最後にもう一勝負
◇ ◇ ◇
「すまねぇ、洞窟からコウモリの群が出て、それに鳴かれたと思ったら腕が鈍っちまって。『慣らし』をするよりさっさと連中倒すべきだった」
門に寄って義足を引きずりながら謝るのはこの村の狩人、ヒビコルである。
足元にはひどいヤケドの村人が苦鳴をあげて横たわっている。
「いつ洞窟が溢れるかは知りようがなかったのだ、気にするな。今はこの状況を利用することを考えよ。
それよりまだオヌシ、即死の毒矢は残っておるか」
防壁の上からランバク村長が声を掛けた。
丁度ハルトが対した山賊ボス格を倒した頃だ。彼はそれを見ていた。
「そっちは残ってねぇが、痺れ毒なら節約して五~六人分…」
「ではここに登ってそこの衆を守っておってくれ。わしとハルトで村に散らばった山賊どもを片付けてくる」
「二人で平気か?」
「あの呪いのコウモリは、村中をヒト撫でして立ち去ったからのう。呪いでいきなり下駄を外されれば、すぐに馴染めるものでもない。オヌシもそうなったようにな。
わしら二人は呪いに掛かりッパのほうが慣れとるくちよ。では行ってくる」
「ハルトよ!」
老人らしく慎重ながらも素早く防壁から降りてきたランバク村長が声を掛ける。
ハルトはほんのわずか顔をしかめた。わけはある。
「それで? どうする…?」
「むろん残党狩りじゃ。わしとオヌシで最も腕の立つのは血祭りとした筈じゃ。残りもんを片せば、村も元に戻れる」
「火を噴くのがいたが」
「あれはヒビコルが麻痺させた」
「そうか。じゃあもうすぐ大団円だな。もう一働きするか」
その後は手早く済んだ。
村人残軍は村長の宿に逃げ込んでおり、山賊主力もそれを包囲していた。しかしそれは指導者を欠いたもはや烏合の衆である。
ハルトとランバクがそこに、ボス格の生首を槍の先に突きさしておめきながら駆け込むと、大いに驚き切り伏せられていったのである。
「全く、きちんと奇襲しておけば一網打尽だったというに。脅しから入っては逃げてしまうではないか」
「逃げる相手を背中から撃つのがいいのさ。奇襲はときに立場のわかってない相手の猛反撃を食らうことがあるからな」
このあたり、ランバクとハルトが何を大事に思うかの差である。
老人は村の完全な安全を希求しており、ハルトはまず自分の命を第一としている。
山賊を追い散らしたあと、門前に在ったヤケドの村人たちが宿に運び込まれる。その様を見るランバクの表情は、いかにも痛ましげであった。醜い風貌ながらそれは見て取れた。
「では彼らにはまだ宿に籠ってもらって、こちらは取りこぼしを拾おう」
「そうさの」応じる村長。
それぞれがまず宿で武装を改めた。
追いかけ見出した残余の山賊の、手足や顎を撃ち割りながら駆け回り、しばしたって宿から離れた人目に付かぬところで、ハルトが振り返り尋ねた。
「この辺で済ますか」
「うーむ、見抜かれるものよのう…」
「俺の武芸は門番の流儀だからな。門番が自分に向けられた悪意を見抜けないということはない。仕事にならん」
ランバク老人は「フゥ。」とため息ついた。
「オヌシには頻りと頼りっぱなしで、済まん事と思っとる」
「不思議じゃあるんで、理由は聞けるかな。嫌なら別にいいんだが」
「わしの異能が不老であると言ったこと。あれは嘘じゃ」
「ふーん?」
「まことは死んだ異能持ちの魂を捕え、異能を奪う事じゃ」
「ああ、何年も赤子のままなのを預かったと言ったな。あれか」
「あの子の魂はすでに解放した。次はオヌシのを貰いうけたい」
「やはり見てたんだな」
「最初からあるいはとは思っとった。
オヌシの前世が転生したなら、異能の性質からして、レベルの制約から無縁になれると聞けば必ず来るはずと予測できる。
とはいえ過去の記憶が表に出てきたならともかく、まだそうでないなら手を出すつもりはなかった」
「じゃあ見逃さないかい? 俺はそんなにレベル上げる気はないんだし。前世を思い出さないまま日を過ごしそうだ」
