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魔法使いの仕事  作者: 碧衣 奈美


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12/17

交換条件

 シュラッセの森を出て、さらに北へ向かうと「北の洞窟」と呼ばれる洞窟がある。

 昔から色々な魔物が棲んでいるのだが、出入りが激しい。棲み心地がいいのか、それまで棲んでいた魔物を追い出し、自分の物にしようとする魔物が多いのだ。

 つい最近になって、また入居者が変わったらしい。それが、グルーベだ。

 正体は不明なのだが、周囲にいる魔物達のほとんどが爬虫類系の姿をしているので、彼もそうなのだろう。

 そのグルーベ達が、シュラッセの森へ入って来るようになった。

 粗暴な性格の魔物達は、森にいる力の弱い魔物達をもてあそんでは殺し、妖精達を追い回したり森を荒らしたりと好き放題だ。

 当然、妖精達は森を出て行くように抗議したが、そんなことをしたくらいでは追い返すどころか余計に面白がらせるだけ。

 かまえばかまう程、相手はつけ上がると知った妖精達は、ひたすら魔物達がこの森で暴れるのに飽きて来なくなるのを願うしかなかった。

 そんな時、グルーベはある妖精に目を付けた。

 緑の妖精族の(おさ)コリザの孫にあたる、リザである。

 女性の姿をした妖精達はみんな美しい容姿をしていたが、その中でもリザは美しかった。他の妖精族の間でも、その美しさが評判になっていた程だ。

 そんな彼女を見て手に入れたいと思ったグルーベは、自分と一緒に北の洞窟へ来いと命令する。だが、森を荒らす魔物をリザがまともに相手にするはずがない。きっぱり断り、逃げてしまう。

 グルーベはリザの後を追ったが、森の中では彼女の方が断然に有利だ。簡単に見失ってしまう。

 しかし、グルーベは欲しいものをあきらめるつもりなどない。何をしてでも手に入れようとする、迷惑きわまりない性格をしていた。

 森の一部に、火が付けられる。魔の森でも、放たれた火をそのままにしておけば、森は焼失してしまう。

 妖精達が急いで火を消そうと、あちこちから現われた。その妖精をグルーベの仲間が捕まえる。

 森を失いたくなければ、仲間を殺されたくなければ、リザを渡せ。拒否するなら、森を焼き尽くす。もちろん、捕まえた妖精は殺す。

 それが、グルーベの要求だった。

 森がなくなれば、この森にいる妖精も魔物も獣も棲む場所がなくなってしまう。それに、仲間を見捨てることはできない。

 考えている間にも、火はどんどん広がってゆく。いくらこの森が広く、全てを焼失するにも時間がかかるとは言え、被害が増えるのを見てはいられない。迷っている暇など、なかった。

 リザは自分が出て行く決心をする。

 他の妖精達は反対しようとして……できなかった。

 彼女を止めれば、火が広がって自分達の命さえも危うくなってしまうのだから。たったひとりが犠牲になることで、これ以上の被害が抑えられるのなら仕方がなかった。

 まして、リザは長の孫。上に立つ者として、仲間を守らなければいけない。

 誰もがそう考えることで、悔しく悲しい気持ちを抑えるしかなかった。

 リザはグルーベの元へ向かう時、精一杯の抵抗として、今後シュラッセの森やここにいる者を傷付けないことを要求する。

 グルーベはとりあえずリザさえ手に入れば、この森に特別な感情はない。あっさりとリザの要求を受け入れた。

 もっとも、グルーベの仲間がさっきのように詭弁(きべん)をふるい、簡単にその約束は破られてしまう。

 さらに、グルーベ達は自分達がつけた火を消そうとはしなかったのだ。

 火を放っておくのかと叫ぶと、消すとは約束していない、と言われる始末。

 リザが手に入ったことでてっきり火を消してもらえるものだと思っていた妖精達は、すっかり慌てた。そうでなくても、緑の妖精達は火が苦手なのだ。

 水の妖精達の力を借りて消火をするも、火の勢いは強い。消えるには相当の時間が必要に思われた。

 高齢で力が弱まっているコリザや元々魔力の弱い妖精達、消火で負傷した妖精達は、数名の妖精達に守られながら一旦避難する。その場にいても足手まといになるため、長の館へ向かった。

 自分達はひとまず安全な場所へ戻れたはいいが、森を焼かれ、仲間を囚われたことに怒りが増す。

 自分達はあの魔物達に何もしていない。おとなしくこの森ですごしていただけだ。なのに、この仕打ちは何なのだ? なぜこんな目に遭わされなければならない? リザを取られたことも、取られるのをただ見ているだけしかできなかった自分達にも腹が立つ。

