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魔法使いの仕事  作者: 碧衣 奈美


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少女の目的地

「ったく、うるさいな。鳥のさえずりも聞こえやしない」

 不機嫌そうに、バルジェイルがつぶやいた。

 傷が痛むのはわかるのだが、ただでさえむさ苦しい男達が呻くと、ますますむさ苦しくなってくる。

 ここが山で、狭く小さな小屋の中でなかったことがありがたい。こんなおっさん連中と一緒に閉じられた空間に押し込められるなんて、考えるだけでぞっとする。

「お、お願いだぁ、殺さないでくれぇ」

 意識を取り戻した盗賊の一人が、泣きながら懇願する。

「バーカ、お前らなんか殺したって、何の得にもなんねーよ」

 イーヴは暴れるのが好きなだけで、その後どうこうする、といったことに興味はない。

「こういう奴らなら、たぶん懸賞金が出るぞ。生死問わず、かどうかは知らないが」

「金? オレは金なんてどうでも……あ、金があれば、肉が買えるよなっ」

「ああ、肉でも魚でも買えるぞ」

「そっかぁ。じゃあ、すっげぇ得じゃん!」

 バルジェイルの言葉を聞いた途端、イーヴは目を輝かせる。

「頼む……見逃してくれよぉ」

 往生際の悪い盗賊達だ。何度も繰り返されるその言葉に、温厚なランフィスも少しムッとなる。

「あんた達はこれまで、何人も手にかけてきたんだろ? 自分達だけ助かりたい、だなんてムシがよすぎるよ」

「放っとけ、ランフィス。どうせこいつらの末路は縛り首だ。それより、真面目な話、こいつらをどうする? 俺達が殴った奴は大した傷にはなってないだろうけど、明らかに骨折してるのがわかる奴もいるし……」

「悪党だからいっかぁ、と思ってたんだけど、やりすぎた?」

 盗賊を見回すバルジェイルの顔を、イーヴがそっと窺う。だが、別に悪びれたふうでもない。

 相手は剣を振り回し、命を狙ってきたのだ。間違いなく正当防衛が成り立つ。こちらが殺さなかっただけでもありがたいと思え、というところだ。

「いや、それはいいんだが」

 バルジェイルもイーヴと同じ考えではあるらしい。

「魔物と違って、こいつらは消えてくれないだろ。それに、明らかなお尋ね者な訳だし、ちゃんと役人に引き渡さないとな」

 泣きわめくし、いつまでも残っている。さっきの魔物より、ずっと(たち)が悪い気もした。

「だったら、役人に迎えに来てもらうしかないね。ぼく達が十三人もケガ人を引き連れて山を下りるのは、さすがに大変だしさ。特にあの親分は重そうだよね」

 ランフィスがさっき仕事を終えた時と同じように、白い鳥を魔法で出す。魔法使いの手を離れると、鳥は空へと消えた。

「あの……今、何をしたの?」

 ランフィスの様子を見ていた少女が、不思議そうに尋ねた。

「さっきの鳥? 魔法使い協会に知らせたんだ。あの鳥が協会に着いたら、誰かが鳥に託されたメッセージを読みとってくれる。今のは、この場所に盗賊がいるから、役人に伝えて身柄を引き取りに来てくれってことをね」

「あなた達、魔法使いなの?」

 魔法を使ったのは、ランフィスがかまいたちを使った時だけだ。一瞬のことだったし、彼の方をちゃんと見ていなければ、魔法を使ったとはわからないだろう。彼女が驚くのも無理はない。

「イロードの街にあるアビエンの魔法使いだよ。ぼくはランフィス。こっちは相棒のバルジェイル。あそこにいるのが仲間のイーヴ。あ、イーヴは魔法使いじゃないけどね」

「そうだったの。あたしは、メルーファ。ニドルの町から来たの」

 ニドルの町は、イロードの街の隣にある。メルーファの格好は旅人のようではないし、それなら近くの町や村にいるのだろうと推測していたが、当たっていたようだ。

 お互いに自己紹介し、メルーファは改めて助けてもらった礼を言った。彼女は十四歳だという。

「とりあえず……面倒だけど、処理は最後までやっておくか」

「うん、そうだね。関わった以上はやっておかないと」

 ランフィス達は盗賊を一つの場所にかため、逃げないように結界を張った。明らかに骨が折れておかしな方向に曲がっていたりしている盗賊は、一応まともな方向に治して添え木しておく。

 イーヴは「そんなことしなくてもいいじゃん」とは言ったが、役人達が来るまでに症状が悪化し、何をきっかけに事切れるかわからない。これまでさんざん悪どいことをしてきた悪運の強い連中だから、まずそんなことはないだろうが。一応、念のためである。