「だがオヌシの快癒の異能を使えば、あの焼かれた村人を救えるのだ。拷問を受け不具になったものも助けることができる。オヌシを逃がすわけにはいかん」
「まあそう考えるよな。一応訊くんだが、俺に頭を下げて治療を頼むこともアリなんじゃないのか?」
「ヌシはレベルが足らん」
「ん?」
「ヤケドの者は何日も持たん。すぐに癒さねば苦しみ抜いて今日明日にも死んでしまう。助けるためには癒しの回数がいるのだ」
「なるほど。俺の善意だけじゃ届かないわけだ」
「それにオヌシは、皮をむかれた娘を癒そうとはせんかった」
「そういやそうだな」
ハルトとて、無残な有様となった少女に同情してないわけではない。この村を発つときひそかに異能を使おうかとは思っていた。
しかし彼女の苦痛より自身の守秘を上に置いたのは事実だし、必ず癒したかといえば、結局そのときの状況に寄ったろう。
ランバクは少女のことを恨み言で言ったのではない。見ればわかる。
ただハルトが、人助けに動くとも限らない人間だと指摘したまでだ。
それは事実であり、ハルトも納得がいった。
もっとつまらない、欲深な理由よりわかるというものではないか。
「じゃあ」やるか、という言葉の前に両者とも攻撃を開始した。
ランバク老人は宿で武器を片鎌槍に替えていた。背には弓を負っている。
巧みにその槍を振い、また連続で突き立ててきた。
ハルトは愛用の長巻で対抗し、小楯を左腕に付けるが、撃ちあうと技も体の出来も老人のほうが上なのに改めて驚く。
何百年も生き、技を仕上げてきたのは真実らしい。
加えて手入れをされぬままの土地に草が長く伸び、余所者のハルトには足元に不安があった。
ハルトが距離をとって腰籠からつぶてを投じると、返しにボーラを投じてよこす。何とか両足に絡まるのは避けたが、片足に纏いつかれ邪魔になる。
「こういう小道具は山賊狩りの間に使う機会が多かったろうに。使い切っとけ」
「切り札は残しておく主義でのぅっ」
ランバクが大振りしたかと思うと頭蓋を打ち砕く勢いで槍を振り下ろしてきた。
とっさにハルトが長巻で受けるが、そのとき片鎌槍の鎌あたりになにか絡んでいるのに気付く。
もちろんすでに遅く、フレイルの打撃部のように小袋がハルトの頭を打ち、中身の黒粉が飛び散った。
ランバクが小袋の口紐を槍に絡め、大振りの遠心力で先に送って鎌そばの飾りに引っかけていたのである。
(手品かっ)
そういえば随分器用な御仁だったと宿の細工物を思い出す。
慌ててハルトがレベルを代償に視界を戻した。いや戻らない。
負傷したのではなく、目の中に粉が入るだけなのだ。
異能を使えば目の中の汚れ・のどのつかえは消し飛ぶが、顔に髪にかかった黒粉がすぐまた入り込む。
その隙をついて寄ったランバクが右手を狙って手の甲から先を切り落とす。
「ちっ」
再び異能を使い、指を戻した。
視界もいったん啓ける。
負傷覚悟で突っ込もうとするが、片鎌槍の突きを何発か喰らい物理的に止められる。
中身はかなり抜けたと言え、まだ黒い小袋が先で揺れてて粉を散らし、邪魔で仕方ない。
見るとランバク老人はいつの間にか見覚えある面を付けていた。
眼の当たりはガラスか水晶のようだ。目つぶしで自爆はしそうもない。
(やれやれ準備の良いこと)
「堅いのう、オヌシ。槍の刃がはいらん。
恩恵にずいぶん耐久力を望んだのだな。
しかし心身の成長を望んだほうが、オヌシにはよほど役立つぞ」
ハルトの足元にマキビシを散らしつつ、ランバク老人はいう。
耐久力を伸ばすのは異能を使う回数が減らせるので、ハルト的には意味がある。普通なら。
ランバクは状態異常や手足の先を狙うので、タフであることの価値は減じてる。いや減じさせられている。
「もっと身軽でもっと膂力があれば、到底ワシでも捕えられんかったろうからの」
小ぶりの穴あき銅貨でつくったボーラがハルトの手足に絡み付き、もつれてマキビシの上に倒れた。細い糸だが力で切れない。ダンジョンの蜘蛛の糸である。
ランバク老人は懐からなにやら袋を取り出し地に捨てる。それを片鎌槍で突き破る。
