攻囲戦の終わり
◇ ◇ ◇
駆け付けると、既に門のうちの広場に、二人の解放捕虜が運び込まれていた。
(看病に数人とられる。神官の魔術では立てるようにならないな)
担架で運び込まれた彼らに村人が集まり手当している。手足が砕かれ、戦場の支えどころか、くらしの担い手に戻るのも難しそうだ。
壁上の武者走りを伝ってランバク村長の脇に行き、矢狭間から外を覗く。
この位置からだと村の門は左手になる。
食い違い虎口というやつで、門扉を破ろうとする敵は、門の上から横から背中から撃たれる。
さらに内部は「つ」の字にカーブした、ゆるい坂で壁に囲まれ、そう楽には突破できないはずだ。
ただし今は荷運びのため、門扉は開いているが。
前を見ると、こちらの矢が届くには少し遠い当たりで、村から持ち出されたであろう物資が山積みとなり、その前で山賊側と村の代表何人もが、喧々諤々渡り合っているようだ。
山賊側の交渉人は三人。うち二人は護衛だろう。軽装だが、でかくぶ厚い盾を持っている。飛び道具の様子はない。話しているのは見覚えのない小柄なのが一人だけだ。
遠くに目をやると、洞窟入り口前の広場に、残りの山賊が集まっているようだ。何かあっても門を閉じるには間に合う距離だ。
風は向かいから吹いている。矢戦には不向き。
交渉団にもいざというために守り手が四人付いていってる。
その分だけ防壁上の戦力が減っているという事でもある。
「結局、こうなったか。」
ハルトがランバク村長に言う。
「押し切られたわい。家族を大事に思うのはしかたない。」
「今後の計画は?」
「手数が足りんようになる。蓄えも減った。天助を祈るしかないのー」
「経験上良い選択じゃないぞ。
ウィンティアとエナのことは、ガキ大将には頼んでおいたが」
「いざというとき、残りの子らも面倒見てくれんか」
「そりゃ無理だ。あらかたの子はこちらのレベルを見て従がっちゃくれない」
周囲に目を配りながらのランバクとのやり取りは、村長のため息で終わった。
彼らの視線の先では、両勢の交渉がまた一つの決着を迎えた。
「じゃあこいつと同じ重さの俵を十二だ。それと漬物樽をさらに三つ。ロバを一頭。
それであの泣いてたガキの母親を解放してやる。
あとは俺たちが荷物を持って立ち去るときに、残りの虜を置いてってやるよ。
言いたいことはあるか?」
「ねぇ。偽るんじゃあ、ねぇぞ」
「よっしゃ、いい取引ができたぜ」
山賊側の小男が邪気なくおおらかに手を打って笑い、村側の代表が苦い顔をする。
「よし、ここまで何度かのやり取りで、お互い信頼も築けたと思う。最初からこうしてくれてりゃよかったんだが、いったん掛け違うとな。無駄に拗れちまった。
ま、そのことは水に流そう。
俺たちは信じあえる。その証に、荷を受け取る前に、あのお姐さんを解放しようじゃないか」
ちょうど戻ってきた、裸の女を連れた山賊一行をみて、小男がそう言った。
「む」
村の代表が、その言い分に戸惑うが、脇にいた衆がうなずく。
「テルボに母が戻るならなによりだ。これ以上なにかあるべきじゃない」
「そういうこった。これ以上何もないようにしたいのさ。こっちもなあ」
小男はそういって、腰に下げた矢筒に差した何本かの旗から、青いのを抜いて差し上げ、ゆっくりと振った。
あらかじめ決められていたと見えて、女づれの一行は立ち止まり、裸女の綱を切った。
「行け。帰れるとよ」
言われた女がよろよろと進みだすと、一方防壁の上から飛び降りるものもあり、たちまち駆け寄っていくのはテルボという少年である。
