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改めて交渉

 イーヴは館の外へ出た。

 どこへ向かうのかと思いながらランフィスがイーブの後をついて行くと、庭の向こうにある温室へ走って行く。侵入者は宝石ではなく、ララカの育てる珍しい植物が目当てなのだろうか。

「ぎゃあっ」

 そんな悲鳴がして、三人の足が止まる。今のは人間の悲鳴……のように聞こえた。一瞬、賊の最悪な状況が頭に浮かぶ。

 いくら人間と取引してくれるような魔女でも、自分の持ち物に手を出すような盗賊は許さないのかも知れない。

 そう思いながら立ち尽くしていると、ガラスの温室から誰かが放り出された。

 地面に転がったのは、若い男だ。その後から中年男が二人、放り出される。地面に腰をしこたま打ち付けたようで、痛みに悲鳴を上げている。

 だが、それくらいの痛みでわめいている場合じゃない。

 温室から獣姿のシュマーロと、さらにその後からゆっくりとララカが現われた。

「あたくしの大切な物に手を出そうだなんて……千年早いわっ!」

 そう怒鳴った途端、ララカが豹変した。

 目がつり上がり、口が耳まで裂けて牙がのぞき、風もないのに金の髪が広がる。盗賊達を指す指には、小刀のように鋭く長い爪が伸び、人の血を吸ったかのように真っ赤だ。

「ひいいっ。た……たすけ……」

 その姿を少し離れた場所で見ていたランフィス達は、さっきとは別の意味で息を飲む。

 間近で怒り狂う魔女の姿を見せられた盗賊達は悲鳴をあげるが、まともな声になっていない。

「出ておゆきっ。その薄汚れた顔を二度とあたくしに見せるな!」

 ララカが腕を振る。すると、その場に竜巻が生まれ、盗賊達を巻き込んで空へと登ってゆく。三人の盗賊は、あっという間に見えなくなってしまった。

「一瞬……だね」

「絶対敵に回したくない」

 腕を一振りしただけで竜巻を起こし、大の男を三人も簡単に飛ばしてしまった。しかも、彼女は呪文一つ唱えていない。

 魔力の差を歴然と見せ付けられたランフィスとバルジェイルは、生唾を飲んだ。やはり人間の魔法使いとは、魔力が全然違う。

「な、怒ると怖いだろ」

 イーヴだけがあっけらかんとしている。

「あら、お騒がせしてごめんなさい」

 ランフィス達がいると気付いたララカは、さっきまでの美女に戻って微笑んだ。

「いえ……。あの、あいつらは何をしたんですか」

 聞いていいのかな、と思いつつ、ランフィスが尋ねた。

「今の人間? あたくしのかわいい宝石を盗みに来たのよ」

「……宝石? そこ、温室じゃ……」

「ここは宝石達のための小部屋よ」

 てっきり繊細な植物のための場所だと思っていたのに。温室に見えた建物は、実は宝物庫だったのだ。

「あの、ぼくは宝石のことってよくわからないけど、光が当たるような場所に置いていていいんですか?」

「美しい物を保管するなら、美しい場所にと思ってこれを作ったの。心配しなくても、この中は外の刺激を受けないわ。見て行く?」

「いいんですか」

 せっかくのお誘いだ。今後の話のネタとしても、魔女のコレクションというものを見てみたい。

 中へ入ると、確かに太陽の光は入ってきていない。一見すればガラス張りの小さな建物だが、やはり魔女の所にあるからには普通の素材ではないのだ。

 でも、中は明るかった。上を向いても光源となる物は見えないが、中へ入れば明るくなるような仕組みになっているのだろうか。

 小さな建物、と言ってもあのリビングよりも広いであろう空間。そこに、ずらりと棚が並んでいる。棚にはネックレスや指輪などのアクセサリーから、宝石をはめ込んだ宝石箱や手鏡、人形などが整然と並べられていた。そのどれもが、ガラスのショーケースに入れられている。

「うわぁ、すっごい。きれい……」

 ララカの館へ来てから、ランフィス達は息を飲んでばかりだ。女の子のメルーファが、やはり一番目を奪われている。

「初めて来た奴なのに、よく見せる気になったな」

 イーヴが言うと、ララカはわずかに微笑んだ。

「あたくしにも人を見る目はあるわ。それに、あれを見て、この子達が同じことをする度胸があるとは思えないもの」

 ララカの言葉に、三人は心の中でこっそり頷く。

 確かに、さっきのあの姿を見たら手を出そうだなんて考えられない。度胸がない、と言われたことについては、この際ほめ言葉としておく。浅はかではない、という意味だととらえて。