でっぷりと濃い緑の粘液が絡み付いた。
「オヌシの倒し方は二つ。一つは一撃で命を絶つこと」
ハルトを縛ったボーラがふと消える。
収納魔術に取り込んだのである。
動きの戻ったハルトは、マキビシを気にせず転がって切りかかる。
それをランバクが柄で受ける。受け流して石突きでコメカミを薙ぐ。
ハルトはよろめいて地に倒れた。
「もうひとつは異能のもとを使い切らすことじゃ。オヌシのレベルは数えるほどじゃからな」
体の痺れに気付いたハルトはやむなく異能を使って全快した。
マキビシは毒に漬けこんであったのだ。
「嫌がらせが多くてまことに済まんが、早めに数をこなしてもらわんと爺の身が持たん。真正面から撃ちあうと、オヌシ相当頑丈で骨が折れそうでなあ」
振りかぶった片鎌槍が打ちおろされるのを盾を回してさける。が、それはフェイントで足指を飛ばされる。
「観ていると胴に傷うけてもそう治さんが、手足の欠損は意外とすぐ手当てしておった」
今度は治す前に、ハルトは無詠唱で麻痺魔術を撃った。
お返しに今度は胸に一撃を食らう。
「無駄じゃよ。わしの魔術抵抗は高いぞ。しばらく洞窟に籠って、あのコウモリの詠唱の雨を受け続けたからな。並みの魔術なら、たとえかかってもすぐ解ける。
それより魔術を撃つときの隙のほうが高くつくぞ。そういうのは壁なしで使うもんではない」
真実な助言か牽制か、それはハルトにはわからない。
とはいえ魔術を撃つとき隙ができるのは事実だ。
やむなくまた異能で負傷と毒とを快癒させ、転がって足首目指して斬りつけるが、ぬるりとした足さばきで避けられ、石突きで顔を払われる。それを避けたすきに長巻の腹を踏みつけられた。
とっさに武器を手放しその足首に手を伸ばす。慌ててランバクが飛び離れる。
明らかに狙いを読まれていた。
長巻を拾い、ようやくハルトが立ち上がる。
ランバク老人は新たに黒粉袋を取り出し槍にそえる。
くるりと大振りするとまた先の鎌に絡んでぶら下がった。
ハルトはてっきり手品の技能を貰ったのかと思ってるが、実際には練習の成果だ。
ハルトは小楯で視線を遮りながら、腰籠のつぶてを投げて牽制しつつ、次の手を探す。おっともう弾がない。
「どうもいけないことを考えておるようじゃな」
「いや、そもそも俺は戦う必要がないなと思ってさ。逃げてもいっこう構わない。あんたはこの土地から離れないだろうし、さっきの言葉が真実なら、もう日を置かずあの世に呼ばれるからな」
「そうしたことに気付かれんよう、早めに決着を付けたかったんじゃがの。しかたない、急ぐか」
ランバクが槍を大きく横に振った。槍先のどろりとした粘液が飛び散るのを盾をあげて防ぐ。
と、ハルトの両太ももに絡み付くものがある。
(釣り糸かっ)
黒粉袋だけと思ったら、これも槍先に仕込んだらしい。
そのまま槍先をこちらに突っ込んでくる老人に、収納魔術で取り込んだボーラをお返しする。あちらも脚に絡んで危うくたたらを踏み、小刀で断ち切る。
「ふむ。借りたものを返すのに、投げつけるのはよぅないぞ」
「じゃあ貸すときにも投げるなよ」
ハルトも糸を切り開くが、数本とりついた釣り針がじくじくと痛みを与える。
そのまま両者激しい打ち合いとなった。
流れはそのままハルトに不利となり、釣り針の毒が体の動きを鈍くし、掠る槍先の毒がひどい痛みをもたらし、黒粉が目と肺を潰していった。
ついによろけて前に倒れる。
「すまんのぅ。即死の毒があればよかったのじゃが、使い切った。宿には子供もいるゆえ、麻痺と痛みのそれしか準備しておらんのよ。
まだチャンスを狙っておるかもしれんが、此処から首を撃たせてもらう。
近寄って異能を使わせる気はないんじゃ…」
槍を振り下ろそうとしたランバクは、ふと自らの足元を見た。
そこの草むらに人肌色の蛇のごときものが一つ目で見上げていた。
指先を伸ばす指輪の効果である。
異能を使われ呪いを解かれた。
山越えの技をレベルにより抑え込まれたランバクが、ハルトにかなう目はもうない。