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同行する理由

 ララカにとてもにこやかな表情で見送られ、ランフィス達は魔女の館を後にした。

「協会へ帰ってから説明して、信じてもらえるかが怪しいな」

 ランフィスが放した鳥を目で追いながら、バルジェイルがつぶやいた。

 あの鳥には、今までと同じように伝言を託している。あまり長い言葉を吹き込むと鳥が情報量の多さで飛べなくなるので「事情があり、シュラッセの森へ行く。詳細は戻ってから」とだけにした。

 きっと「どういう事情があってこうなるんだ」と不思議がられているだろう。自分達でさえ、どうしてこうなったんだろうと思っているくらいだ。

 今日は魔物退治という、相手のレベルは低いがそれなりの仕事をこなした。何もなければ、今日の夕暮れまでにはアビエンへ戻り、任務終了の報告をするはずだったのに。

 その報告だって、大した時間もかからずに終わっていただろう。そして、ゆっくり休息を取って、次の仕事の鋭気を養い……。

 それが、どこかで歯車が狂ったのだろうか。それとも、これら全てが今回の任務なのだろうか。

 だとしたら、一回の仕事としては、まして初仕事としてはいささか量が多いという気もする。

「ごめんなさい」

 歩きながら、メルーファがひたすら恐縮している。

「あなた達まで巻き込むつもりはなかったのに」

 ララカの所まで送ってもらえただけでも、十分にありがたかった。

 彼らに会わなければ、とてもララカの所までは行けなかったし、それ以前にビアトシュ率いる盗賊達にどんな目に遭わされていたかもわからない。二度も助けてもらった形になるのだ。

 それが、今度は薬の材料探しにまで手を借りることになってしまった。

 メルーファとしては、ただひたすら祖父イリューのために薬を手に入れたいという気持ちだけで、瞳目(どうもく)の実を探すと言った。魔法使い達に何とかしてもらおうなんて、全然考えてなかったのだ。

「いいんだよ、メルーファ。これもなりゆきって奴だから」

 ランフィスが小さくなるメルーファの肩を、軽くポンと叩く。

「これも魔法使いの仕事の一環だよ。次の面会相手が妖精族なら、普通の人より魔法使いが一緒の方がいいからね」

「もっとも、魔女に行けと言われるなんて、さすがに俺達も思わなかったけど」

「はは。メルーファはララカに気に入られたんだ」

 先頭を歩くイーヴが言った。ララカの館へ向かう時と同じ順番で、彼らは歩いている。

「気に入られた? あたし、ララカに何かしたかしら」

「ララカをほめただろ。きれいって」

 ララカの館へ入る前、イーヴは何でもいいからほめろと言った。メルーファは魔女に会った緊張でそんなことはほとんど頭に残っていなかったが、最初にララカを見た時にきれいとつぶやいた。

「ほめたって言うか……本当にきれいだって思って」

 自分の住む近所にだって、きれいな人はいる。だが、ララカ程「きれい」という単語が合う人はいない。魔女だから、魔の美しさだと言えばそれまでだが、彼女がきれいだということは事実だ。

 嫉妬する気にもなれなくて、純粋な気持ちからつぶやきが口からもれたのだ。

「だから、余計だよ。本心で言ってるかどうかくらい、わかるんだから。庭や宝石もきれいだって言ったし、仔ねこの姿ではあったけどシュマーロをかわいいって言った。ララカのツボをばっちり押さえたんだぜ、メルーファは」

「それだけのことで? ……あ、ちょっと待って。宝石の時って、あの温室みたいな所よね。それはわかるけど、庭やシュマーロのことを言った時に、ララカはそばにいなかったわよ? まだ会っていなかったんだから」

「んなの、関係ないって」

「自分のテリトリー内なら、どこにいても声は聞こえるってことか。やっぱり余計なことを口にしないでよかった」

 魔女の館で魔女をこきおろすつもりなど、いくらバルジェイルでもなかったが、それでも何が災いするかわからないので静かにしていた。黙っていて正解。

「魔女ってすごいのね」

 魔女があらゆる意味ですごい存在とは知っていたつもりだが、こうして現実にその力を教えられると改めて感心する。それは、メルーファだけでなく、ランフィスやバルジェイルも同じだった。

「あ、あの……確か、ララカは魔の森とかって言ってなかった?」

 聞き間違いでなければ、ララカは「女の子が魔の森へ行こうとする」うんぬんと言っていたような気がする。そのまま魔法使いが同行する方向に話が流れ、その時点ではあまり詳しいことがわからなかった。

