第13話「傭兵団とエミリーさん」
「団長はいる?」
私は今、エミリーさんと一緒に兵舎の中でも一番立派な建物の前に来ている。
エミリーさんは扉の脇に立っているちょっと立派な格好をした人に話しかけてる。
「居るにはいますが、そちらの方は見たことがないのですが?」
団長はいるらしい。そして私が何者かを探ってきた。って、当たり前か。ちなみにエミリーさんと一緒だったから、怪訝な顔をしている人が何人か居たけど、ここまですんなり入ってこれたのだよ。ホントに偉いさんだったみたい。
「この子が昼食時に話したゴブリンの後頭部をぶっ叩いて撲殺した娘よ」
物騒なことを言われたが、間違っていないのが悲しい。てか、そんな話をしてましたか!そっちの方が吃驚だよ。
「このちんまいのが?!」
ちんまくて悪かったねー。
「言い方、気を付けた方が良いよ。この娘、こう見えても魔法が使えるからね」
何を気を付けるというのだろう、こんなところで魔法を使うとでも思われているのだろうか魔法が使えると暴走するとでもいうのかしら?
「ああ、魔法使いとか言ってましたね。ところで、どーいった用件です?」
「ポーションを作って貰うことになってね、その報告だよ」
エミリーさんがそう答えながら、扉を開けて中に入っていったので、私もお辞儀をしながら後から付いて入った。
中には廊下を挟んでもう一つ扉があり、エミリーさんはその扉をノックした。
「団長、エミリー入ります」
そう言って扉を開けると中には30代ぐらいの髭を蓄えた壮年の男性が真正面の机で書類に目を通しているところだった。部屋の右手にはちょっとした打ち合わせや来客をもてなすために使えそうな椅子とテーブルのセットも置いてあった。
「エミリーか、どうかしたか?」
壮年の男性は書類を置くと、エミリーの方を見た。私はエミリーさんの右斜め後ろぐらいで小さくお辞儀をした。
「おや、その子は初めて見るね、新しい入団希望者?」
微笑みながら目は見定めるように私を見ている。
「団長、この子が先ほど話した魔法使いの娘です。本日はポーション作りを手伝って貰うことになり、連れてきました」
「入団希望者で無いなら、此処に連れてくる必要は……、エミリー、何か話があるのだね」
団長と呼ばれた男の人は落ち着いた雰囲気で机の上で手を組んでいる。
「さすが団長、話が早い。前に今後の団の方針を話し合ったことがあるじゃない。そのことで、ちょっと面白い話しを聞いたんで、団長にも聞いて貰った方が良いと思って連れてきたんですよ」
ちょっと砕けた感じでエミリーさんが団長さんに話をした。
「エミリーがそう言うんなら、ちょっとそっちで話を聞こうか。私が団長のエリック・ミンダスだ」
団長はエリック・ミンダスと名乗った。ミンダス姓はこのミンダス領の領主一族と同じ姓だね。
まあ、領主の三男なんだから当たり前か。
「ノノと申します。よろしくお願いします」
私は頭を下げながら、そう名乗った。別に隠す気は無いがノーマッド姓を名乗りはしなかった。ここでは、あくまで巡礼者だからね。
……
私はエミリーさんに話した内容を団長さんにも話した。
「なるほど、酒場や教会にある依頼掲示板を一括して管理する組織か。まあ、確かにあれば便利かも知れんが、うちがやることか?」
そう、私が提案したのは依頼掲示板を管理する組織を作ってはどうかということ。勿論集めて管理するだけではなく、此処の傭兵団をその組織の所属として、熟練度によって、依頼をこなさせる。もちろん組織に所属してない人も請け負うことは出来るけど、誰がどの依頼を請け負ってて、達成できたか、未達成で終わりそうとか把握しないといけないから、組織のは登録するようにする。こうすれば結構立派な組織として成り立つんじゃないかな。……ホンネはあちこちの酒場を回るのって面倒くさいからどこかで管理してくれたらなーって、軽い気持ちでエミリーさんに話したんですよ。前々から考えてはいたんですけど、これって、下手をすると領主以外の武力集団が出来ちゃうことにも繋がるので、問題もあるわけ。でも、此処の傭兵団は団長が領主の一族と聞いたのと、今でも領軍の代わりみたいな仕事をしてるので、行けるんじゃないかなーって。