女の脚も幾分速くなり、子供が駆け寄りしっかと抱き合うその姿に、みていた村人涙をこぼさぬものがなかった。
「なんとも感動的なシーンだね。これをきれいに終わらすためにも、きちんと約束は守ってくれよ」
「いうまでもないわ」
へらへら笑う小男に、村側代表は吐き捨てるように応え、一同はテルボ母子のもとに向かい、守るように包んで村の入り口に戻りだした。
門の側からも数人が、母親に着せる衣類をもって走り寄る。
壁のうえではハルトやランバク、そのほか何人かいる修羅場慣れした者たちが、女を離した山賊一行に気をとられていた。
距離的に近い。
外にいる村人が入り切る前に、門まで達する可能性がある。
と、また小男が動いた。
少し前に出、右手を男たちに向け、払うようにする。
男たちはうなずき、坂を下りだした。
幾分か緊張がほどけ、しかしなおゆっくり移動してるだけの山賊たちに視線が囚われていると、小男があちらを見ながら。そのまま村人についてきているのに、ハルトとランバクは気付いた。
隣には盾持ちが従っている。とうに矢の射程…
二十人近い村人の一行が村門に差し掛かる。
風が、かすかに音を運んできた。
「詠唱音だ! 撃て!」
ハルトが叫んだ。同時に一射放つが、ランバク以外が追随しない。防壁上にいたほかの守り手が戸惑う。
信頼が足りていない。
護衛ふたりが盾をそろえて小男を守る。
朱色の魔法陣が盾の陰から姿を見せる。
「火吹きだ! 伏せよ!」
今度はランバクの声に応じ、壁の上の一同が身を守った。
魔法陣から噴き出した炎は、しかし壁上を狙ったものではなかった。
門を通過中の一同を丸ごと飲み込み、壁を伝って門を入り、「つ」の字に村内に吹きこんだ。
「熱い!」
「ぎゃあああ!」
「痛い! 痛いっ!」
「テルボ!」「母ちゃん!」
死んだ者はいない。
しかし誰もが酷いやけどを負い、その場に倒れ、もがいた。
門扉の前後に固まって。
「けが人を門内に運び込め! 水で冷やせ! 門を閉じよ! 荷車を用意せよ!」
ランバクが叫び、走り寄ってくる山賊めがけて矢を放つ。
いったん降りる風だった連中が、取って返したのだ。
さらにふもとにいた連中も駆けあがってくる。
2枚の盾の間から顔を出す小男目掛け、ハルトが一射したが、相手は素早く身を引いた。また朱色の魔法陣が生まれて回転を始めている。
「魔術が来る!」
ハルトが声をあげて頭を隠すと、今度は壁上を炎が舐めた。
「厄介だな! 山賊になぞならずに、軍で喰えるだろうに!」
ハルトが罵ると、ランバクが応える。
「軍でやらかして追われたんであろうよ」
「なら外国に、いや、そんなことよりあの火吹き魔術は連発が効くのか?」
範囲型の魔術は消耗しやすいはずである。
「一~二度で途切れることも間々ある。だが」
ランバクが話してる間に、投石紐に小壺を絡めてハルトは投じている。
盾で受けられたが、砕けて中の糞便が飛び散った。
奥の小男は舌打ちするものの、冷静さを崩さない。
護衛とともにさらに前進し、また火吹きを使った。
今度は門扉を狙い、急いで救出にきた者と怪我人が悲鳴を上げて倒れるか逃げ惑う。
「もっと致命の薬品とかないのか」
「その類は使い切っておるのう」
「何か… あ、これは使い残してるじゃないかっ」
籠箱があり、開けると古びた品に紐で重りと繋げたものが残っていた。
ハルトが提案した、呪いのアイテム付きボーラだ。
「触ると呪われると言われて、誰も触らんかったもんだぞ」
「使えよっ、効果あるんだから。いやいい。今残ってるのが重要だ」
