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立体地図


   ◇ ◇ ◇


「おかえりなさい、ハルトさん」

 洗い桶を担いだ少女が迎えてくれた。

「ただいま。美味かったよ。

 ところで宿泊の代金は、魔石や魔道具でも問題ない?」

「食べ物でもいいですよ。お米希望!」

「米はないな。罠猟が許されるなら、肉はとってこれるが」

「罠猟ですか? 村のひとそれぞれ領分があるんですよ。ヒビコルさんがそっちの仕切り人なんで、あとで尋ねてみてください」

「ヒビコルさん?」

「昨日お兄さんと話していた片足のひとです。今はお父さんと一緒に、お葬式にいってます」

「そうか… いまビールを所望してもかまわないかな?」

「いいですよ。おつまみはどうします? 乾き物か漬物だと助かるんですけどー」

「それでいいよ。お任せする」


 少女はパタパタと動き回る。ハルトの要望をかなえると、外へと桶をもって出て行った。既に午後の空気だが、けが人の衣服を洗いに行ったようだ。


 知人であったろう者の死に淡白なようだが、ダンジョン脇の集落などこんなものだ。死は日常であり、人は入れ替わる。短く真剣に祈ったら、あとは忘れる。死んだものより生きた怪我人の世話が大切である。


 ゆっくりと午後の飲酒を楽しみながら、少女の独楽鼠のように動くさまを眺めていたが、一息入れたところで尋ねてみた。


「君はここに出る魔物について、いくらか知っているのか?」

「ウィンティアです。魔物ですか? 魔物の何についてでしょう?」

「珍しい呪いをかけてくると聞いてね。レベルに関わるという。どういうタイプがそれをしてくるのか知りたいんだ」

「えーと、ちょっと待ってくださいね」


 どこからか彼女は一冊の紙束を持ってきてめくりだした。


「すごいな。ウィンティアは字が読めるのか」


 紙の一枚一枚に繊細な筆遣いで魔物の絵が描かれ、文章が付いている。

 ハルトは文字を習っていない(書記技能を天から授かっていない)ので、読めはしない。

 それにしても随分丁寧に薄く伸ばした皮だと思った。


「お父さんから習ったのですよー。あまり得意ではないのですが」

(もらった技能が半人前以下というのも珍しくないからな。授かりものに文句を言うものではないというけれど)


