第28話「司祭の実力とは」
ぼんやり。暗闇に浮かぶという感覚も無く、唯々、暗闇に身を置いている。
体の感覚も無く。何かを考えていないとすべてが霧散してしまう、そんな感覚。
ふむう。こんな魔法、誰が思いついたんだろうか。
……
…
「ノノは商隊と行動を共にしたこととかあるの?」
驢馬に揺られながら集合場所である街の出口付近に向かっているときに、エミリーさんが聞いてきた。
「ありますよ。大小いろんな商隊に混ぜて貰ったことがあります」
そう、それこそあちこち行ってるので、それなりにあるのです。
「ノノって、旅慣れてるんだったわね。一番遠くだとどの辺まで行ったことがあるの?」
……一番遠くか。はて?
「んー、和国?とか?」
「和国?」
昔、東方に行く商隊に混ぜて貰ったことがあって、和国まで行ったことがあるのです。まあ、それ以外でも何度か行ってるけど。
「海路で無く、黄領砂漠を越えるルートで、結構大きな商隊と行きましたよ。途中にあるオアシス都市と交易をしながら行くとかで、それは結構な旅でしたね」
東に向かうと黄領砂漠と呼ばれる広大な砂漠がある。砂が黄色いので黄領砂漠と呼ぶと聞いたことがある。ちなみに交易ルートは2つ有って、陸路を行く場合は砂漠を越えることになる。海を行くルートは船団を組んで行くことになる。どっちもそれなりに大変だけど、海路の方が早く着くんだけど、私的に旨みは少ない。陸路は時間は係るけど、いろんな都市を通るので、旨みはこっちの方がある。商人的には海路で行く方が儲かると聞くけど、私のような魔法を生業としていると陸路の方が良いのよね、いろんな意味で。
「陸路かー、それは大変そうね」
エミリーさんがちょっと意外そうに言う。
「終点は和国でしたが、途中のオアシス都市とか、他の国もある程度は共通言語で通じますが、訛りが酷かったり、共通言語の通じないところもあって苦労しましたよ」
昔、実家で読んだ古い年代記によれば、古代にあったとされる超帝国が世界を統一していたころは、同じ言葉を話していたらしい。その古代超帝国が崩壊して、ちょっとずつ地域毎に言葉が変わっていったと書いてあった。
「和国の魔法って、私たちが使う魔法とは違うけど、ノノは知ってる?」
私は、ちょっと考えるふりをしてから答える。
「んー、私よりゲンジさんに聞いた方が早いんじゃ無いですか?」
エミリーさんは一瞬、ゲンジさんの方を見たけど、すぐに視線を私に戻してきた。
「昔聞いたことがあるよ。そのときは「某は武人でござるので、そちらの方はトンと分かりもうさん」って言われたのよ。それにうちの領というか、国自体が西の方で和国からはかなり離れてるから和人自体が少ないし、術者は見たことが無いのよ。それでノノなら何か知ってるかなと」
……エミリーさんはやはり魔法馬鹿だなと思う。
「私達が使う魔法とは全く違った系統ですね。一からやり直しみたいな感じなので、そういうのもあるんだ程度が良いと思いますよ」
考え方が違うんかなと思う。術式の構築も全く違って面白かったけどね。
……魔法馬鹿はこっちもか。
「ふーん、そっか。暇なときにでも見せて貰えるとうれしいかな」
「私が使えるとは一言も言ってないですよ」
などど話をしているうちに街の門が見えてきた。
おや、誰かこっちに向かってくるよ。……ちょっと厳つい顔をした男の、見るからに傭兵っぽい人がやった来た。
体つきは筋肉質でよく鍛えられている。年齢は30代後半ぐらいかな。動きやすい革の鎧に、致命傷になりそうな部分は鉄っぽいな。まあ、傭兵で全身金属鎧とか動きにくいわ。
……武器はシミターか、珍しいわね。あとはバックラーも付けてるから近接戦闘が得意なのかも。とか思っていたら、エミリーさんが下馬したので私も下馬する。
「紅蓮の魔導師、エミリー殿がお見えになられたか」
ん、紅蓮の魔導師? 何それ?