 ランフィスが盗賊の身体を引きずって連れて行こうとした時、まだ少し元気があったらしいその男は、ランフィスに殴りかかろうとした。

 だが、あっさりかわすと、ランフィスは逆に殴って相手を気絶させた。おっとりしていると言われても、無抵抗主義ではないのだ。

 他の男達がバルジェイルやイーヴに抵抗しようとしなかったのは、ランフィス以上にヤバい相手に見えたからかも知れない。

 特に、ビアトシュを簡単に負かしてしまったイーヴは。

「まぁ、こんなところかな。さてと……メルーファはどこかへ行く途中だったの?」

 後処理を終えたランフィスが、ずっとその様子を眺めていたメルーファに尋ねた。

「あ……ええ……」

「この山、魔物が出るんだよ。今までにもたくさんの旅人が被害に遭ってるし」

「ええっ、そうなの?」

 あちらで「げ……」という声がした。メルーファだけでなく、この盗賊達も魔物が出ることを知らなかったらしい。彼らに関して言えば、逃げることに精一杯だったのだろう。

「あれ、ニドルの町ではそういう噂はない?」

「いえ……あの、たぶんあたしが知らないだけだと思うわ」

「だけど、一人でこんな場所へ来るつもりなら、そういう情報はちゃんと仕入れておくべきだぞ。へたすれば、自分の命に関わるんだから」

「いいじゃん。もうオレ達がぶっ倒してきたんだから」

「俺が言ってるのは、一般論だ」

「まあまあ。で、メルーファはどこへ行くの? ぼく達はイロードの街へ戻るけれど、方向が同じなら途中まででも行こうよ」

 もうこれ以上の魔物や盗賊は出ないと思いたいが、やはり女の子一人がこんな人気の少ない街道を歩くのは危ない。どこへ向かうにしろ、陽が落ちるまでの時間はもうそんなにないだろう。

「あの……」

「あ、ぼく、何かまずいことでも言った?」

 なぜか行き先を言い渋るメルーファを見て、ランフィスの方が少し焦る。

「あー、ランフィス。何か変なこと、言ったんだー」

 イーヴがわざとらしくからかう。

「ランフィス、こんな所でナンパしてフラれたのかぁ?」

 バルジェイルまでが調子にのる。

「ちがっ……あのねぇ」

 渋い顔をするランフィスを見て、メルーファは思わず吹き出した。

「ごめんなさい。別にまずいって訳じゃないの。……あなた達は魔法使いだから、話しても大丈夫よね」

 魔法使いだから、という彼女の言葉で、全員が口を閉じた。

「あたし、魔女ララカの所へ行きたいの」

「……メルーファは魔法使いじゃないよな? なのに、魔女に会いに行くっての?」

 イーヴが首を傾げる。

 一般の人達は「魔女」に対して恐怖心を持っている場合が多い。

 性格が冷酷で残忍だとか、魔法使いよりも強い魔力を持っていて魔物を操るとか、その魔物に人間を襲わせている、などといったことが信じられていたりするからだ。

 人々の想像通りのことをする魔女もいるが、そんな魔女ばかりではない。ビアトシュのように人を殺す人間もいれば、イーヴのように人間を守る魔獣も(イーヴには守ろうという明確な意志はないようだが)現実にいる。

 つまり、魔女だから全部が全部恐ろしい存在とは限らない、ということだ。

 しかし、魔女と聞けばどうしても怖い、という感情が先に立つ人の方が多いのも事実。

「何か複雑な事情があるの? 魔女に会いたいなんて、普通はあまり考えないよね」

「あたし、魔女が持ってるっていう薬が欲しいの」

 ニドルの町で、メルーファは仕立屋を営む祖父イリューと一緒に暮らしている。

 彼女の両親はすでに亡く、メルーファも将来は自分の腕で食べてゆくべく、裁縫の修行中だ。幸い、手先はそれなりに器用なので、近い将来には仕事をもらえるようになってくるだろう。

 イリューは腕がいいと町でも評判だったのだが、やはり寄る年波には勝てない。体力が落ちてきて次第にこなせる仕事量が減ってきたところへ、最近になって目の病気にかかってしまったのだ。

 町の医者もあれこれ手は尽くしてくれているのだが、なかなかよくならない。

 あちこちで治る方法がないかと尋ね回っていたメルーファだが、食堂のおかみが最近来た旅人からこんな話を聞いたと教えてくれた。

 彼女もイリューの病気のことは知っていて、旅人なら色々と珍しい物や話を知っているだろうと思って尋ねてくれたらしい。

 ドランの山に棲む魔女ララカは、不思議な薬を調合したり、珍しい植物を育てたりするのが得意で、その中にステアという薬がある。その薬はどんな難しい目の病気でも治してしまう、すごい薬なのだ。