異能で呪いを吹き飛ばせるハルトならどうにでもなるが、普通人には使いにくいのである。
山賊集団がいよいよ近づき、負傷者を門内に引き入れるのが間に合わない。
火吹きを恐れ、門扉を閉じるに邪魔となってる人すら、取り込み切っていなかった。
「おらあっ!」
呪いの剣と石の入った袋をつないだボーラが駆け寄る山賊たちに放り込まれ、不運な何人かが悲鳴を上げる。
瞬間迷ったが、盾に守られた火吹き魔術師より、誰かには当たるはずと集団を狙ったのだ。
「ふざけやがってナマスに切り刻んでくれるわァ!」
落ちた剣を掴んで叫び、あたりかまわず切り捨てる山賊が現れる。
敵味方のわからなくなる狂戦士の呪いである。やや強くもなる。
あたりの同輩が慌てて取り押さえようとするが、日頃より武術の腕が上がった相手に驚いている。
その混乱の中、守備勢の矢が放たれ、ハルトの投げた兜付きボーラが何人かを叩く。
「足を停めるな! いいから門のうちに突っ込め!」
小男が叫ぶ。
それを狙ってランバクが強弓を射る。盾で止まる。
「よっしゃ、叫んでいるのは火吹き魔術が消耗したからだなっ」
「こういうとき慣れたもんは魔石を持っとるがなぁ」
ぬか喜びしたハルトだがすぐ消沈した。
自分もそうしてるのだから当たり前だ。
山賊の第一陣がついに目の下まで来たので、弓矢より慣れたつぶてを投げ落とし頭蓋を砕くハルト。
それでも門を入る賊徒の背に、ランバクの連射が突き刺さる。
残りの守り手の矢は遠くを狙う。これは地に倒れた同胞を誤射するを恐れたのだろう。
山賊の脚が鈍った。
狂戦士の呪いとその対応で半分が削られ、
さらに兜の呪いが効き始めたのだ。
そのせいで少人数の守り手の射撃でも、抑えられつつある。
あの兜の呪いは、瞼が随意に開かなくなる、というもので、単純な対策として手で開けるのは可能だが、とっさには失明したかと慌てるのだ。
対処が知れても、戦闘中瞬き禁止はすこぶる厄介だ。
今も目が見えないと騒ぐ連中が、パニックを起こしている。
まだ目の開いたものが兜を掴んで投げ返そうとし、被りなおしている。
呪いにかかると、それを手放したくなくなるのだ。
数が減った状態で少数の先駆けた連中は、壁の上から矢と石とで打ち倒された。
これを見て無事なものも全く脚が止まってしまった。
「急いで門を閉めよ! 荷車で押さえよ!」
ランバク村長が今のうちにと指図を飛ばす。
しかし応じようとした村人が門扉周りの人を担ぎ込もうとすると、またも小男が火吹き魔術を使ってきた。
倒れて動けぬ村人も、撃ち倒された山賊も、まとめて火で舐め、悲鳴が呻きがあがる。作業を許さない。
これでは門は閉まらない。
その間に山賊本隊がいよいよ駆けあがってくる。
「もう間に合わん! 坂にマキビシを撒こう! 荷車で道を塞げ!」
ハルトは後ろに叫び、すぐにしまったと思った。
「お前が指図するな!」
「いう通りだ、もう来てるぞ!」
「まだ担いで来られる」
「もう駄目だ」
「見捨てるのか!」
「よそもんが卑怯な!」
かえって混乱となった。
「黙れ! ハルトの言う通りにせよ!」
ランバク村長が一喝すると、瞬時に静まって、救助部隊は坂を駆け上がった。
俵から柄杓で乾いた菱の実がばら撒かれる。
上に逆茂木を載せた荷車が坂の出口で倒され、バリケードになる。
しかし恨みの気配が色濃くハルトの背に当たった。
守り手の戦士たちは已む無いことと無言で弓を引いている。
修羅場慣れしたものとそうでない者、どうにも反応が違うのだ。