「……」

 しばしの沈黙。誰も答えてくれない。だが、それは肯定したも同じだ。

「ランフィス、まかせた」

 前を行くバルジェイルは振り向かず、説明をランフィスに押し付けた。

「えっ、ぼく? もう……ズルいなぁ」

「何なの、ランフィス。そんなに話すとよくないことなの?」

「えっと……あまり怖がらせたくないけど、知らないよりは覚悟ができていいよね。魔の森っていうのは、簡単に言えば魔物の森ってこと」

 メルーファの歩くスピードが少し落ちた。ランフィスは彼女の横に並ぶようにして歩き、説明を続ける。

「森や山や……とにかく自然のあちこちには、魔物がいるものなんだ。ドランの山だってそう。街道があって人間がよく行き来する場所は魔物もあまり近付いては来ないけど、一歩奥へ入れば、色々な魔物がいる。ララカの所へ行く前に少し話したよね? で、シュラッセの森は、人間がほとんど踏み込むことのない土地なんだ。だから、人間の街近くにある山や森なんかよりずっとたくさんの魔が、ずっと自由な形で暮らしてる。ぼく達もどういう存在がそこに棲んでいるか、ほとんど知らないんだ」

「魔物だらけ……なの」

 メルーファの顔が青ざめている。自分の向かう先が、未知と恐怖の世界だと知らされたのだ。その不安や怯えは、魔女に会いに行く時の比ではないだろう。しかも、同行する魔法使いさえ知らないと言うのだから。

「魔物、と言うか、魔に属する存在。人間や動物ではない存在、と言う方がわかりやすいかな。だから、妖精も魔になるんだよ。妖精のことをあまり魔物とは言わないよね。だけど、魔物まがいな姿や性格の妖精もいるんだよ。人間に好意的な妖精ばかりじゃない」

 聞けば聞く程、メルーファの顔がこわばってくる。

「あたし達が会いに行こうとしている妖精は……どうなの?」

「緑の妖精族だよね。彼らは穏やかな性質だと聞いているけど、ぼく達が知ってる妖精とはまた違うかも知れない。場所が違えば、その性格も違ってくるだろうしね。人間だって、その土地によって人柄なんかが多少変わってくるだろ? それと同じだよ。一まとめにしてこうだってことは言えないんだ」

「あたし……もしかしなくても、大変なことを言い出したの?」

 知らなかったとは言え、無茶なことを言ってしまった……と遅ればせながら悟る。

「……簡単でないことは確かだよ」

 そんなことはない、と言ってあげられればいい。だが、メルーファだってそれを信じる程に単純ではないだろう。

 それに、これは彼女が言い出したこと。それなりの覚悟が必要なのだ。生半可な気持ちで進めば、しなくていいケガをすることもありえる。

「だからこそ、ぼく達について行くようにってララカは言ったんだ。さっきイーヴが言ったように、メルーファを気に入ったから」

 メルーファがシュラッセの森へ行くと言い出した時、ララカが「勝手にすれば?」と応えても文句は言えない。

 ララカは薬についての情報をちゃんと教えてくれたのだし、足りない材料を誰が採りに行くと言い出したところで、彼女には関係ない。

 ララカの役は薬を調合することで、材料の調達ではないのだ。材料を手に入れるのは、言い出した者のやる気次第。

 でも、ララカはメルーファについて行くように、魔法使い達へ言った。命令ではないが(半分以上命令みたいだったが)それを言い出したのは、メルーファに対しての気遣いからだ。

 普通の人間なら、ドランの山の北側を下りて行くことすら難しい。こちらには人間が通るための街道はなく、どこに魔物が潜んでいるかわからないからだ。最悪だと、魔女の館を後にしてから一時間も保たないことも……。

 ララカはメルーファにそうなってしまわないよう、魔法使い達に守るように言いつけた。

 メルーファが薬を欲しがる事情を考えれば、行くなとは言えない。行く途中でどういう場所に赴こうとしているのか、魔法使い達が説明するだろう。

 それで行くのをやめるなら、それでも構わない。後はメルーファが別の道を探せばいいだけのこと。

「ララカはそこまで見越しているの?」

「ぼくもララカとは初対面だから、絶対とは言い切れないけどね。たぶん、間違ってないと思うよ」

「だけど……これじゃ、あたしのことばっかり考えてもらって、あなた達は完全なとばっちりになっちゃうじゃない」

「魔法使いだから、仕方ないよ」

 ランフィスの答えはあっさりしていた。

「仕方ないって……」

「ぼく達は妖精や魔物、そして魔法を知ってる。一人前だと認めてもらってから、まだ日は浅いけれどね。魔法が関わることについての全ては、魔法使いの仕事の範疇(はんちゅう)になるんだ。今回のことだって、本来なら正式に依頼を受けて、魔法使いだけで(おもむ)くような場所なんだよ。今はたまたま例外だってだけ」