「疾風のファルダー殿か。今回はよろしく」
何事も無かったかのようにエミリーさんが受け答えをしながら、驢馬を近くに居た残月の団員に預けた。同じように私の騎乗してきた驢馬も残月の団員が引き受けてくれた。
「他はもう集まってるの?」
エミリーさんが集まり具合を確認している。
「いや、まだちょっと集まってない。うちんとこも昨日襲われて、何とか撃退はしたんだが、負傷者が出ちまってな。それで教会に治療に行ったんだが、無理だと断られた。あんたんとこのオーガスチン師にお願い出来ないかと思ってたんだがな」
ちょっと落胆したようにファルダーと呼ばれた男は頭を振った。
「ああ、今の教会は簡易な治療しかできないらしいからね。何せ残ってるのが老人と……」
エミリーさんがそう言って肩をすくめた。最初の挨拶とは違って、二人とも砕けた口調だ。
「ところで、エミリー、横のちっこい司祭様っぽいのは?」
おお、エミリーって呼び捨てにしたぞ。このおっさん一体何者?
「ああ、紹介しよう。ファイネル教司祭のノノ様よ」
「な、なんだと、マジで司祭かよ。残月には司祭様に伝手があったのか!」
おっさんが凄い形相で吃驚している。お陰で近くに居た他の人たちの視線がこっちに集まってきたよ!
「ノノ様、紹介いたします。こちらは傭兵団「疾風」の団長、ファルダー殿です」
なるほど、別の傭兵団の団長さんか。エミリーさんとも知り合いなのは当然だね、同じ街に居るし。
……エミリーさんが何か合図っぽいことをしている。ああ。
「こほん、ファイネル教のノノです。残月の団長さんからの依頼でタンドラ王国王都ポルフェまで同行することとなりました。道中、よろしくお願いしますね」
周りがちょっとざわめいている。どうやら本当に傭兵団に司祭が助力するということは珍しいようだね。
「いや、これは、流石は残月と言うべきか。……しかし、本物だろうな?」
ファルダーさん、その疑問は口にしたらダメなヤツですよ。
「ファルダー、うちの団に限って偽物の司祭様を連れてくるわけが無いでしょう。そんなことしたところで誰が得するのよ?」
やや呆れ気味にエミリーさんがそう言う。
「まあ、確かにな。だがな、この街の司祭様は年寄りの司祭様を除けば、皆、領主に付いていったんじゃないのか?」
「そのとおりよ。私たちも教会にお願いに行ったときはそういって体よく断られたわよ。でもその場にたまたま、こちらの司祭様が巡礼で来られてたのよ」
まあ、確かにたまたま出くわしたけど、巡礼では無かったんだけどね。エミリーさんは口が達者というか、よく思いつくなー。
「いやいや、司祭様が巡礼に来たなんて誰からも聞いてないぞ?」
巡礼者としか来てないね。司祭というという意識はなかったし。
「お忍びで巡礼者としてきたそうよ。司祭様が単独行動って目立つでしょ?」
「……お忍びで、司祭様が1人で?」
ファルダーさんが胡乱げな目でエミリーさんと私を見ている。まあ、そうでしょう。
「俺らみたいなのなら分からんでも無いが、いっちゃあ悪いが、このちんまい司祭様が道中で魔物に襲われたら無事では済まないと思うんだが?」
まあ、普通はそう思うよね。
「そうは言われても、そこまでは知らないわよ。現にここにこうして居るんだからそれでいいじゃない」
エミリーさんがめんどくさげに言う。
「それに司祭様で間違いないってオーガスチンのお墨付き付なのよ。何か問題がある?」
「オーガスチン師のお墨付きがあるんなら、間違いは無いんだろうが……。」
どう見ても納得がいってないようだ。
「そうだ、丁度うちの団員で怪我してるヤツがいるんだが、そいつを見てはくれないか。利き腕は使えるんで多少戦力としては当てに出来るんだが、やっぱりちょっとな」
ファルダーさんがそう言って、怪我をしている団員を呼び寄せた。……結構ゴツいけど、左腕の肘から先が無い。生やせとでもいうのかしら?