 グルーベは森や妖精を傷付けないと約束したが、あんな魔物が果たしてその約束を守るだろうか。また来るかも知れない。

 だとしたら……冗談じゃない。妖精にだって、意地もあればプライドもある。このまま引き下がっていて、いいはずがない。

 こんな汚い方法で森の生命を脅かした魔物達が許せない。リザもそのままにはしておけない。

 怒りの言葉を何度も口にするうち、リザを取り戻す話に流れていく。

 手を出すのはやめた方がいいと言う穏健(おんけん)派と、リザを取り返し、それがかなわない時は自滅も覚悟の上だと言う強硬派とに分かれた。

 さぁ、長はどうするつもりなのだと妖精達の目がコリザに集まりつつあった時。

 ランフィス達が現われたのだ。

☆☆☆

 火事が起きた原因。

 扉の向こうで飛び交っていた怒声。

 そのどちらもが、妖精を苦しめている魔物のせいだったのだ。

 この森へ入って来てから魔物の姿を見なくなったとランフィス達は話していたが、グルーベやその仲間達が暴れていたからだろう。

 グルーベより強い魔物も森にはいるはずだが、面倒くさいことが起きていそうだからと姿を現わさなかったり、たまたまこの近くにはいなかったりといったところか。

 あとは、とばっちりを食らうのはごめんだと、どこかに隠れているのだろう。

「なるほどなー。これじゃ、いきなり来た人間の相手なんて、やってらんないよなー」

 人間の住む場所から遠く離れた場所にいる妖精達は、だいたいがあまり人間という存在を好まない。全く無視する訳ではないのだが、できるだけ関わり合いたくないというのが本音のようだ。この森に棲む者達もそうなのだろう。

 まして、自分達の仲間が(とら)われの身となり、棲む場所を奪われかけているとなれば、さっきの(おさ)のように帰れと言いたくなるのもわかる。

 こちらもそんな大変な時を狙って来たのではないが、それでも来るタイミングがあまりにも悪かった。

「……」

 メルーファはコリザに頼みたくて、でも何も言えない。大切な孫を、命をかけて取り返すか、あきらめるか。彼は究極の選択に迫られていたのだ。

 もちろん、メルーファだって大切な祖父のためにここまで来たのだし、その目的をなかったものにすることはできない。

 でも、苦しんでいる長を前にして、瞳目(どうもく)の実を分けてほしいとは言い出しにくい。

「オレ達さ、瞳目の実ってのがほしくてここまで来たんだ。緑の妖精族の長なら持ってるって、ドランの山にいるララカに聞いて来たんだけど、ある?」

「あ……ああ」

 メルーファが口にできなかった問いを、イーヴは世間話でもするように言ってしまう。だが、おかげで瞳目の実が間違いなくここにあることがわかった。

「じゃあさ、そいつらをブッ倒してリザを取り返して来たら、その実くれる?」

 その言葉に、言い出したイーヴ以外の誰もが驚いた。

「リザを取り返すだって?」

「人間が妖精のために、危険の中へ飛び込むと言うのか?」

「木の実一つがほしくて、そんなことをやるだと?」

「まさか……口先だけに決まってる」

 あちこちで信用しきれない、という声がささやかれる。

「おい、イーヴ。俺達に相談もなしに、何を言い出すんだ」

 バルジェイルも、イーヴのいきなりの提案に抗議する。

「だって、そうでも言わなきゃ、コリザだってくれないと思うし」

「それはそうかも知れないけど、だからってどうしてここまで来て魔物退治なんだ」

「いやなのか?」

「イーヴ、いやとかって問題じゃないよ。さっきは何とかなったけど、次もそうとは限らない。ぼく達の腕が相手にどこまで通用するかわからないのに」

「お前ら、今になって逃げ腰か?」

 口調は今までと変わらないが、中身は辛辣(しんらつ)だった。

「ぼく達は逃げてる訳じゃ……」

「だったら、ぐずぐず言うなよ。オレ達は遊びに来たんじゃないんだぜ」

「それくらい、わかってるよ」

「……わかってない。お前ら、ここで瞳目の実が手に入らなかったら、他じゃ無理だってことがわかってないだろ」

「え?」

 言われた意味がすぐには理解できず、三人は思わず聞き返していた。

「ララカは、ここで実が手に入るかも知れないって言った。あいつはこれでも、一番優しく手に入れられる場所を教えてくれてるんだ。近くて、交渉次第ですぐに手に入れられる所を。他の場所にも実はあるだろうけど、遠かったり入手が困難だったりするんだ。メルーファだって、いつまでもじいさん一人を家に放ったままにはしておけないだろ。のんびりしてられないってことだ。だったら、ここで確実に実を手に入れなきゃいけないんだよ」

「ララカが一番近い場所を教えてくれたってことが、どうしてイーヴにはわかるんだ?」

「そうだよ。イーヴだって、そんなにララカと親しい訳じゃないんだろ?」

「メルーファを気に入ったからって、昨日言ったろ。そうでなきゃ、いくつか候補の場所を挙げて、その中から適当に選んで行け、くらいは言ってる。もしかしたら、教えないって選択肢だってあったかもな」

