を進めたのだけど、断られたわ。商隊の傭兵隊長から『紅蓮の魔導師殿がおられるのです、ここは押しつぶして進みましょう』と言われたわ。二つ名も厄介よね、念押しに『よもやオーク・ゴブリンにおくれを取ることはないでしょうな』とまで言われては、流石に、ね」
そう言いながら、エミリーさんは悪い笑顔を見せている。
「あと、司祭様にも期待してると言ってたわよ」
「え? いや、私に何を期待すると言うんですか?!」
私はエミリーさんの隣に座りながらそう答える。後衛はほぼ女子なので、エミリーさんの側に集まってきた。男どもは適当に座っている。
「俺らも司祭様には期待している。ところで領軍からは何人か連れて行くのか?」
グラインさんが昼食をカウンターで受け取りながら聞いてきた。
「一応、5人ぐらいで調整してるわよ。彼らは最低限の数しかこの町には駐屯してないし、こっちと連携が取れるわけでもないからね」
要するに邪魔ということかな?
「それに、私たちはこの町に戻ってくるわけでもないから、町への連絡要員は必要だし?」
「確かにな」
エミリーさんとグラインさんが悪い笑みを浮かべている。
……領軍兵士は何を見せられるんだろうか。
「エミリーさん、午後はどうするんです?」
「ノノ達は自由行動で良いわ。グラインは私と商隊に行くわよ。明日の打ち合わせをしたいそうよ」
グラインさんはそれを聞いて、項垂れてしまった。
「他の皆は明日に備えておいてね。夕飯の後に決まったことを話すからそのつもりで行動するように」
エミリーさんはそう言ってから、食事を始めた。グラインさんはブツブツ言ってるけど、誰も相手にしていない。
「ノノ、商隊の傭兵隊長にはどこまで話していい?」
「特に制限はないですよ。エミリーさんが困らない範囲で良いと思います」
「そ、じゃあ、テキトーに答えておくね。グライン、そろそろ行くわよ」
そう言って、エミリーさんは食器を片付けて、グラインさんを連れて出て行った。
私は一端、宿舎に戻ることにことにして、食堂を後にした。ほら、着替えないとこのままだと町で目立っちゃうでしょう?
「ノノ様、少しよろしいでしょうか?」
そんなことを考えながら、移動してたら、シンシアさんから話しかけられた。何か用があるみたいだね。
「シンシアさん、何かご用ですか?」
「ノノ様、オークとの戦いのことなのですが、恐らく、エミリーさんが火の高位魔法を使うと思うんですよ。それも1回や2回では無く何回も」
えらく真剣な表情でそう言ってくる。
「そうなるとあの辺りで大規模な山火事が発生すると思うんです。スタンビートの時は、この領が滅ぶかどうかの瀬戸際だったので、さほど問題にはならなかったと思うんですが、今回は領主不在なうえに、実際の脅威がまだ認識されていません。この状況下で、火の高位魔法による山火事を起こすと、もの凄く大変なことになるんじゃないかと、そこで、私も水魔法使いの端くれとして、何か出来ないかと、ノノ様からいただいたこの青の魔導書を……」
ああ、なるほど、私が最初に検討した『シンシアさんの魔法で何とかする』を、シンシアさん自身も思いついたということか。
「シンシアさんが辿り着いた魔法は恐らくですが、タイダルウェイブ<<大海嘯>>、キャタラクト<<瀑布>>、デリュージ<<洪水>>、辺りでしょうか。これらの魔法は確かに効果はありますが、その土地に対するダメージはあまり変わりが無いと思いますよ」
水系の魔法も大概だよねぇ。まあ、魔法だから範囲はそれなりだけど。
「それでも延焼し続けるよりはマシなんじゃないですか?」
山火事はやばいね。割といつまでも燃えてる。まあ、燃えカスは次世代の木々とかの肥やしになるから、全くダメというわけでもないかな……。水かぁ、水は地盤が緩んだりするけど、燃え続ける火よりマシかな程度なんだよね。それに、今、挙げた3つは威力がありすぎなんだよ。魔力も馬鹿食いだし、シンシアさんだと使えないかな。
「それについては何とも答えようがないですよ、まだ起こってないことですし。それよりも問題なのはシンシアさんの魔力だと、デリュージなら1回はいけるかもだけど、他はちょっと魔力量が足りてないと思うよ」
「やっぱりそうですか……」
すっかり意気消沈したシンシアさん。だけど、こればかりはどうしようもない。
