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老人たちとの会話


   ◇ ◇ ◇


 こうして両者の対立は持久戦になった。

 夜中になると何度も騒ぐ声が起き、昼間も徘徊する姿があり、実害はないが眠りを妨げる。

 畑にあるものは勝手に収穫され、畔や水路が壊されるのが見えた。


 加えてまた老人二人が捕まり、吊るされている。

 襲撃開始前に戻れなかったものうちだ。


「くそう、やりたい放題しやがって。うちのニンジンなんざ、みな抜かれたよ」

「リンゴやカキの樹を切り倒されたのがこたえる。また実がなるまで何年かかることか」

「ヒビコルは見ないがどうしてるんだ?」

「囲まれるまでに戻ってこれなかったんだろ。足がなあ。

 ふもとに向かったんじゃないか」

「じゃあ助けがくるかな?」

「いやー、山崩れのあとも何ら手を打たない御領主さまが、今更動くとは思えんわ」


 見張りの爺さん婆さんが愚痴を言いあうのを聞きながら、ハルトは防壁の回廊上であくびした。

 戦えない者たちから赤子などを除いた人数を三等分し、昼夜見張りにつけ、戦えるものはなるたけ体を休めているのだが、山賊たちは不定時に騒ぐので、眠気がとれないのである。

 どうせ駆け付けるならと防壁回廊で横になっているが、気が抜けてきたか見張り役の無駄口が多い。そろそろまた強襲を受けそうな気がする。


「ヒビコルさんなら何か良い手を考えてくれそうな気がする」

 そばに控えるエナが言う。


 戦力になる技能はないが、ここしばらくはハルトとともに動いている。集落内は敵の侵入に備えて見通しを悪くしたり、罠が仕掛けられたところがある。住人でなくてはこれを把握していないので、ハルト単独で走り回るのは危険なのだ。


 ならガキ大将とでも組ませればよいのだが、近い年齢の異性を当番にしたのは、集落に愛着がわいてくれれば、という村側の打算がないわけでもないだろう。


「既に何かしら動いてるんじゃないのかな」

 ハルトが寝ぼけ声で応じると、

「なんで? そう思う?」

「いや、昼間見てると山賊に新しい傷が増えてるんだよ。たぶんあちこちに罠を作りながら潜んでるんだろう。見つかったら吊るされてるだろうから、まだ捕まってはいないんだと思う」


 起き上がって矢狭間から外の景色をみる。

 夜中の間に低木を切り倒して持ってきたものが、監視の視線を妨げている。まれに山賊が潜んで、矢を撃つなどしてくる。村の育てた果樹が多く、住人のいらだつ理由になっている。


「今朝がた向こうの一人が話し合いにきて、食い物を寄越すなら立ち去ってもよく、捕虜も返すと言ってきたらしいな」

「そろそろ相手も潮時なのではないかな?」

 最初に捕まった爺さんなど、傷み始めた連れ合いと共に何日も吊るされていて、住人の焦燥の第一原因となっていた。


(いやだめだろう)ハルトは見張りの無駄口の聞きながら思う。(飯を渡したらまた何日も粘られる。老人を戻されても世話に人をとられる)

 この村にも神官はいて治癒魔術を使えるのだが、優れた腕ではない。

 それでも先日の怪我をした戦える村人が救えたので、無能ではないだが、老人を助けようとすれば付ききりの必要があるだろう。


 とはいえ口を出してよいかといえばハルトはやはりよそ者である。黙っているほかない。


 全く何も提案していないわけでもないが。

 買い取り屋の倉にあった呪いのアイテムをぶつけてやれ、くらいは言っている。

 回収はしたが使われたかは不明だ。



 やがて夕刻となり、ウィンティアともう一人の子供が食事を持ってきてくれた。

「あったまりますよー」

 二人で鍋を運んできて草の上に置き、こちらの婆さんらが手伝いに降りて、各自の椀に雑炊を盛っていく。


「穀物の備蓄がたっぷりあるのは僥倖だったよな。ランバク村長は大したものだよ」

 ハルトは受け取りながら褒める。

 暗い話題はしない。

 山賊に新顔が増えているとか。


「父さんの指図に従えば間違いないです。必ず山賊追い返しますよ」

「そうだな」


 そうもいくまい、とハルトは考える。


(山賊を十人程度まで削った時に、それを追いやりに逆襲に出られなかったのが痛い。

 その程度の戦力しか残っていないと見抜かれてしまった。

 捕えた賊が言ってたが、この辺の山賊は少人数の集団に別れて互いにゆるく連携し、総数は百人からいるという。

 そいつらに呼びかければ、たちまち戦力回復してしまう)


 あまり増やせば取り分が減り、主導権争いも起こるので、そこまで大人数にはならんだろう、とも予測するのだが。


「村長には訊きたいこともあったんだが、日を過ぎると忘れてしまいそうだな」

 匙で雑炊を口に運びながら、目線は村外に向かう。

 一人様子見に来た山賊がいるようだ。

 まだあちらの弓の射程ではない。

 こちらは届くが無駄矢は惜しい。

 会話してる隙を見せれば、寄ってくるかもしれない。


「訊きたいことってのは何だい? あたしらが答えようか?」

「村長は口が軽いからな。あの爺さんの知ってることなら、大概わしらも知っとるぞ」


 老人たちが下でメシを喰いながら応じてくる。



「そのうち俺も山越え者ってのを目指してやろうかと思ってさ。どんなやつが向いてるのかとか、どういう連中がいるのか、仲がいいのか悪いのか、そのへんだな、気になってるのは」


「坊は実際腕が達者だからねぇ。いづれ届くよ。でも急いじゃダメだよ。人の領域から一歩踏み出すんだ。慎重なものだけがそこに行けるのさ」

 四人の男女のうちではリーダー格のおばばが、穏やかにそういう。


「 …千人が挑んで還ってくるのは一人くらいだ。

 多分一番大事なのは運の良さだぞ」

 幾分寡黙な髭の老人がつぶやく。


「そうかねぇ。運がいいと言っても、山を越えたあと死んだ人もたくさんいるというわさ。

 うちの村長だってそうだろ?