「切られた腕はここにある。以前、オーガスチン師から「切られた腕は凍結魔法で凍らせて持ってこい、繋げてやるぞ」と言われたことがあってな、そうしたんだが……」
そう言って、凍った左腕をその団員の鞄から取り出してきた。……それにしても切られた腕を繋ぐって、オーガスチンさんは結構上位の魔法が使えるんだなぁ。
「鮮度が大事とはオーガスチンは言ってたけど、その左腕は良いとして、切られた側は……」
そう、両方とも鮮度が問題になってくる。片方だけではダメなのだ。もっとも、別の方法も無くは無いけどね。
「こっちも凍結魔法で凍らせてある。マジックバックと違って、数時間おきにかけ直す必要があるがな」
そう、マジックバックには入れている間は時間が進まないものもある。その分高価で、容量も少なくなる傾向にあるけど。
「ノノ様、どうでしょうか?」
エミリーさんが私に聞いてきた。う~ん、取りあえず、見てから考えるか。
「ちょっと見せてください」
私がそう言うと、腕を切られた男の団員が切られた腕を布で包んでこっちにやってきた。
「ダンと言いやす、治りますでしょうか?」
ちょっと不安げにそう言ってきた。ダンさんかー。
「それでは見てみますね。どれどれ?」
私は凍結保存された腕を受け取って、包んでいる布を外して確認してみる。
……保存状態は悪くは無いし、壊死が始まってることも無さそう。
「あ、あの、冷たくは無いんですか」
ダンさんが心配そうに聞いてくる。
ああ、そうか、直に触ってるように見えるから心配にはなるか。
「大丈夫ですよ。直に触れてるわけでは無いですから。こんな風にちょっと浮かせてるんですよ」
私はそう言って、持っていた腕の部分を浮かせて見せた。
実際は両手に魔法で膜を作ってるんだけど、説明してもわかりにくいので、見て分かりやすい方法で説明しておく。
「おい、エミリー、今、詠唱してたか?」
「何かを唱えた風には見えなかったわね」
「ってことは、無詠唱かよ……」
ファルダーさんとエミリーさんが私の方を見ながら何やら話している。う~ん、やりずらいなぁ。とっとと終わらせた方が良いね!
「それでは、時間も無いことですし、ちゃちゃっとやってしまいましょうか」
私はそう言って、自分の鞄から白の魔導書を取り出した。ただし、前回、エミリーさんに見せた完全版では無く、そこから司祭が使いそうなものだけを抜粋した三分の一ぐらいの薄い白の魔導書をである。何か分厚いのは良くない噂が立ちそうで、教会が配ってるくらいの厚さのを作ってみたんだよ。これなら他の教会関係者に見られても大丈夫ですよ。……多分。
「……薄い、この前のより薄い」
「お、エミリー薄いって何がだ? 白の魔導書ならあんなもんだろう?」
「え、ええ、確かにそうね、そう言われてみればあのぐらいだったわね」
ふっ、同じ過ちは繰り返さないのだよ!
私は手元の白の魔導書の適当なページを開いて、呪文っぽい言葉を唱える。
「さてと『さあ、別れし2つのものたちよ、汝のあるべき姿へ、リカバー』」
パッと発光して、次の瞬間には腕は元どおりになっていた。
「ダンさん、おかしな感じとかはありませんんか?」
私は元に戻ったダンの手を握りながら問いかけてみた。
「ハッ」
ちょっとぼんやりしていたダンさんが目をパチクリさせている。
「ええ、思い通りに動きますし、感覚も問題ないように思います」
まあ、こんなもんでしょう。
「……さすがは司祭様、素晴らしい御業をお持ちですね」
ちょっと引き気味にエミリーさんが言ってきた。おや、何か様子がおかしいような。
「ファルダー、これで分かっていただけたかしら?」
エミリーさんはファルダーさんの方を見ながらそう言った。ファルダーさんの様子もちょっとおかしい。……つなげろと言われたからつなげたのに何でだろう?
「いやいや、これは『素晴らしい御業』で済ましていいもんじゃ無いだろ!」
「元に戻ったんだから良いじゃない」
ことも無げにエミリーさんがそう言う。いつものエミリーさんに戻ったみたい。
「ほら時間も無いんだし、ここの商隊の隊長達のところまで案内して貰える?」
確かに時間が勿体ない。あと、エミリーさんに確認したいこともあるし。
「確かにそうだな。いろいろ聞きたいことはあるが、取りあえず、ついてきてくれ」
私とエミリーさんはファルダーさんのあとをついて行くことになった。
(エミリーさん、エミリーさん、私、おかしなことしました?)
(ノノにとっては、さっきのあれが普通なのね……)
(あれとは?)
(腕をくっ付けたやつよ)
(普通じゃないんですか?)
(高位の術者ならあり得るのかもだけど、普通はすぐには動かせないわよ。何日かかけて動かせるようになるわね)
……新しいの生やさなくて良かった。ちょっと冷や汗が出たよ。
………
……
…
私の常識と世間の常識がかなり違うという事実に唖然とした思い出。
……腕を再生させてたら、もっとえらいことになったんだろうなぁ。