「レベルの恩恵の少なくなる呪いは、この蝙蝠みたいのが一番使ってくるみたいですね。

 冒険者のうちでも魔術師だったひとがゾンビになったあと、使ってきた例もあるようです。まれですけど。

 首提灯という魔物がいて、これが使ってくることもあります。魔術全般が得意なので、不確実ですけどね。

 あとは魔道具を拾ったら呪われるケースですねぇ」

「ふむ。この蝙蝠、これがどのあたりに住むか分かるかな?」

「地図がありますので、見てみましょう」


 壁際に誘うので、立ち上がってビールは置いて近寄った。地図のような貴重なものにこぼす可能性はあってはならない。


 箱が台の上にあったので、中に紙束でもあるのかと思っていた。


 箱はフタであった。中は立体模型である。


「なんだこれは?」


「お父さんが何度か中に入っているのですよ。歩いた道を覚えて、形にしたのがこれです」

「とんでもないな。こんなことができるなんて。世の中にはこれを可能にする技能があるのか。

 いや、ここにある飾り物を造る技だな。こういう使い方ができるのとは」

「錬金術師は手先が器用でなくてはならない、んだそうですよ。私には全然できません。絵のほうはまだ頑張ってるんですけど」

「山向こうの技能ということだね。こちらの人間でも学べるのだろうか。それとも神が土地ごとに別の技能を寄越しているのか?」

「えーっとですね、」

「お、この範囲には覚えがある。俺が今日歩き回ったのはここまでだ。狭いな」

「紙に写しましょうか? 立体を平面に書き写すので、少し分かりにくくなりますが」


 ウィンティアはなにかいいたいことがあったようだが、客の要望にまず応えることにしたようだ。


「紙は高くないか?」

「これはお父さんの作ったものですけど、安くはないですね。テラの葉もありますけど?」


 テラの葉は簡便だが細長く、手紙には向くが地図だと怪しい。

 代金に魔石をいくつか渡し、紙に書いてもらうことにする。

 その間に立体化された洞窟内を、よくよく睨んで記憶もする。


「それで蝙蝠がいるというのは?」

「この幾分広くなった当たりですね」

「魔道具は落とすのかな?」

「魔石ばかりみたいですよ。でも蝙蝠が騒いでいるときに、他の魔物が寄ってくるので、そちらは落とすかもしれませんが。

 さらに奥のこのへんだと、呪いほどきの魔道具を落とす大亀がいて、これは高額で買い取ってもらえます。

 しかるべき場所に行けば」

「ここには買い取り屋はいないのか?」

「前はいたんですけどねー。冒険者の数が減ると商売が成り立たないそうで」

「む。今この集落には何組の冒険者がいるのだ?」

「お兄さんを除けば二組ですね」

「なかなか先細りのダンジョンだな」

「荷運びの方だけ生き延びてたチームもありましたが、護衛を頼んでたら昨日… 外にアヤカシが出るとは思いませんでした。

 食べるだけなら、出て行った人たちの畑も使えるようになるんで、なんとかなると思うですけどね」


 ダンジョンの魔物が外に溢れるようになるなら、畑仕事も危ないということである。


「できましたよー。どうでしょう私の渾身の一作っ」

「うん? ここが? こうなって。これはこういう意味か。あー、そうだな、見比べると。うん、わかる。よくできてると思う。ありがとう」


 子供はほめて育てる。

 半分くらいは地図を含めて書き物を見た機会の少ないハルトのせいもある、理解が遅いのは。


「紙代とは別に、礼をしなくちゃな。まだ氷砂糖があるから食べてみな」

 収納魔術から菓子袋を出す。

「何ですかコレ? いい匂いがしますね」

「以前潜った廃屋風のダンジョンで得たものだ。そこにある陶器の小箱にいつの間にか入っているもので、香りは一緒にあったチョコというのから移ったものだな。そっちはうますぎて喰っちまった。

 残ったこのキラキラしたのも、舐めると甘いぞ」

「へー、ほー」

「疑うならどれでも一つとって、俺の舌に乗せな。齧って見せるから」

「はい、どうぞっ」

 いわれてすぐ、少女は一つ摘むと差し出した。ハルトがそれを舐めとる。

「指は舐めちゃだめですよっ」

 しばらく口の中でモゴモゴやり、舌を出して確かにあることを示す。次にゴリゴリ噛み砕く。

「どうだ、毒などないぞ」

「ふーん…」

 難しい顔をしてうなり、しかし気になるらしく一つ拾おうとして指先が濡れているのに気付き、左手で今度は摘んでみる。

 あまり知らぬ人からの貰い物を、すぐ食べないのは正しい事である。


 だが結局好奇心に負け、口にした。


「ふぁーっ、口が焼ける! 甘い! なんですかこれ、美味しーい! ああ、いいなあ、これが出るダンジョンに住みたい!」

 目を見開き、二つの頬に手を当ててくるくる回って驚いている。


「いや、死ぬだろ。

 残りこれだけだから、片手一掴み持って行っていいぞ」

「ありがとうございます!」

 皿を持ってきて、なるたけ大きく手を開きつかみ取る。そして粒の数を数えた。

「 …あの、もう二粒頂いていいですか? 村のみんなに配りたいので…」

「え? ああ、いいぞ。おまけだ、もう一つかみ持っていけ」

 悲しげに言う彼女に、一人で食べるものと考えていたハルトは、戸惑ってそう答えた。

「ありがとうございます!」

 手早く追加を重ねると、にこやかに一礼して、慎重かつ急ぎ足で皿を捧げて奥に入っていった。

 怪我人たちに配りに行ったのである。


(ふるさとじゃあ、喰い物なんて取り合いだったけどなあ)

 ハルトの故郷とて譲り合いがなかったわけではない。

 孤児から養子に、次いで厄介者に堕ちたハルトが、毟られるばかりだっただけである。


 ビールで口の中の甘味を流し込んでいると、ウィンティアが戻ってきた。

「村のみんなに配ってきますねー」

「まてまて。その前に地図の説明をしてくれ。片づけ方も俺には分からん」

「そ、それもそうですね…」


 皿にフタをかぶせて気を付けて棚にしまうと、ハルトの方を向く。

「では次に何を説明しましょう。

 そういえばなぜ呪いについて?」

「掛かりたいんだよ」

「ええっ? 昨日もそういう話が出ましたけど、てっきりヒビコルさんのタワゴトだとっ」

 信用がない中年である。

「嘘偽りではない。俺はレベルが低いけど、天与の技での戦士や狩人の才は高いんだ。活かすにはレベルの影響をなくす呪いは都合がいいんだ」

「うーん、じっくりレベル上げしたほうが結局はいいと思いますけどねえ。それに魔物が狙った呪いをかけてくれるとも限りませんよ。

 確かにコウモリはそればかりとは聞きますが…

 むしろ魔道具から選んでその呪い持つのに引っかかったほうがよさそうな?」

「その手があったか、そういえばそうだな。

 しかし魔道具自体そう出るものではないのに、狙った呪いを持つのが出るまでまつのか」

「いえっ… いまから買い取り屋さんに行きましょう」

「ん? さっき集落から出て行ったと言ったような?」

「その空き家です。残したものは好きにしてくれと言っていましたから、きっと扱いに困る呪われアイテムは、捨てていったに違いありません。そういう方でした」

「結構辛辣だなおまえ。だがそれで手に入るなら助かる」

「ウィンティアです」

「ウィンティア」

 ハルトは残りのビールを飲み干し、立ち上がった。



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