ランバク老人も、盾越しに火吹き小男に届かぬかと高角度で放っていた矢を、諦めて山賊本体に連射しだした。
ハルトは内心で(俺は焦ってはいなかったか? まだ何人か救えたんじゃないか?)という思いに駆られたが、振り払って弓を拾い何射か撃つ。
決断し命じるのは村の重鎮であるべき、とはおよそ常識なので、あとで吊し上げを喰うかもしれないが、それは勝って生き延びた場合だけだ。
矢が尽き相手がいよいよ寄ったので、呪いのアイテムボーラを放つ。
今度は腰痛ベルトだ。
投げ方が巧く、何人かにぺちぺちあたって地に落ちた。
「ぐわっ」「うぎゃ」「いてぇっ」
たちまちその者らが腰を抑えて地に転がり、後ろのやつらも巻き込まれて倒れる。
そこに矢が降り注ぐ。
火吹き男の魔術がまた壁上を舐めて、気付かなかった射手が二人倒れた。
ハルトやランバクが身を隠したその隙に、いよいよ山賊本隊が人々踏み付け、門内になだれ込む。
ハルトが防壁内側のバリケードを上から確かめて、倒し方が悪く、片側に人の通れる隙間があると気づいた。
(いやかえってあれがチャンスだ)
残った呪いのアイテムから電撃のネックレスを、その隙間を通り抜けるとき体が触れる位置にヒョイと落として引っかける。
山賊の一団が坂道を駆け上る。
最初の一団は菱の実を踏んで転げ、内壁の上から矢や老弱の投げるがれきに打たれた。
「いけいけ! 獲物はもうすぐだ!」
良い装備の山賊が、部下たちを煽り立てる。
短弓や投石で山賊の反撃がなされると、がれき部隊は悲鳴を上げて引っ込んでしまい、見えない位置から投擲するばかりとなった。
ガタイのいい一人が、平盾を倒して声を発する。
「をーーーーっ!」
そのまま坂道を盾で雑巾がけしつつ、駆けあがった。
あっという間にマキビシに人一人分の通路ができてしまった。
バリケードの守りに二人の槍持ちがいるが、見るからに腰が引けている。
「下で迎え撃つっ」
ランバクに声をかけ、ハルトは飛び降り、背から長巻を抜き放つ。
そこに隙間を強引に抜けて、先ほどの雑巾がけ男が走り込んできた。
盾はないが短槍両手持ち。
逆茂木に引っかけられたネックレスが揺れた。
「おりゃあああ、がっ」
白目をむいた相手の喉を裂く。
雷撃のネックレスは発電能力を与える。
激情をもって稲妻を身にまとう。
ただし本人も感電する欠点がある。
こうして次々入るものが感電するのを切り倒していると、さすがに怪しんだ山賊勢が、隙間を避けて道塞ぎを乗り越えだした。
槍持ちがこれを迎え撃つが、何人か突いたものの、支えきれず討たれるか逃げしてしまう。
ハルトがその空白も引き受け、時に斬り殺し、時に指を切り飛ばして戦闘力を奪う。
「ど~れ。このガキが村の英雄ちゃんか? 手下が使いもんにならならなくなるだろうが、もうやめろや」
ネックレスの下がった隙間を、それに触れつつも悠然入ってきた男がいる。
ひときわ立派な装具の偉丈夫だ。
冷徹な人格らしく、あたりの仲間の死骸を見て動揺した様子はない。
感電しない。
しかし呪われはしたようだ。
気になったネックレスを、吊り下げてる紐から切り離そうとする。
そこにハルトの麻痺呪文が飛ぶ。
弾かれた。
偉丈夫は外したネックレスをくるりと左手に巻き付けつつ、何気ない調子で鋭く突きを入れてきた。
ハルトが受け流して横に跳ぶと、「ほう?」とつぶやく。
(なんだか目にちらつくツルギだな)
この山賊武将の技量も名人級ではあったが、同じ武器であったなら、たとえレベルの補正があってもハルトに及ばない。
しかし同じ武器ではない。
