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ランバク村長


   ◇ ◇ ◇


 救援隊とともに戻った先は、山に囲まれた川沿いの、それなり小高い丘にある数十軒の家屋からなる小集落で、これは目的地だったダンジョンのいわば門前町であった。


 集落の周囲を大人の背丈の一人半ほどの高さの防壁が囲んでいる。

 その外を薬研堀が囲い、斜面は草木が切り開かれて見晴らし良くなっていた。


 出入りできる門は一カ所だけだ。

 そこから下る道が分かれて一方は洞窟に向かい、もう片方は小川に沿って下り見えなくなっている。


 最盛期には二百人近くが暮らしていたのではないかと見えたが、今は過疎化が進んでいるようで空き家が多い。



 そのうちの古くて大きな宿が少女らの目的地であった。


 宿のあるじというのが実に異相醜悪な老人でハルトを驚かせた。

 

 顔が広くて平たく、目や口は小さく、あばたやシミが迷彩になって見分けがつきにくい。サイケなヌリカベのようである。


 名をランバクという。


(これほどの悪相で人を相手の商売とは。向かないではないか)

 第一印象で軽く見られるハルトだが、己が人を見るときには同様にしてしまうもののようである。


 とはいえ老人の怪我人を扱う様子は丁寧で、ハルトの処置にも感謝していたし、周囲からの信頼も厚いようであった。

 少女はずっとその裾を握って不安そうにしたり、兄弟分を励ましたりしていた。

 見た目と異なり善良な人物なのだろう。



「助けてもらったうえ失礼なことをうちの子が抜かしたようじゃな。済まんかったわ」

「気にはしてない。忘れてくれ」

「感謝の気持ちを銭にしたいのだが、見た通りの貧乏暮らしでのう、一月の間宿賃無料、飯を出すゆえ、それで勘弁してもらえんか?」

「頼まれてしたわけじゃなし、たまたまオークを斬ったら、人助けになっただけだ。宿賃は払うよ。

 ただ、感謝してくれるというなら、ここのダンジョンについての情報を教えてくれたらうれしいね。とくに呪いについて」


「呪いか。ここの呪いは珍しいものだが、どなたかかかったのかな?」


 一通り仕事が片付いて、今は玄関も兼ねた食堂で、宿の者が作った夕餉をもらっているところだ。

 山鳥の肉と山菜の炒め煮、雑炊と漬物、ビールである。

 ビールの出来がなかなかに良い。


 相手をしてくれるのは宿のあるじ、異相の老人ランバクと片足の中年男ヒビコル。

 治療に備え控えているべき人物と、足の悪い二人である。


 他の大人は、行方不明となった子供を探し求めて、今はいない。


「ムラオサがその呪いを使いこなしているから、本人から聞きたいんだろう。

 この爺さんは名の知れた山越え者で、偉業の達成者だ。

 山向こうの知恵で作った薬や細工物は本物だぞ。この義足も造ってもらったんだ」

 無精ひげの中年男ヒビコルが、老人を示しながら、片足をあげてそう言った。

 異相の老人は村長でもあるらしい。


「山越え者? 山向こう?」

「ん? きいたことはないか?」


 常識であるらしい。

 残念なことにハルトは、コネもなければ人付き合いもよくないので、世間にうといところがある。


「わからん。教えてくれ」


「これは教えがいのある若者が来たものだな、ランバク村長」

 片足の不精髭は二カリと笑った。


 ヒビコルの内心では、こうしたことを知らないのは、ハルトがよほど疎外された生き方をしてきたのではないかと想像し、それはまた正解でもあったが、わざわざ指摘して藪をつつく様な男ではなかった。


「山越え者はなにごとか偉業を為し、神である管理者に恩寵を与えられたものだ。人としての坂を一つ越えたとして、山越えという」


「由来には諸説ある。この世を囲む山々のむこうから、かつて来て知恵をもたらした人々がいたから、とかの」

 ランバク村長が補足する。


「この世を囲む山?」

「おい、それも知らんのかよ。

 高い山のてっぺんにでも登れば、見渡すと世界の果てを壁が囲んで見えるんだが」


「あー、あれは知ってる」

「その向こうに何があるんだろう、と思わんかったか」

「別にないな」


 なんと知的好奇心に欠けた、と髭の中年は呆れたが、世界の狭かったハルトは、まずその前に近くの山の向こうを知らなかったし、何が喰えるものなのかのほうに関心があったのだ。しかたない。