「代わりといっては何ですが、シンシアさん、ウォーター・ボールは使えますよね?」
割と基本的な水魔法である、ウォーター・ボールを使えるか聞いてみた。
『水よ、球体となれ<<ウォーター・ボール>>』
「はい、この通り使えますが、これが何か?」
早速、シンシアさんが自身の前に水球を作って見せてくれた。
「では、それを大きくは出来ますか?」
「大きく、ですか?」
シンシアさんが不思議そうに聞いてきた。
「そう、例えばこれぐらい」
私は辺りに誰も居ないことを確認してから、自分の頭上に直径10メートルほどのウォーター・ボールを作ってみた。
「これだと、恐らくシンシアさんでも10個ぐらいは作れるんじゃないかと思うよ。攻撃用じゃないから、堅くするイメージは無しでね」
そう、ウォーター・ボールは水魔法でも攻撃用に水をかなり圧縮して固めている。そうじゃないと単に水浸しになるだけだからね。
「ノノ様、ウォーター・ボールって、攻撃用の堅い水の塊だと教わったのですが、違うのですか?」
シンシアさんが不思議なものを見るような目で私の頭上の水球を見ながら聞いてきた。
「攻撃するときはそれで間違ってないよ。ただ、他にも使いようがあるってことです。魔法って、どうイメージするかが大事なんですよ。ウォーター・ボールも攻撃に使うときは、相手を貫くイメージをするでしょう。じゃあ、そうでない時はどうなのかなと」
「そういうことは考えたことが無かったです」
ふむ、普通は魔導書の内容を実践するとこで止まるから仕方ないか。
「シンシアさん、魔導師と魔法使いの違いって判りますか?」
「古代神聖語とかの難しい呪文を事も無げに詠唱するのが魔導師、それ以外が魔法使い、じゃないんですか?」
「一般的にはそう思われていますね。でも、そうではないんですよ。魔導書に載ってる魔法をそのまま単に行使する者は、どんなに難しい魔法を唱えることが出来ても魔導師では無く、魔法使いなのです。まあ、結構な難度のある魔法が使えると魔導師って思っちゃうのは判らなくはないのですけどね」
「ノノ様、では魔導師というのは、いったどのような方なのです?」
「その答えに辿り着けたら、魔導師の門が開かれたことになるのよ。先ずはエミリーさんをよく観察して見ることをお勧めするかな。折角身近に魔導師がいるんだからさ」
「ノノ様、ノノ様から見てエミリーさんは本当の魔導師なのですか?」
「紅蓮の魔導師と呼ばれるきっかけが、ファイヤー・ストームの連発というのは聞いたけど、それだけではないよ。私から見ても彼女は歴とした魔導師だよ」
シンシアさんは何故か安堵している。
「シンシアさん、どうかした?」
「いえ、領軍兵士の中にはエセ魔導師というものも居まして、特に領軍所属の魔法使いの中には『ファイヤー・ストームの連発で魔導師とは片腹痛いわ』と、公然と言う奴らもいるのです。彼らが言うには『魔導師とは古代神聖語の魔法が使える者のことだ』と。……自分達は全く役立てなかったというのに」
なるほど、領軍所属の魔法使いからしたら面白くない存在といったところなんだろうね。
……古代神聖語の魔法、ねぇ。ああ、それでエミリーさんとグラインさんが悪い笑みを浮かべていたのか。
「シンシアさん、明日のオーク討伐では面白いことが起こるわよ。それこそ、エミリーさんをよく見ておくことをお勧めするよ」
「ノノ様、それは一体?」
「まあ、楽しみは明日にとっておいて、まずは、私と同じ大きさのウォーター・ボールを使えるように今から練習しとこっか。時間が無いからスパルタになるけど、マジックポーションは売るほど有るから、魔力枯渇の心配は無いよ!」
シンシアさんはそれを聞いて青い顔をしている。……そんな顔してもダメだからね。
「……ところで、ノノ様、その、頭上のウォーター・ボールはどうされるのです?」
「今日は圧縮して、霧散、かな。明日はシンシアさんがこれを燃えさかる街道沿いの森に何個か打ち込む感じで良いんじゃない?」
そう言ってから、私はウォーター・ボールを小さく圧縮して、空に向かって打ち上げてから霧散させた。そうしないとここら一帯が水浸しになっちゃうからね。
それを見てたシンシアさんは若干引きつった顔をしてたけど、そこは見なかったことに。
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