第3話「勇者一行 その1」
……どれくらい時間が経っただろう。今のところ、この状態から抜け出す方策は思い浮かばず、どうすることも出来ない。仮に思いついたところで、それを実行することが出来なければ、何ら変わりが無いか。動くことも魔法を発動することも出来ない中、そんなことを繰り返し思い、唯々、過ごしていた。
……不意に私は勇者一行と初めて会ったときのことを思い出していた。
その日、私は生前父様が作られた修練場で刀を振るっていた。魔導師が刀を振るうってどうよと思わなくは無いけどね。うちは父様が東方の大八洲、今は和国って呼んでたっけ、ちょくちょく名前が変わるので周りの国からは和国って呼ばれてたはず。うちでは父様が住んでた頃に呼ばれていたのが、大八洲だったので、そう言ってるけどね。その父様がその国出身の武人であったため、男の子が生まれたら武人にしようと思っていたらしい。
……だけど、生まれて来たのは女の子。それでも何かにかけて、刀剣の修行をさせられてたのよね。男の子が生まれるまでとか思ってたみたいだけど、もともとエルフはなかなか子どもが出来ない上に、父様は鬼人族と人族のハーフときたもんだからから、余計にね。
父様もそうだったけど、私は鬼人族の血を引いてる割には角が生えていない。エルフ特有の尖った長耳でもなく、ちょっと耳先が尖ってるかなぐらい。母様曰く、「あなたも父さんも人族じゃないのってぐらい、どっちの種族の特徴が出てないわね。魔法適正とその怪力が無かったら、ホントにうちの子か分からないわ」と言わしめるほどに人族寄りだ。
結局、他に子どもが出来ることも無く、私が父様の剣術を引き継ぐことになった。まあ、私自身は母様に似たのか、魔法の方に適性があったから、魔導師になったのだけど、父様曰く、「精神鍛錬に丁度良い」とか言われて半ば強制的に刀剣の修行も受けさせられていたわけよ。父様には遠く及ばないけど、それでもそこらの魔物なら魔法より早く倒すことは出来るようにはなったわ。
その時の癖で家に居るときは修練場で剣や刀を振っている。その日もいつものように刀を振っていたわけ。
「ノイシュ、今日はお客様が来られるようだから、お茶の用意をお願いね」
母様が修練場に来たので何かと思ったら、来客があるらしい。
「母様、ここへ来客、ですか?」
私は刀を振るのを止めて、母様の方を見た。
私達はエルフ族が住まう国、フォルス王国がある迷いの森と言われる森のさらに奥、ほぼ最深部に近い湖畔に住んでいる。
来客があるとすれば、フォルス王国と迷いの森を抜ける必要があり、森のエルフであるフォルス王国の住人の道案内が無いと来ることは難しいというか、無理。まず、迷いの森を通るのにフォルス王国の承認が必要で、さらに奥の湖まで行こうと思うと王の許可が必要となる。うちは森のエルフが迷いの森を住処としてフォルス王国を建国する以前からここに住んでいるので、何の問題も無いのだけどね。
「そうよ、ついこの間、新たな勇者が現れる兆しがあると話したでしょう。その勇者が仲間になった森のエルフの道案内で迷いの森からこっちに入ったみたいよ」
「……わかりました」
私は勇者が何しに来るのだろうと思いつつ、お茶の準備をすることにし、修練場でかいた汗を流し、着替えてから炊事場へ向かった。母様は使い魔の木人を使って、別棟の広めの部屋を応接の間として準備するらしい。うちは父様の影響で家の作りがちょと変わっていて、大八洲風な普段住まいの母屋と来客があった際に使う別棟がある。そこそこ広いので管理するのに人の形をした木の人形に魔石をはめ込んで使い魔として使っている。
魔石とは魔物から取れるものとそれとは別に鉱石のように鉱山から希に採掘されるものがある。うちで使ってるのは採掘された方を使っている。魔物から取れた魔石は元の魔物の影響が出やすく、一定の処理をしないと扱いにくい。それに比べて鉱山で取れる魔石は癖が無く扱いやすい。ただし、鉱山で取れるものには量に難がある。
私が台所で準備をしていると表が騒がしくなってきた。
「頼もー!」
「ちょ、ちょっと、アレックス、道場破りじゃ無いんだから『頼もー』は無いでしょう、『頼もー』は!」
「いや、この門構えは、如何にも頼もーって感じではないか?」
男の人と女の人の声が聞こえてきた。どうやら、勇者が来たようだ。でも、大丈夫かな、この人たち。門があったら『頼もー』って!
