第39話「風呂」
私は今、兵舎から少し離れた平屋建ての前に居る。
……どうやらここが風呂専用の建物らしい。
「エミリーさん、この建物が風呂ですか?」
「そうよ。シャワーと浴室が別になってるのよ。時間の無いときはシャワーで、時間に余裕のあるときは湯船に浸かるという使い分けをしているわ。この設備があるのは領都とここの2カ所だけで、あとの町とかにはシャワーぐらいしかないわね」
ほう。ここと領都だけの設備か。なんでだろう?
「その2カ所だけというのは何か意味があるのですか?」
「町の規模ね。他は村レベルの大きさしかないから、駐屯する兵士数も少ないし、わざわざ別の建物にしてないのよ。シャワーだと場所も取らないしね」
なるほど。規模が違うからか。
「ところで、男女別ではないようですが?」
「人数が少ないからね。わざわざ別では作ってないのよ。あと、女性の軍属はこの町に元から住んでる人しか居ないから、仕事が終わったら家に帰っちゃう。男みたいに家を出てとかはあんまり居ないわ。ここに住んでるのは若い男の兵士がほんの少しで、あとは町に家があってそこからの通い。しかも住んでる方の兵舎にもシャワーはあるから、この施設を使うのは昼の訓練のあとか、夜勤の兵士ぐらいだと思うよ」
エミリーさんから説明を受けた。住み込みの兵士って少ないんだね。
「食堂に居た兵士さん達は?」
「当番兵と兵舎に住んでる兵士と夕食を食べて帰る兵士かな。食事は申し込んでおけば支給されるから町中で食べるよりお金が掛からないのよ。だから食べてから帰る兵士も多いわよ。……家庭持ちは違うだろうけどね」
そんな話をしながら脱衣所へ入って、着ていた司祭服を脱いだ。この服脱ぐのは簡単だな。そんなことを思いながら周りを見る。うむ、エミリーさんとレミさんはスタイルも良い。……何を食べたらああなるんだろう。シンシアさんとルイさんは年相応か。まあ、出るとこはそれなりにちゃんと出てるけどね。私のこれは成長してるか?
……むぅ、気にしたら負けか!
「ノノ様、エルフ族みたいに耳先がとがってるんですね」
考え事をしながら、髪をまとめているとルイさんの目線が耳に。
「確かに、そうやってるとよく分かるね」
「そういえば、ノノ様って、エルフ族とのハーフでしたっけ?」
エミリーさんがそう言うと、シンシアさんが追い打ちで確認してきた。
この耳、髪の毛をまとめないと分からないからね。
「こんな見た目ですが、皆さんより若いというわけではないのですよ」
そう、年だけはたくさん取ってるのだ。
「どう見てもこの中では一番若くというか幼く見えるけどね~」
エミリーさんが余計なことを言ってきたが、聞こえないふりをして、風呂の入り口の引き戸を開けて、中に入った。
中は右手にシャワーがいくつかと、奥に6人ぐらいが浸かれる広さのある浴槽が整備されていた。
「結構、キッチリした感じですね」
「そうでしょう。ちなみにシャワーだけしかない個室もいくつかあるのよ。私は湯船に浸かると疲れが取れるからここに来たら専らこっちを使うのだけどね」
湯船があるととりあえず浸かるよね。早速、体を洗って浴槽に浸かるか。
シャワーのある場所で体を洗ってから湯船に浸かる。
「……」
目を閉じていると、隣に誰かが入ってきた。横を見るとエミリーさんだった。
「ノノ、さっき魔力の使い方がって言ってたじゃない、あれってどういうこと?」
どうやら、さっきの話が気になるらしい。毎度のことだけど、魔法が絡むと積極的だね。
「恐らくエミリーさんは王都の学校で習ったと思うのですが、魔法には自分の魔力を使う方法と他の力を使う方法、例えば精霊とかですかね、があるんですが、自分の魔力を使う場合は、自分の体内魔力を放出して魔法を使うじゃないですか。これがうまく出来る人とそうじゃない人が居るんですよ。ある程度の魔力があるのに上手く発動できない人とかは、この放出の仕方に問題があるんです。パッと見たところルイさんは魔力は十分あるのに疲れ方が酷いので、魔力の流れを確認した方が良いかなと思ったんですよ」
エミリーさんはややあきれ顔なんだけど……、解せぬ。
「ノノ、学校ではそんな詳しいことは習わないわよ。まず前提として、元々ある程度の魔法が出来てる人しか受験資格がないし、魔法が使えない人は合格しないの」
それでも学校のことをちゃんと教えてくれる。基本的にいい人なんだろう。
「入学の資格はどうなっているんです?」
「貴族の推薦があればそれのみで入れるわ。無い場合は神聖語の読み書き、魔法の実技で合格ラインを超えていれば入学は出来るわよ。魔力量は入学後に判定式があるからそこで得意属性と合わせて判定。貴族の場合は実家で魔力の有無と魔力量を調べてるはずよ。その際に資質があれば、魔法使いの家庭教師を雇って、腕を磨くか、初級まで教えて貰ってから、王立魔法学校へ入学する感じかな。貴族の推薦状があるというのは、初級は終わってる証拠にもなってるのよ。ちなみに判定式は貴族も受けることになってるわ。クラス分けとかあるし、虚偽がないとも限らないからね。特に魔力量については盛ってくる奴が多いのよ。そんな奴らは実力もそれなりだったわね」