妙にぎらつくその両手剣は、常人を凄腕に変える補正の付いた魔剣であり、しかも振るうと幻影の剣が散るのである。
この幻影は持ち主には見えない。邪魔をしない。
これに加えて相手はハルトより体格に優れ、鎧もよいものをそろえているので、総合点では相手が上であった。
偉丈夫は仲間の死体を乗り越え迫ると、さらに一刀二刀と斬りこんでくる。
ハルトは引き下がりつつ受け流し、牽制しつつ位置を変える。
偉丈夫の背中が防壁に向くよう誘導したのだが、目をやるとランバク村長は既に弓を捨て、登ってきた山賊のボス格ほか数人と棒術で対抗しており、ほかの守備隊は討たれたのか姿が消えていた。
ここはハルト一人で切り抜けるしかないようだ。
一方山賊側にも焦っているものがおり、それは例えばあの火吹き小男がそうだった。
(クソどもが事前の打ち合わせ通りやれよ)
彼自身は最近この襲撃に参加したのだが、その魔術と交渉力で今回の大殊勲をあげたものである。
そのゆえもう後方に下がって、他の連中が獲物を集めるのを悠然待ってもよさそうなものだが、思った以上に不手際で、死傷者が続出しているのだ。
① 村人が門扉に差し掛かったところで火を吹きかけて閉じることをできなくさせ、そこに一気に駆けこんで制圧する。
② 思ったより抵抗が激しいなら無理をせず、村側が負傷者の世話でへたばるまで数日嫌がらせを繰り返し、その後押し込む。
事前計画はこうであり、最初の切込み隊が村側の投げた魔術的な何かで勢い削がれた時に、無理せず②案に移行すべきだったのだ。
(最初のパニックをしのがれたら第二案だったろがよ)
山賊集団は意外と民主的、というか、最強集団が今回の作戦で手勢を失い、勢力がドングリの背比べになってきたので、話しあいで方針を決めるしかなかったわけだが、そうして出来た絵図面通りに仕切り役が指図していないように見える。
とはいえ今さらみだりに指揮を乱すようなことも云えない。かえって敗因になりかねない。
(せめて勝ちそうな流れなのはありがたいが。まあいい。俺とこいつらが取り分とったらおさらばしよう。怪我人だらけの山賊団なんざ御免だ)
防壁上では妙に腕の立つ老人が棒でボス格とやりあっていて、ついでのように周りの小者を下に突き落としている。
「強すぎんだろあの爺。あ、おいボスの顎カスったのが、足に来てんじゃねぇか。あ、目を突かれた。やべえ、もう巻き添えにして焼くか。ん? 昏い?」
ふと彼は詠唱音のようなものを感じて上を見上げた。
自ずと顎が上がり、兜が後ろに下がって喉が丸見えとなった。
そこに一本の吹き矢が立つ。
無言で斃れた小男に左右の護衛が気づき、慌てて起そうとする。その間にもう一人が斃れた。
残りが背後に盾を向ける。
髭の乞食のような風体の痩せぎす片足な男がおり、吹き矢に新たに矢を込めるところだった。それに盾を構えて突進しようとする。
その背中を、既に山賊を片したランバク村長の矢が抜いた。
◇ ◇ ◇
少し前から、ハルトが追いつめられていた。
山賊側の応援が集まったからである。
どうも村側の勢力は逃げ散ってしまったらしい。
とはいえやってきた山賊もそこまでの腕のモノはおらず、すでに二人が、手の甲の骨を切られ、膝の皿を割られて引き下がっている。
ハルトをレベルの低い子供と侮ったら、思わぬ反撃を受けた形だ。
残り二人がハルトの後ろに回り手槍で牽制してるがヘッピリ腰でいる。
不具になっても面倒を見てくれる、なんてことは山賊団にあり得ないのだ。