「あ、えーっと、すみません、ウェヌス・ノーマッド様はいらっしゃいますか?」
ちょっと戸惑い気味の女性の声が門の向こう側から聞こえてきた。
私は使い魔の木人達に炊事場を任せて、出迎えに行くことにし、木人達にはお茶の準備が出来次第、母様の居る別棟へお茶を持って行くようにと指示を出し、声のする門へ向かった。
「はーい、どちら様ですか?」
「フォルス王国のロンネ・フェルトと申します、本日は五賢者のお一人、ウェヌス・ノーマッド様のお力をお貸し願いたく、タンドラ王国の勇者、アレックス・ミドガルズ様を案内してまいりました」
フォルス王国のロンネ・フェルト? 確かフェルト姓は王族のはず。王族が来るとか。
勇者ともなれば、扱いが違うね。でも、頼もーか……。確かタンドラ王国は人族の国で大陸の中部辺りを占めてる強国だったはず。それもあるのかな?
それに他にも数名、門の前にいる気配がある。
「今、開けますね」
私が門を開けると、そこには他に3名、全部で5名おり、ぱっと見たところ、目の前にエルフ族の見目麗しい女性、その横に人族のいかにも勇者な男性と可愛い系な若い女性、ちょっと下がってドワーフ族の髭おじさんと子どもみたいに見えるのはハーフリング族の男性か。目の前のエルフ族の美人さんがロンネ・フェルトさんかな。
「私はフォルス王国のロンネ・フェルト。あなたは?」
「ウェヌス・ノーマッドの娘のノイシュと申します、ご用件は何でしょうか?」
念のため、用向きを確認する。まあ、母様に何か用がないと此処へは来ないのだけどね。
「えっ、娘さん、使用人ではなく?」
ロンネ・フェルトと名乗った目の前の美人さんは、私を見てちょっと驚いている。
まあ、驚くのは分かる。なぜなら、母様は銀髪の賢者と呼ばれる程、見事な銀髪、耳も見事なエルフ耳なのだ。ところが、私はというと父様に似たのか、髪は黒髪だし、耳もいわゆるエルフ耳ではなく、人族の耳の先っちょがちょっと尖ってるぐらいなので、髪形によっては髪に隠れてしまう。耳を出していても、どこかでエルフ族の血が混じってるかなぐらいなので、娘と言っても直ぐに信じて貰えることはない。ロンネさんの反応は私にとっては慣れた反応だ。
「これは失礼、私はアレックス・ミドガルズと申す者。我らは魔王討滅を目的として集められた勇者一行。本日は五賢者の一人、ウェヌス様のお力をお貸し願いたく、フォルス王国のロンネ・フェルト王女殿下に案内をお願いした。ウェヌス殿はご在宅か?」
そう言いながら、ちょっと固まってるロンネ・フェルトさんの横に居た赤毛の人族の男性がズイッと半歩前に出てきた。
この人が勇者か。『頼もー』とか言うからもっと変な人かと思ったけど、以外とちゃんとしている。普段はどうかわかんないけど。あと、ロンネ・フェルトさんは王女様でしたか。
「あの、そちらの皆さんは?」
私は他の3人についても尋ねてみる。
「か、彼らも勇者と行動を共にする仲間です」
立ち直ったロンネ・フェルトさんがまだちょっと戸惑っているのが分かる口調で答えてくれた。
「こう言っては申し訳ないが、ウェヌス殿が仮に仲間となった場合、我らと軋轢が生じるようでは困ると思い、同行させて貰った」
ドワーフ族の髭おじさんが勇者の後ろからそう言ってきた。ちょっと失礼な物言いではないかと思ったが、知らない間に仲間が増えて、しかもそりが合わないとかは最悪かと思い直した。
もっとも、母様が勇者一行に同行することは無いんだけどね。
ただ、ちょっとそれとは別に何かは分からないが、僅かに違和感を覚えた。何だろうとは思ったけど、今は無視することにした。
「仲間の失礼な物言い、申し訳なく思うが、ご容赦願いたい」