何ともやるせない表情でエミリーさんが教えてくれた。
そんな話をしていると、ルイさんが湯船に入ってきた。ちなみにシンシアさんとレミさんは私たちと向かい合う形で湯船の反対側に座っている。
「ルイさんは王都の魔法学校には行ってたの?」
折角なので、何とはなしに聞いてみた。
「わ、私はあまり上手く魔法が使えなかったので行ってないです。兄たちと家庭教師の魔法使いの方に教えを受けましたが、その方からは『魔力は多いのですが、初級魔法しか使えないようです』と父に報告があったようで、兄たちは魔法学校へ通いましたが、私はお金の無駄ということで行かせては貰えなかったです。兄たちが中級課程が終わる頃に魔王軍との戦いが始まって、兄たちが前線に出ない代わりに教会に出されました。教会でも教えて貰えましたが、結局ヒールまでしか使えず、実践で学ぶという体で商隊に遣わされました。……私の面倒を見て下さった司祭様からは、私のような者や魔力の少ない者は、魔王軍との戦いでは後方でもほとんど役に立たないから、商隊か地方の教会に回されると伺いました。私は魔力が多いから商隊に遣わされることになったとその司祭様が教えて下さいました」
「そうなんだ。今の話だと、魔力の測定はしたんだね」
「はい。魔力の量で光の変わる魔導具で行いました。得意属性も同じ時に。そのときに魔力量が多いとわかって、父も母も大喜びだったんですが……」
そう言ってから、ルイさんがシュンとしてしまった。
なるほど、魔力量は多いけど、使える魔法が初級のみと言われたのか。普通、魔力量があれば余程のことが無い限り、中級はクリアできるから、その家庭教師に問題があるんじゃないのかな。
……その家庭教師が気になるなぁ。
「家庭教師って、どういう方なのです?」
「魔法協会から派遣された方だったと思います」
私はエミリーさんの方を見た。魔法協会に居たことがあるはずだから、なんか知ってるかな。
「魔法協会はそういった仕事も請け負ってるけど、お金次第だからね。男爵家だったけ、裕福じゃなければ、下位のものが派遣されたんじゃないかな。偉そうに出来るから、なり手は多かったわよ」
ここでも金満体質か。あと偉そうに出来るって、それはなんじゃろ?
「エミリーさんは?」
私は少し気になったので、疑問形で名前を呼びつつエミリーさんの方を見た。
「私は下位の下位、下っ端だったから、そんなおいしい仕事は回ってこなかったわよ」
だ、そうだ。あと、何とも言えない顔をしている
「エミリーさんって、魔法協会の人だったんですか?」
ルイさんがちょっと吃驚したように聞いてきた。
「もう随分と前に抜けたけど、少しだけ居たことがあるよ。あんまり良いところじゃなかったけどね」
「紅蓮の魔導師と呼ばれるほどの方が、下っ端ですか……」
「魔法協会に居た頃って、本当に駆け出しの頃だけだからねー、その頃は今みたいじゃなかったわよ」
エミリーさんが苦笑いをした。それなりに苦労はしているということなのだろう。
「私の話より、ルイさんのことよ、ノノ」
この話はここで打ちきりらしい。確かに今話すことではないか。
「すぐ終わるからここで調べちゃいますか。よいしょっと」
私はルイさんに向かい合う形で座り直す。
「ルイさん、両手を私の方にまっすぐ伸ばして、手のひらを開いて下さい」
「こう、ですか?」
ルイさんが両手を私の方に伸ばしてきた。私はその手のひらに自分の手のひらを合わせる。
「今から魔力を流しますので、じっとしていて下さいね。ちょっと気持ちが悪くなるかもですけど、我慢して下さいね」
一応、断りを入れてから、微力な魔力を流し込む。
「……、くっ、はっ……、はぁはぁはぁ……」
まあ、他人の魔力が入ってくる感覚は慣れてもあまり良いものではない。ましてや初めてだと……ね。
「はい、終わりましたよ」
時間にして数分で終わったけど、ルイさんはグッタリしている。
お風呂でしなくても良かったんっじゃないかと思わなくもない。
「ノノ、今のはいったい?」
早速、エミリーさんが聞いてきた。レミさんやシンシアさんも気になるようで、こっちを見ている。
「ノノ様、ポーション作りのときに似たようなことをされませんでした?」
お、シンシアさんが何かに気付いたようだね。観察力があることは良いことだよ。
「シンシアさん、その通りですよ。あのときのは魔力の流れの制御方法でした。今回は魔力がキチンと流れているのかを調べるために、私の魔力をルイさんの体の中にある程度流してみたんですよ」
全員、えっ?みたいな顔をしている。そんなに珍しいことなんだろうか?
「えーっと、エミリーさん、こっちに手を伸ばしても調べませんよ?」
エミリーさんが手を伸ばしてきた。あなたは調べる必要が無いでしょう!