 旅人はそんなことを話していたらしい。本当かどうかはわからないけどね、とおかみは言っていたが、メルーファはどんな話にでもすがりたい気持ちだった。

 たとえそれが眉唾ものの話であっても。確かめてみたら、本当だった……ということもあるかも知れないから。

 そんな薬があるのなら、魔女がその薬を持っているのなら、どうしても手に入れたい。おじいちゃんの目が治ってほしい。

 そう考えると、メルーファはすぐに決心した。

 魔女ララカに会い、ステアというその薬を譲ってもらおう、と。

「ふぇー。それじゃ、その話だけでここまで来たっての?」

「短絡だな。そのおかみが言うように、本当かどうかもわからないってのに」

「だって、可能性があるなら、試してみたかったの。その話が嘘なら、他の方法を探せばいいだけのことだもん」

 バルジェイルにはあきれられたが、メルーファは本気だ。

「メルーファって前向きだね」

「前向きで済むか。それは無謀って言うんだ。一歩間違えれば、自分が死ぬぞ」

「あたし……無謀なの?」

 バルジェイルの言葉に、メルーファが少し傷付いた表情になる。

「んー、無謀って言うか、少し無茶かな。魔法が絡むような話の場合、まず近くにいる魔法使いやそういったことに詳しい人に尋ねた方がいいよ」

 もしガセネタだったら、徒労に終わる。ここまで来るのに余計な時間をかけるより、その分をもっと確かな情報を得るために動いた方がずっといい。

 それに、魔女によっては人間を毛嫌いすることもあるから、行った途端に追い返される、もしくは殺されてしまうことだってありえる。

 バルジェイルが「自分が死ぬ」と言ったのは、そういうことが絶対にないとは言い切れないからだ。

「それに、メルーファは魔女の居場所を知ってるの? このまま街道を歩いていても、どこかよその村や街へ着くだけだよ」

「え、そうなの?」

「まさか、魔女の家はこちら、なんて看板があるとでも思ってたのか?」

 バルジェイルの言葉に、メルーファは詰まった。近いことを考えていたらしい。

「魔女のいる場所って、口で言う程簡単には行けないよ。その周囲に魔物がいることだって多いんだ。余計な人間が近付かないようにって、魔女があえて呼び寄せていたりしてね。魔物がいなくても、こんな山だと普通の獣だっている訳だろ。少なくとも、一人で行動するのはかなり危険だよ」

 次々に自分の考えの至らなさを指摘され、メルーファはがっくりとうつむく。

「でも、行きたいんだろ?」

 イーヴの声に、メルーファが顔を上げた。

「その何とかって薬があるかは知らないけど、魔女は確かにこの山にいるもんな」

「イーヴ……」

 ランフィスとバルジェイルが、声の主を見る。イーヴが何を言い出すか、予測できたからだ。

「仕事じゃなくてもいいじゃん。報酬はなくても、あいつらを突き出せば……ケンシューキン?」

「懸賞金」

 ランフィスが訂正する。

「それをもらえば、無駄な働きにはならないだろ」

「ぼく達は別に、報酬のみが目当てで仕事をしてる訳じゃないけどさ」

「じゃ、いいじゃん。ララカとは知らない仲でもないんだし」

「それはイーヴだけだろ。俺達はララカに会ったことはないんだぞ」

「けど、アビエンと取引してるじゃん」

「ええっ? 魔女と取引してるの? な、何を?」

 メルーファの声がひっくり返った。

 魔女と取引、と聞くと、黒魔術に使うような黒猫だの羊だの、果てには人間の骨などが浮かんでくる。

 取引というのは、そういう物や人の命だろうか。魔法使いというのは、実は魔女と同じくらいに怖い人達かも知れない。

「薬になる植物だよ。きみが聞いた話は割と正しくて、ララカは確かに色々な植物を育ててる。普通の薬局で扱うような薬とはまた違うけど、特殊な薬を調合するために材料の植物を取引するんだ。彼女にとっては人間で言うところの副業みたいなものらしいけどね」

 それを聞いて、メルーファは少し安心する。魔法の世界は、とんでもなく恐ろしい場所なのかと思ってしまった。

「魔女が……商売するの?」

「どっちかと言えば、ララカは人間と共存してもいいってタイプだからね。普段はこうして山にこもってるけど」

「ま、それはともかく。言い出したんだから、ちゃんと案内してくれよな、イーヴ」

「道を知ってるのは、イーヴだけなんだからね」

「とーぜん。まかせろっての」

「え……あの……」

 メルーファだけが目を白黒させている。自分の知らないうちに、話がどんどん先に行ってしまっているみたいだ。

「まぁ、そういうことだよ。イーヴはその気になってるし、ぼく達も聞いた以上は知らん顔もできないからね」

「それに、このままじゃメルーファだってあきらめきれないだろ」

「ってなことで、しゅっぱーつ」

 イーヴがさっさと歩き出し、まだ呆然としているメルーファの手をランフィスが取った。

「さぁ、行こう」

「う、うん……うん!」

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