「さっきの盗賊達はどうなったんです?」

 また怒りが再発するかとも思ったが、ランフィスは盗賊のその後が気になった。

「身体と一緒にここの記憶も吹き飛ばしておいたわ。どこへ飛ばされるか、仲間と一緒か一人になるか、その辺りは風まかせね」

 竜巻で飛ばしながら、実は風の刃で身体を切り刻んでいる、というのではなさそうだ。それにしても、記憶まで吹き飛ばすとはさすがである。

「さぁ。もうよろしいかしら? 戻りましょう」

 温室のような宝物庫から外へ出ると、また人間の姿になったシュマーロが扉を締めた。鍵をかけないのは、さっきのような盗賊が来てもすぐに駆け付けられるからだろう。

「もっと見える場所に飾ったりはしないんですか。しまっておくのはもったいない気がするけど」

 温室の方を少し振り返りながら、バルジェイルが尋ねた。

「もちろん、あたくしの部屋にはいくつか飾ってあるし、身に付けることもあるわ。でも、宝石が石と言っても、扱い方によっては傷みやすいものよ。だから、出し入れは最小限にするようにしているの」

 それがララカの宝石の愛し方らしい。

 ランフィス達は、さっきいたリビングへ戻って来た。

 すっかり冷えてしまったハーブティーを、シュマーロが淹れ直してくれる。イーヴだけが、冷めたままでいい、と断った。

「ずいぶん時間を取ってしまったわね。お話の続きにいきましょうか。メルーファが何か言いかけていたわね。あたくしに頼みたいこと、ですって?」

「は、はい」

 恐ろしいララカの姿を見たせいか、メルーファはさっきより緊張してしまっていた。

 しかし、その後ですぐに気前よく自分の宝石を見せてくれたのだから、そんなに怖くはないのかな、と考え直す。

 あんなに大切にしている宝石を盗みに来た男達を、彼女は殺さずにいた。それなら、ここで自分がどんなに厚かましいお願いをしても、いきなり殺されることはないだろう、とメルーファは腹をくくる。盗もう、というつもりではないのだから。

「あの……ステアという薬があったら、分けていただきたいんです」

「どうして?」

 薬の有無は答えず、ララカは聞き返す。メルーファはランフィス達にした話を、ララカにもした。

 話しながら、メルーファは突然気付く。

 分けてほしいということばかり考えていたが、薬代を請求された時に出せるお金がない、ということに。

 どうしよう。魔女が持つ特殊な薬なんだから、きっとすごく高価よね。あたし、手付け金すら持って来てない……。

「どうかなさった? 顔色が悪いわ」

「いえ……」

「少しお茶を飲んだら?」

 言われるまま、メルーファはカップに口を付けた。お茶が口に広がったことで、メルーファは初めて喉がカラカラになっていた自分に気付いた。

「ステア、ね。あの薬を調合できるのは、この辺りではあたくしの他にはそういないでしょう。分けてあげても構わないのだけれど……」

「何か問題があるんですか」

 メルーファがしたかった質問を、ランフィスがしてくれた。

「今、手元にないの。さらに付け加えると、調合しようにも、材料が足りないのよ」

 ステアという薬は、長期保存できるような薬ではない。それなら、今から調合してくれと頼んだとしても、ララカの手元にその材料がない。

「ほとんどがあたくしの育てる薬草でまかなえるのだけど、一つだけここにはない物があるの」

「それ、何ですか」

瞳目(どうもく)の実よ。あたくしが育てている物に木はないから、そういう木の実が必要な薬はすぐに調合することはできないの。ステアはその実が一番中心になる薬。瞳目の実なしに、ステアは作れないわ」

 旅人が話していた薬はちゃんと存在していた。現物は手に入ってないが、その薬さえあれば祖父の目は治る。

 そう思うと、メルーファはそこで引っ込む訳にはいかなかった。お金のことは後回しだ。請求された時に考えればいい。

「あの、その瞳目の実はどこへ行けばあるんですか。場所がわかるなら、あたし、採りに行きます」

「あなたが? ……シュラッセの森に棲む緑の妖精族の(おさ)なら持っているはずよ」

「えっと、シュラッセの森って、どこにあるんですか」

 あまり町を出たことのないメルーファは、地名だけを言われても手元に地図がなければそれがどこなのかがわからない。

「ここからドランの山の北側を下りると、北北西に森が広がっているわ。それがシュラッセの森よ。だけど、あなたは腕に覚えがあるの?」

「え?」

 問われてメルーファは首を横に振る。

 メルーファは武術の類を習ったこともないし、魔法なんてまるで縁がない。腕に覚えがあると言えば、裁縫だけだ。

「でしょうね。あなたからそういった空気はまるで感じられないもの。そういう訳よ、魔法使い達。一緒に行ってあげなさい」

「え?」

 いきなり話をこちらに向けられ、ランフィスとバルジェイルはついそう言ってしまった。

「え、じゃないでしょ。かよわい女の子が魔の森へ行こうとしているのよ。魔法使いとして、それ以前に男として、彼女を守ってあげるべきではなくて?」

「は、はい……わかりました」

 ピシッと指を指されて言われては、そう答えるしかない。

「よかったわね。あとは長との交渉次第よ」

「はぁ……」

 メルーファはララカににっこり微笑まれたものの、どう返事していいかわからず、とりあえず自分もにっこり笑っておいた。

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