「あら、残念。それでどうだったの?」
「結果は、ちょっと流れが悪いみたいですね。恐らく家庭教師の方が魔力の使い方を教えなかったんでしょう」
それを聞いて、エミリーさんが苦笑いしている。何で?
「魔法協会の奴らがやりそうなことよ。ルイさん、お兄さん達はちゃんと魔法が使えてたのでしょう」
「はい、上の兄たちは二人ともそこそこの使い手になるだろうと言われてました」
多少マシな顔色になったルイさんが答えた。まだちょっと具合が悪そうだけどね。
「恐らくだけど、一人、使えない子を作ることによって、魔法を教える能力が高いと思わせることにしたんだと思う。それ以外に考えられるのは、魔力が多いようだから嫉妬もあるかもね」
「嫉妬、ですか?」
怪訝そうにシンシアさんがボソッと言う。
「自分より魔力が多いのが、しかも財力のそんなに無い男爵家の娘ともなればね。これがそれなりの高い身分か財力があれば取り入ろうとして、手取り足取り懇切丁寧にやるんだけどね。恐らくだけど、ルイさんとお兄さん達とでは教え方も違ったと思うけど?」
「……そういえば、兄たちに教えるときは、手取り足取りといった感じでしたが、私は初級魔法をサラッと教えて貰った程度ですね」
うわー、何とも嫌な話を聞いたよ。ちょっとみんなシーンとしちゃったよ。
「ところで、皆さんは魔力の使い方とかは、どなたに教わったのですか?」
しばらくして、顔色が元に戻ってきたルイさんが聞いてきた。
「うちは祖母が魔法を使えたから、祖母から教わったわ。そのあと、王立の魔法学校ね」
最初に一番偉いエミリーさんが答えることにしたようだ。……私は最後で良いかな。
「エミリーさんは王立魔法学校に行ってたんですか。それで上級クラスには行かなかったんですか?」
「コネがなくてね。それで魔法協会に入ったの。でも、小間使い的なことしかさせて貰えなかったんで、別件で残月の団長と知り合うことがあって、協会を抜けて残月に入ったのよ」
別件というのが気にはなるけど、たまたまで残月の団長と知り合うか?
「私は代々魔法使いの家なので親からですね。両親とも中級魔法使いなので割とすんなり身についた感じです」
「そうなんですね。王立の魔法学校に行かなかったんですか?」
「この国、オイゲン王国には魔法学校がないですから、行ってないですよ」
次はシンシアさんが答えることにしたようだ。シンシアさんは両親が魔法使いか。なるほどね。
魔法学校は私が知ってる限りだと、タンドラ王国ぐらいにしかなかったんじゃないかな。他は授業の一環であるはずだけど、どの国の学校も入学出来るのは貴族の子弟に限られてたはず。母様が言うには「民は頭が悪い方が統治しやすい」らしい。……シンシアさんは貴族ではないということか。
「最後は私ね」
レミさんがそう言ったけど、わたしもまだ答えていない。これは答えなくてもいい流れかな?
「レミはオーガスチンからでしょう?」
「エミリー、間違ってないけど、私から答えさせて頂戴!」
レミさんはオーガスチンさんからとは私も思ってた。けど、経緯は知りたいかな。
「エミリーが答えちゃったけど、私の場合は修道院でオーガスチン師に見いだされたのよ。それまでは小間使いとして働いてたんだけど、傷の治りが早いのがオーガスチン師の目に止まったようで、調べてくださったの。そしたら結構な魔力と白魔法に適性があって、そのまま弟子入り。気が付いたら教会を出奔して残月でヒーラーをすることになってたわ」
……随分端折ったね。教会を出奔とか普通しないからね。
「教会を出奔ですか。教会との関係は今はどうなんです?」
そこは気になるよね。特にルイさんは教会の助司祭だし。
ん?ルイさんがこっち見てるよ。何だろう?
「ノノ様、何か聞いてますか?」
ああ、そういうことか。今、私は司祭だったね。
「いえ、うちは辺境のさらに僻地にありますからね、中央のことは判らないわ」
……うちはそーいうのと無関係だからね。
エミリーさんがニヤニヤこっちを見てるけど気にしない!
レミさんは一瞬こっちを見てから、ルイさんの方に目を移した。
……気にはなるか。
「中央教会は知りませんが、オイゲン王国の教会とは何の軋轢もないですよ。一応教会を出る時にオーガスチン師は総大主教宛に位階の返上を置き手紙で残してましたからね。私はオーガスチン師の内弟子扱いでしたから、師が出奔するのに無理にご一緒させて貰いました。それもあって、オイゲン王国に着いたときに教会に問い合わせたんですが、破門ではなく、一信者の扱いになってると言われました」
さすがに破門は余程じゃないとないよね。それにしてもみんな色々あるねぇ。
「さあ、身の上話は終わりして、そろそろお風呂を上がりましょう。話の続きは別の部屋でしましょうか」
エミリーさんのこの一言で湯船を出てお風呂から出ることとなった。
湯船に浸かると疲れが取れた気がするよね。
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