 ララカと何度も会っているイーヴだからこそ、魔女が考えていそうなことがわかるのだろう。

 それにしても、ここで手に入れられなければもう無理だ、とは思ってもみなかった。

「あの、イーヴ。瞳目(どうもく)の実はあたしが必要なのに、これだとランフィスとバルジェイルばかりに負担がかかっちゃうわ」

「仕方ないさ。こいつらは魔法使いなんだから。それくらいのことは自覚してるよ。魔が絡めば、自分達が出なきゃいけないって。な?」

 ランフィスやバルジェイルが言いかけた文句など、どこ吹く風。さらに、今のセリフで駄目押しだった。

「メルーファが瞳目の実を取りに行くって言い出して、それにこの二人がついて行くことになった時点で、後はどういう展開になろうがこいつらの責任」

「イーヴ、わかった。もういいよ」

 これ以上言われると、どんどんプレッシャーになりそうだ。

「えーと……緑の妖精族の(おさ)コリザ。ぼくは魔法使い協会アビエンのランフィスと言います。ぼく達はあなたが所有されている、瞳目の実を必要としています。北の洞窟にいるグルーベを倒し、あなたの孫のリザを連れ帰って来たら、ぼく達にその実を分けていただけますか」

 さっきイーヴがコリザに向けたものより、ていねいで細かい内容の交渉をランフィスは始めた。コリザはランフィス達の顔を順番に見てゆく。

「わしはかまわんが……あの実にお前さん達が命をかける程の価値があるのかね」

 交渉を始めても、コリザはまだ戸惑った様子だ。

 たまたまこんな状況の時にやって来て、命の保証ができない魔物退治をすると言われる。連れ去られた孫を連れ帰る、という条件まで入っているのだから、すぐに返事ができない。その代償が木の実、という点も信じられないのだろう。

「グルーベとは違いますが、ぼく達も目的のためなら何でもしなければならないんです」

「それに、どっちにしろ、俺達もこのままここを離れるって訳にはいかなくなった。仲間が妖精達の所へ行ったまま戻らないと気付いたら、グルーベはきっとまたここか森へ来るはずだ。仲間が殺されたと知れば、それをしたのが妖精ではないと言ったって、そういう奴は聞く耳を持たないだろうしな」

 そうなれば、今度こそ妖精達は皆殺しに近い目に遭う。森もきっと壊滅状態になるまで焼かれてしまう。

 仲間を殺したのが人間だとわかれば、その報復をしにランフィス達の後を追ってくるかも知れない。街や村へ現われ、関係ない人達が傷付けられたり、殺されたりすることも……。街には多くの魔法使いがいるが、そんなことはお構いなしに現れることもある。

 イーヴが、そして魔法使い達があの魔物達に手を出した時点で、彼らはこの件にどっぷりと関わってしまっているのだ。

「わかった」

 長は静かに頷いた。

「魔法使いランフィス。北の洞窟にいるグルーベやその仲間を一掃し、孫のリザを連れ戻すことができれば、わしの持つ瞳目の木から好きなだけその実を持ち帰るがいい」

「よっしゃ。交渉成立。ランフィス、バルジェイル、すぐに出発しようぜ」

 時間を無駄にはできない。少しでも早く実を手に入れて戻るには、少しでも早く出発しなければ。

「その少女はどうするかね。魔法使いではないようだが」

 メルーファの周りには結界が張られているので魔法の気配がするが、彼女が魔法使いであるかどうかくらいは妖精達にもわかる。

「あの、あたし……」

 メルーファには何もできない。魔物に攻撃するどころか、自分を守ることさえできないのだ。

 しかし、ランフィスはきっぱり答えた。

「一緒に連れて行きます」

 その言葉に、メルーファは目を見開いてランフィスを見る。

「あなた達はさっきのようなことがあれば、自分を守るだけでも大変でしょう。ぼく達の近くにいる方が、彼女を守ることができます。それに、彼女は仲間ですから」

 ランフィス達がいない間に、また魔物が来るかも知れない。いくら結界があっても、それが確実にメルーファを守ってくれるという保証はない。

 さっきの妖精達を思い返せば、捕まった仲間を助けることもままならなかった。それなのに、人間のメルーファを守ってくれと言ってもまず無理だ。

 これから行く所は魔物の巣窟。どんな危険が待っているかわからない。

 だが、少なくとも魔法使いがそばにいる。何かあっても、彼女を守るために自分達で動くことができるのだ。

 それなら、置いて行くより一緒にいる方が絶対にいい。

 ランフィスの言葉を聞いて、妖精達の顔もどことなくほっとしているように見えた。

 リザの奪還と引き換えにメルーファの保護を求められても、自分達にできるとは思っていないだろうから。

「そうか……。では、どうかリザを頼む。あの魔物から救ってやってくれ」

 コリザはそう言って、頭を下げた。

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