だがこの牽制がやっかいで、ハルトが応援勢を迎撃する隙に、目の前のボス格が的確な襲撃をして、常人ならすでになんどか死ぬような打撃を加えている。
ハルトが熊並みの耐久力を育てていなかったら、もう死んでいたところだ。
もちろん対する山賊ボス格も、この子供の異常さ・筋骨の頑丈さには不審を持っていたが、それで心を揺らすような未熟さがなかった。
若い時分からの大量の人殺しによって、不安やためらいこそ、実力を弱めると知っていたからである。
(このガキとて血を流してはいる。つまりは死ぬ存在なのだ)
やがてボス格の合図で、応援二人が一度に突きかかった。
追い打ちでボス格が斬りかかり、ハルトに逃げ場はなくなった。
背骨が断ち切られ、臓腑が掻き混ざって血が飛び散った。致命傷である。
常人ならば。
瞬時に回復したハルトが身を回しながらボス格の喉笛を狙う。
これが当たれば幸いだったが、異能を使ったがゆえ呪いも解けた。
レベルの効能が復活して技のキレが落ち、今一歩で逃してしまう。
自身の掛けた魔術だが、どうも有害判定されたらしい。
「ぬっ、何の魔術だ」
滑らかに間合いを外したボス格が呟く。
これでも心は揺らさない。揺らせば呪いで電撃に打たれるのだが。
まったく可愛げのない御仁である。
山賊応援組の一人が恐れて逃げ腰となり、他方がやはり慌てて声をあげつつ突きかかる。
ハルトの長巻がその喉を裂く。
(くそっ、何かが腕に引っかかる感じだ。久しぶりに嫌な感じだぜ)
長いこと付き合いのあったはずのレベルによる抑圧だが、何日か外れていただけでもう何倍も不愉快に感じる。一度快適に慣れると、ヒトは不快に戻れなくなるようだ。
「よくは分からぬが、小僧腕が落ちたな」
嘲笑するようにボス格が言う。
そのあざ笑いも演技である。挑発で崩れるかどうかを試している。
ハルトはこれを聞くとかえって心が落ち着いた。
これは故郷で孤独と侮蔑のなか生き延びてきたゆえである。
怯えもためらいもいらない。殺した相手は噛み付かなくなる。結局それだけだ。
踏み込んだハルトが長巻を振った。
ボス格が身を避けて切り上げ、ハルトの両腕に刃が半ば食い込む。
もちろんたちまち元に戻る。長巻はつかんだままだ。
「何とも堅い。しかも治る。化け物だな。しかし消耗しない魔術はない」
ボス格が呟く。
彼は異能であることを知らないが、やがてこの切り札のタネが尽きるという予測は正しい。すでにハルトは二レベル下がった。
「ならば回復が尽きるまで斬りまくるまでよ」
そう語ることで気を引くあいだに、背に回った山賊応援組最後の一人が槍をついてくる。
これを切り捨てるかわりに、また一撃ハルトは喰らった。
いや常人であれば死ぬような痛撃だが、ハルトならまだ二~三度耐えられる。恩恵に死ににくさを選んでいたのは、結果として異能を使う回数を減らすメリットにはなっている。
そのときふと、陽が翳った。
詠唱音がする。
上空だ。
警戒したボス格がすり足でハルトとの間合いを外そうとする。
そのとき何故か身体にだるさの様なものを感じた。
彼を見るハルトの瞳が何かを観察していた。
決着は一瞬で付いた。
ボス格の遺体に確認のとどめを刺すと、すでに聞きなれた詠唱音を鳴らす魔物たちを見上げ、また遺体に目をやる。
『最後まで動揺せず、電撃の呪いを発動させなかった。こちらの攻撃の避けがたきを知ると、守るより相打ちを狙った。見上げたものだ』
そんなことを、仮にハルトがヒーローなら考えたかもしれない。
もちろんハルトにそんな感傷はない。死んだ敵は死んでるというだけだ。