「本当にヤバいなら、いくらララカに言われたって断ってる」

 ずっとランフィスに説明をまかせていたバルジェイルも、口をはさんだ。

「俺達だって、命は惜しいからな。だけど、実際の危険度なんて行ってみないとわからないし、知らない場所だからってビビッてたんじゃ、いつまで経っても俺達の経験値は上がらない。だから、これは俺達にとっても、レベルを上げるいいチャンスかも知れないんだ」

「レベルが上がれば、やりがいのある仕事だって回してもらえるからね。予定外の話の流れで戸惑ったけど、別にとばっちりって訳じゃないよ。それはメルーファが気に病むことじゃない。バルジェイルが言ったけど、本当にいやならぼく達は断ることだってできたんだから」

「うん……ありがとう」

 そう言ってもらえると、メルーファも気持ちが軽くなる。

「お、さっそく興味本位で変なのが出て来たぞ」

 前を行くイーヴが報告した直後、黒い山犬のような姿の魔物が数匹現われた。街道で現われた魔物より、ずっと殺気だった気配が感じられる。

「知能は低いけど、魔力はさっきぶっ叩いた緑のサルよりずっと強い。手加減なんかしたら、喰われるぞ」

 イーヴが警告する。ちゃんと息の根は止めろということだ。

 姿は山犬と同じ。しかし、魔力の気配は魔法使い達にも感じられる。逆に友好的な雰囲気はまるで感じられなかった。

 ランフィスとバルジェイルは、メルーファをはさむようにして立つ。イーヴは自分の一番近くにいる魔物へ向かってダッシュした。その右手の先は、本来の黒い獣の前足になり、同じくこちらへ向かって走って来た魔物の顔面に叩き付けた。まるで柔らかいスポンジのように、魔物の頭は崩れてしまう。

 メルーファは魔物の出現に悲鳴を上げそうだったが、魔法使い達が呪文を唱える時に注意力を()いではいけないと、声を出さないようにするのが精一杯だった。

 それでも、身体の震えだけはどうしようもない。

 ランフィスは風の刃を放ち、魔物を戦闘不能にしてゆく。バルジェイルは周囲の木々に絡むツルを利用して一旦魔物の動きを封じ、そこへ炎をかける。魔物達は声もなく灰になった。

 数が少ないこともあって、周囲はすぐに静けさを取り戻す。

「楽勝じゃん」

 イーヴが周囲を飛び跳ねるようにして走り、他に魔物が隠れていないかを確認する。

「この程度ばかりならいいけどね」

「どれだけ続くか予想できないなら、楽なのに越したことはないな」

 終わったらしいと聞き、メルーファは長いため息をつく。だが、まだ始まったばかりだ。

「念のために、メルーファに結界を張った方がいいかも知れないね」

「ああ。備えておけば、俺達も少しは安心できる」

「メルーファ、そこに立っててね」

 ランフィスに言われるまま、メルーファはその場に立つ。

 魔法使い二人が何やら呪文を唱えているが、何をされているのかわからない。今の話の流れで、魔法をかけられているらしい、というのは何となく想像できるのだが、何も感じないので本当にかけられているのかしら、とも思う。

「水と土の防御魔法をかけたんだ。例えば、火の魔法で攻撃されれば水が守ってくれる。森の中で火の魔法の攻撃を受けることは、たぶんそうはないと思うけどね。森という場所柄、水と土の効果が強く得られるんだ。大概の魔法なら、これで跳ね返してくれるよ」

 かけた魔法について、ランフィスが解説してくれた。

「あ、ありがとう」

 この中では一番足手まといだ。自分が言い出したことなのに、と思うと、心苦しい。

 でも、さっき気に病むことはないとランフィスにも言ってもらった。今はその言葉に甘えておくことにする。

 何を思っても、これからやることは変わらない。彼らの厚意を無駄にしないためにも、実を手に入れなければ。

「さぁ、暗くなる前に、とっとと山を下りちまおうぜ」

 何事もなかったかのように、イーブが再び歩き出す。

 その後について、三人もまた歩き出した。

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