……でも、団長のこの様子だと難しいかな。もう一押ししておこう。
「団長さん、よく考えて下さい。今は領軍の代わりみたいな仕事があるから毎月のお手当も出てますが、やがて領軍が帰って来たらお役御免ですよ。今のうちに組織を立ち上げてなくてはならないものにしておくんです。それに魔物の素材とか魔石も個々に領主に買い上げて貰うんではなく、商業ギルドや鍛冶ギルドとかとまとまった量で取引すれば、おいしいと思いますよ。領主様もこういった組織があれば、領軍を使うことなく、魔物退治や盗賊退治も出来ますし、いわゆる冒険者の管理も出来て、領的にも良いと思うんですよ」
おいしいこともあるよ的な話しもしてみた。私的にはちょと便利になるだけで乗ってこなくても痛くも痒くもないので構わないんですけどね。
「一考の余地はあるか。まあ、そんな話があったな程度には覚えておこう。あと、ポーションは全部買い取るからよろしく頼む」
団長さんはそう言って、元いた机の方へ戻っていった。
「それじゃ、私たちもポーション作りに行きましょうか」
エミリーさんがそう言うので私は団長さんにお辞儀をして部屋から出た。
「ノノ、ありがとね。選択肢は多ければ多いほど良いからさ。でも、あの話って、なんで誰もしないんだろう?」
おっと、エミリーさんが質問を投げかけてきたよ。掻い摘まんで話をしておこう。
「それはですね、下手をすると領軍以外の武力集団が出来ちゃうことにも繋がるじゃないですか。此処の場合、団長さんが領主の一族なので、今でも領軍の代わりの仕事をしてますし、そこは問題ないので現状の追認みたいな感じで持っていけば、と思ったんですよ」
エミリーさんがフリーズしたような……。
「……団長判断!」
どうやら考えることを止めたようです。そんな大した話しではないのでスルー。
なんとなく、エミリーさんが中級ポーションを教えて貰えなかった理由が分かった気がして来たよ。
「エミリーさん、得意な魔法は何ですか」
「……急に何よ。攻撃魔法全般と答えておこうかしら。だからと言って防御魔法が使えないというわけではないわよ」
治癒系はどうなんだろうとは思うけど、言わないということはそういうことなんだろう。
「師匠のお名前を聞いても良いですか?」
「師匠なんていないわよ。王都の魔法科で習ったのよ」
「えっ、もしや良いとこのお嬢様ですか?」
そう、王都の魔法科というのは、王都にある学校の科目なのだ。学校に通えるのは貴族か裕福な家庭の子どもぐらいしか居ない。魔法使いは師匠について学ぶ方法と、王都にある学校の魔法科で学ぶ方法の2つぐらいしかない。……独学というのもあるにはあるけど、敷居は高いよ。
「うちは代々魔法で食っているからね、実家は裕福な方じゃないかな。あとは秘密だよ」
「魔法で食っている。……家では魔法は教えてくれなかったんですか?」
「ふふふ。魔法で食べてるといっても、いろいろ有るのよ」
意味有り気に笑って教えてくれない。
「……魔法のスクロールを作って売ってる?」
「まあ、そんなとこ。あとは想像に任せるわ」
魔法のスクロールは消耗品だけど、そこそこ良い値段で取引されている。書ける人がそんなに居ないので、重宝がられている職業だったはず。
「魔力があったから、学校へ入れられたと言うことよ。もういいでしょう。」
「そういう、ノノはどうなのよ」
ジト目で質問返しをされてしまった。
「うちは母から教わりましたよ。一人娘だったので、それはもう、みっちりと……」
「ノノ、大丈夫? 瞳の光が消えてるわよ」
思わず遠い目をしてしまった。
「余程厳しかったんだね、吃驚したわ」
その後は、傭兵団の薬師のところまで雑談をしながら二人で歩いた。
程なくして、薬草畑横の建物に着いた。