「じゃあ爺さんはその山を越えてきたのか」

「そうじゃない。何か管理者に認められることを成したものを、総じて山越え者と言ってるんだ」

「一番耳にする偉業は、ダンジョンコアを割ってくることじゃな」

「ふーん。物を壊すと喜ばれるのか」


「確かになんで喜ばれるんだろうな?」

 片足の中年は首をひねった。


「そのへんはわからん。

 しかし重要なのは、成し遂げると天の管理者にまみえることができるという事じゃ。

 そのとき一つ願いをかなえてもらえる、こともある」

「こともある?」

「そのへん気まぐれのようでの」


「そうしたおりの願い事として、管理者に直接質問したり、天の本をお借りしたりもできる、そうした偉大な方々のおかげで、世の中は進んでこれたんだ」

「へー。そりゃあ大したもんだ。村長さんもやったのか」


 命がけの報酬で得た知識を世間に広めるなんて、立派なことだとハルトも思ったのだ。


「いや、まあ… わしが錬金術などについて学んだは事実じゃが…

 最初からその願いをするものは、いないわけではないが少数であろうと思うぞ。

 ほかにもありがちな願いとして、不老とか、転生後にも記憶を残すとか、自分だけの異能を望むとか、そうしたことを得たあとじゃな。知識は」


 村長が少し熱を冷ますようなことを言う。


「自分だけの異能か。それは夢があるね」


「というより、管理者が、他人と同じ異能を望むような奴にはやらん、と言っとるのだな」

「え。それはなんというか」

「ヒトの創意工夫や詭弁を楽しむところのあるお方じゃよ。

 時には要望そのままでは面白くないと改変されたり、この種のものは以後禁止、と類似の願いを禁じることもある。

 異能に関しては、一度選んだら替えられんし、追加も許されん」


「自由自在だなあ。その管理者って」

「神様だしな。神殿で崇めてるのはこの方だぞ」

「レベルアップや転生後の記憶残しは、異能とは別に望めば得られる。

 質問や本の閲覧も何度もできるな。そのたび命がけだが。

 不老は異能扱いなれど、これは結構な人数に認めとる。ただし何歳で止まるのかは、管理者の気分次第じゃ」


「この村長も不老だぜ。何百年もこのままらしい」

「爺になってやっと老けるのが止まったわ」


「そうきくと、結構微妙」


「百やその上に設定されて、不老になる前に老衰で死ぬのもいるんだろ。まだましだ」

「年をとらんと言っても、病や怪我でコロッと死ぬしの。そこまで有り難いもんでもないぞ」


「でも若いころは偉業を為すほど凄かったんだろ。そのときの頑健さが残ってる」


「いや、わしは今生でダンジョンコアを割ってはおるが、それは不老になってから随分鍛えた後の事よ」

「え?」

「最初に異能を得たのは前世のわしじゃ。

 それが記憶の持越しと不老の異能を得たあとで死んだようでの。

 記憶と一緒に異能も持ち越されるらしいわ。

 長じるにつれだんだん前世を思い出したが、今世のわしは爺になって年が停まるまで、ただの凡夫であった。

 今じゃ何度か管理者の図書室から、本を借りるようにはなったがの」


「ああ、そう言う事もあるのか。

 でも村長は、前の自分を思い出して、自分がどっちか混乱しないのかい?」


「前の記憶を思い出すのは、レベルアップ進み具合に従っておる。これをあまり早く進めると、以前の記憶に押し流されて、いわば乗っ取られるようなこともあるようじゃな。

 というより、この恩寵を求めた前世のわしは、転生後そうするつもりでおったわけじゃが、幸いわしはのんびりとしか上がってこんかったからな。

 前の人生はあくまで思い出とか、芝居を見たようでしかないの」



「そういやあ、お前さんは東から山伝いに来たそうじゃないか」

 片足の男が干物を肴にビールを啜りながら、話題を替えて問うてきた。


「そうだな。聞いていたよりひどい難所だったよ」

「三年前に崩落が起きたんだよな。およそ人の通れる有様じゃないんだが、たまにあんたのように生き延びるのがいる」

「生き延びるとはひどい言い草だぞ。教えてくれたら通りはしなかった」

「東の村はこのダンジョンへの通り道で稼いでいた面もあるからな。村丸ごとで口をつぐんでいるみたいだぞ」

(盗賊宿としていることが変わらん)


 うっかり戻ったら始末されていたかもしれん、とハルトは考えた。

 衣食たらざれば礼節を失うのである。


「だがおかげで村の子供が助かった。お前さんには災難だが、これも天のはからいだ。ハッハッ」

「 …そういえば無人の家がそこそこあるようだけど、寂れたのは道が壊れて冒険者が来なくなったせいか?」


「おもな原因は、崩落で川筋が変わってしまったせいよな」

 老人がぽつりと答える。

「下の平地に集落があり、わしらにとっての玄関口なのだが、水利が悪くなってしもうて人が逃げ出しておる。

 船便もこれんようになって、冒険者もわざわざ来るほどのこともない、と敬遠しとるようじゃの」


「取り合いにならずに潜れるという利点はありそうだな」

「そういう理屈で来るものはまだおって助かっておる。

 とはいえ諸色高くなっておるから、それも人の来ぬ理由じゃな。

 米や布はよそから仕入れねばならぬが、ふもとは先の事情でむしろ米不足、残るは西北に山を越える道があるが、都に繋がるものの、人はともかく荷を運ぶには難しい。

 ダンジョンで得たものを金に替えるにも今は手間も日もかかるでな」

「ふーん…」


 ハルトはわけあって収納魔術を数多く覚えている。

 だが仕舞い込んだものの重みはハルト自身にかかるので、格段に多く荷を運べるわけではない。

 高額な小物を運ぶには向いた才能だが。


 ちらりと自分が荷運びの仕事するさまを思い浮かべたが、多少常人より条件がましになる程度、と心で首を振った。


「加えてここの呪いは面倒くさいからな。もともと繁盛していたわけでもないんだ」

「とはいえ崩落のあと集落の七割は立ち去ってしもうたわ。寂しゅうなった」


「呪い? そうだよ、もともとそれを聞きたかったんだ」

「そういえば話がずれたのう」



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