おわり
◇ ◇ ◇
「また随分上達したな」
ハルトはウィンティアの描く人物画を見てそう言った。
「まだまだ。お父さんの顔そのままに描くの。忘れるつもりはないですが、忘れるものだとみんないってますからねっ」
机にしがみ付いたまま、少女は答える。
涙はもうこぼさない。心の強い娘だ。
(あの爺さんの顔、落書きみたいだったがなあ)
とはさすがにハルトも口にしない。
「それはさておいて、もうしばらくしたらお前の呪いも解くからな。怪我した連中は大概治したから」
「まだゆっくりでいいですよ。山向こうの技を極めます」
「花粉症がひどいからさっさと終わらせたいんだって」
あのあと村中をまわって山賊のまだ残ったのを始末し、宿に戻ってランバク老人の死を告げた。
生き残りの悲歎は甚だしかったが、どうなるもんでもない。
それよりまともに動けるのがもはや老幼しかおらんのが問題だった。
最後に村長と敵対はしたが、村人の幾分かとは仲の良いハルトは、結局ある程度立て直しができるまで、村に残る気になった。
あるいは誰かがランバク村長の死の真相に気付くまでは。
(そのため村で見つけた山賊残党は、捕えず殺し尽した)
そして手元に残った魔道具、呪われて花粉症になるそれに付いて偽った。
これには人を癒せる機能があった、数日に一度それができる、それを見つけた、ということにして、異能で負傷や呪いを治していたのである。
もちろんレベルが足らないのだから、たちまち全員を癒す、などのことはできず、村長の言う通りヤケドの被害者はほぼ息絶えた。
(それでもあの争いがなければ四~五人は救えたかな。爺さんが勝ち残れば全部助かったろうけど)
この魔道具については、「使うたび傷むようで近く壊れると思う」とは公言していて、一通り負傷者が癒えたら、もう一つ残った解呪の魔道具で呪いを解いて壊すつもりでいる。
普通なら「なぜこんな貴重品を壊すような真似を」と文句も出そうだが、その手の出しゃばり傾向ある村人は、彼から魔道具を取り上げて自分が使ってみる、という選択をした結果、全員花粉症になっており、早く魔道具が自壊しないかなと希望してる状態なので、クレームはでないはずだ。
なお、そうした人々には一人もハルトのように快癒の効果を見つけたものはいないが、「なにか条件が足らないのだろう」といえば、そんなものかと納得している。そうした条件付けもままあることである。
ハルトの消耗するレベルに関しては、日々の罠猟で補充がされている。また初期には、捕えた山賊の処刑という形で補充もできた。このため何日か生かされた囚人もいたのである。
このとき火吹き小男から、どうやって安全に呪文を手に入れたか聴いたりしたのだが、まあその辺はいいだろう。
食堂の壁際に飾られたランバク老人の細工物を眺めながら、その優れた技量にあらためて感心しつつ、それを伸ばすのに多くの時間が費やされたことを思えば、早くレベルの恩恵を受けられる状態に戻りたい者が多いのは普通だよなあ、とハルトは思った。
いまのところ解呪を後回しにしてほしいと言ってるのは、ウィンティア一人である。
誰もがいつ、快癒の魔道具が壊れるかと戦々恐々していた。
そんなことを考えていると、外からヒビコルが声を掛けつつ入ってきた。
「王都のほうじゃあ、あのコウモリのせいで、ずいぶん呪われたものが出たらしい。解呪の魔道具の需要が凄いと、やってきた冒険者が話してるよ。この宿も再開だぞ、ウィンティア」
ヒビコルは快癒の魔道具(ということにしてるハルトの全快の異能)で脚が戻ると、驚愕し狂喜した。
そして今や村の再建のため走り回っていた。
この苦難の時に自分が回復したのは、天が死せる村長の意を継げと示したのだと考えたのである。
「働かざるもの食うべからず、だものね。わたしも頑張るよー」
「いや、おまえ呪い解いていないから、メシ作り不味くなってるだろ」
「姉さんたちもいるからどうにかなります! 後ろ向いた発言はしない!」
ハルトのツッコミにぴしゃりと言い返す。
カラ元気でも、明るさは取り戻してきている。
そしてまた、ランバク老人の育てた孤児たちのうちから、故郷の苦境を知って戻ってくるものも出てきている。
単に移住先で生活苦、というケースも有りそうだが。
それでも村を維持するのに人数は必要だ。
「ふもとの混乱もあるし、小刻みに解呪の魔道具を集めるより、ダンジョンコアを叩き割りに来る英雄も出そうだな」
「冒険者からすればこれは稼ぎ時だからなあ。この土地の物価が高くなったとして、それは魔道具売るときに上乗せすれば済む。
空気の読めない善人は背中から刺されるもんだ。
よし、妙なことを言う英雄志願がいたら、宿の飯に下剤混ぜて」
「しません。
経営者としてお客を裏切る真似は絶対しませんよ!
ギリギリまではダメです!」
怪しげな策謀を口にするヒビコルに、幼い女将が道義を説く。
微妙に腹黒さがあるのがよい。
ウィンティアとヒビコル、あとはエナやガキ大将らがいるし、ハルトがいなくなっても村はやがて回復するに違いない。
「ウィンティア、今度洞窟についてこいよ」
「デート? 二股はよくありませんことよ。それともエナ姐承認済み?」
「まずエナと繋がってないんだが。
そうじゃなくコウモリの呪いを浴びに行くんだ。
半日も受けていれば多分あの呪いを小技として学べるんじゃないかな。
そしたら好きな時に自分に掛けたり解いたりできるようになる」
「なるほど! ん? 自分に掛けた呪いって自分で解けるの?」
「例えば俺の麻痺呪文は、俺が思えば解けるぞ」
実際には呪いも使いこなしているが、それについては口を濁すハルトである。
「じゃあお願いね、お兄ちゃん。それなら毎日かけなおして、絵の練習ができるなあ」
「物好きだよなあ」
少女の喜びに罠師が呆れるのを眺めつつ、これ以上居心地よくなる前にここを出よう、とハルトは思うのだった。
[完]