そう言って、アレックスさんに頭を下げられた。言い方に問題が無いとは言えないけど、私相手だからと思えば、あの言いようも仕方が無いかな。
「分かりました。それではお荷物でお預かりしても良いものは、この木人達にお渡し下さい。あ、得物はお持ちいただいても構いませんよ」
私は特に興味も無いので、母様の元へ早速案内することにした。……全部で5人か、お茶菓子足りるかな、などと思いつつ。
母様が待つのは別棟の広めの部屋。母屋は土足厳禁なので来客などの際は別棟を使う。普段なら来客用の小さな部屋を使うのだけど、母様は今日に限って、広めの部屋を使うよと私に言っていた。……人数も分かっていたということかしら。それならそうと言って欲しかった気もするが、広めの部屋を使うと聞いた際に気付かないと駄目だということかな。
別棟に着くと、私は勇者一行と母様へ木人が用意したお茶を配り、お茶菓子を取りに炊事場へと戻ることにした。
……炊事場からお茶菓子を持って戻ると吃驚。何故か勇者一行の全員がこっちを値踏みするような目で見て来たのだ。
「ノイシュ、勇者一行の方々にはお話ししたのだけど、私が同行するのは難しいと。もう10年早かったら同行出来のだけど、さすがにね。そこで誰か推挙して欲しいと言われたのよ。そこであなたではどうかって」
「……、わ、私ですか」
まさかこっちに話が振られるとは予想もしてなかった。道理で私を値踏みするような目で見ているわけだ。私はお茶菓子を木人に配るように指示をしてから、母様の隣の席に着いた。私が配るつもりであったが、私も話に加わる必要が出来たので木人に指示することにした。
「ウェヌス殿の手前、言いにくいが、儂が見るにそれほどの実力があるとは思えぬな」
アレックスさんの横に座っているドワーフの髭おじさんが小馬鹿にしたような口調で言ってきた。まあ、この人、元から小馬鹿にしたような口調か。母様に対しても失礼な物言いしてそうだしね。
「ジン、もう少し言いようがあるんじゃない」
「ふん、元々儂は五賢者とか眉唾では無いかと思っておったのじゃ。皆がどうしても行くと言うから付いてきたが、力は貸せぬ、代わりに小娘を連れて行けというではないか、ワシらが頭を下げてまでお願いするほどのものなのか」
ロンネさんに窘められて、どうやら本音が出たようだ。そして、ドワーフの髭おじさんはジンさんと言うらしい。
「ジン、ここへ来ることと、ウェヌス殿に仲間に入って貰うことについては同意していたでは無いか」
「確かに同意はした。同意はしたが儂が同意したのは、戦力となるであろう賢者の元へ行くことであって、力の有るかどうかも分からぬ老エルフや出来損ないの小娘のところでは無いわ!」
アレックスさんにも諭されて、言ってはいけないことを、今、勢いに任せていったよ。
このジンさんってドワーフ、大丈夫?
「ジン、いい加減にして。これ以上、ウェヌス様を怒らせるようなことを言わないで!」
今度はロンネさんがジンさんに叫んだ。
「さすがにエルフはエルフを庇い立てするか。だが、これで以上此処にいる理由もあるまい。ウェヌス殿は力は貸さぬ、貸せるのはこの出来損ないの小娘だけ、話にもならんわ」
ジンさんはかなり苛立っている様に見えるけど、どうにも腑に落ちない。仮にもフェルネスの王が勇者一行の一人として、迷いの森の奥にあるこの地への来訪を認めた者の振る舞いとは思えず、また、先ほど感じた違和感のこともあって、母様の方を見た。
「……」
母様は涼しげな顔でお茶を飲んでる。我関知せず、好きにやってということだろうか、などと思っていると、母様と目が合った。
「ふふっ、仕方が無いわね、ディス・エンチャット」
そう言うと母様は杖ならぬ、スプーンをジンさんに向かって軽く振った。