 一度死んで生まれ変わってる。

 力が欲しくてたくさん死んで、貰った後も普通に死ぬんじゃ、普通に暮らして嫁さん貰った方がよほどいいよ。

 ハルトさんもそうしなよ」

 四人のうちでは一人若い、三十路の女性が押してくる。


「村長だって死んだり生まれたりの間で、ため込んだ知恵があるから頼りになるんじゃねぇか。俺ッチも腕っぷしがもう少しあるなら、挑んでみてぇと思うくれぇよ。若いうちにドーンとぶつかってこい」

 少し与太郎と呼びたくなる爺さんが煽ってくる。


「爺さん、あんたあたいが小さい時から同じような夢見てるけど、行かなかったから生きてるんだよ。自分ができなかったこと子供に託すのはやめとくれ」

 三十代お姐さんが腹を立てる。


「まあまあ。

 うちの村長の話だと、押しの強い人が山越え者には多いというけど、坊は穏やかだから、そっちを鍛えたほうがいいかもね」

 おばばが喧嘩を抑えようとしながら言葉を添える。


「村長も、前の人生の自分は嫌なやつだったといっとったからなあ。あまりレベル上げせんのは、思い出してるうちに自分の心が替わるのが怖いからというし」

 与太郎爺さんがなぜか楽しそうに言う。


 寡黙な髭老人が少し眉をひそめた。

「我らは村長の前世を知らんし、語る言葉をそうかと受け取るほかない。

 しかし今生の村長が、親のない子を預かる気性なのは知っとる」


「気がいいんだよ。最初に預かった子が奇病で、何年も育たないのに世話するのを見て、これはお人よしだと遠くから子供を押し付けに来る人まで出たそうで」

 おばばが優しく言う。


「でも最初の頃は皆死んだんだろ」

 と与太郎爺さん。


「悪いのは親でしょうが。老人一人に何人も押し付けて」

 また三十路姐さんが怒る。


「そりゃな。村長も当時のことは自分じゃ言わんし」

 この件については、与太郎爺さんが両手を上げた。


「坊も気のいいところがあるから、あまりしょい込むんじゃないよ」

 おばばが諭す。


 ハルト自身はそこまで自分が善良とも思わないが、来たときには傷知らずの低レベル冒険者志願に見えた少年が、今では傷を残しながら村のため命を掛けているように見えるのだから、お人よしに見えるのも無理はない。


「若いし強い。鍛えて一人で偉業に挑めるまで待った方がいいかもしれん。山越えを成した者に善人は多いが、確かに悪党もいる」

 髭老人が抑えた声でいう。


「一緒に挑戦して、最後の最後で背中を刺しに来るというものね。怖いよ」

 姐さんがぶるりと体を震わす。


「他人の力を奪える力を望んだり、レベルを下げる裏技を希望したり、あとは御天気王とか、あの辺の悪評は大したもんだが、山向こうの知恵を惜しげもなく配る英雄もまた数居るぞ。この若い衆はそっちになると思うねぇ」

 与太郎爺さんが雑炊の最後の一口を放り込んだ。

「ああ、飯が食いたい」

 そう寂しげにうなだれる。


「やあねおじいさん、今食べてるでしょ」

 ウィンティアがいうが


「いや、肉だろう、飯と言ったら」

 不満があるようだ。


「裏技を望んだやつは、なんか悪党だったのか?」

 ハルトが尋ねた。


 その姿はやはり、傍から見ると無警戒に見えたらしい。

 そのこめかみに鏃が迫る。

 がそれでも達人の技能が身を守った。わずかに身をそらし、ゆき過ぎるのを掴み取る。そのまま己の弓につがえてヒョウと放った。


 唖然とする山賊が慌てて倒れた果樹に身を隠すが、枝の隙間を抜けてどこかに当たったらしい。

 よろけながら逃げ出すのを、今度はスリングで胴を狙い、腰に当たって動かなくなった。


 さらに数発当てて、すっかり動かなくなったので、脅威にはならなくなったと放置する。

 麻痺魔術が届けば、それへの抵抗で生死がわかるが、距離が遠い。


「お前さんが一人で囮してるほうのが、連中の数を減らせるんじゃないのか?」

 慌てて登ってきた髭爺さんが、倒れた賊を眺めて言う。

 見張りが複数なら、矢の射程外をうろうろして神経を擦り減らさせてくるのだが、一人だけの見張りが塀の内を眺めているように見えたから襲撃したのだろう。


「俺だって当たるときは当たるんだから勘弁してくれ。

 みんなも大丈夫だ。敵はもういない。いつもの嫌がらせだ」


 下の皆がほっとした表情に変わる。

 ウィンティアとエナがハルトに向かって手を振り、感謝を示す。


 それをみて三十路姐さんが言葉を発した。

「ハルトさんは、二人のどっちか、選ぶ気があるのかい?

 つまみ食いしてさよならというのは、許すわけにはいかないよ」


「え? いや俺は」


「いいねぇ、旅から旅へ、行きずりの恋。ロマンだねぇ。英雄の物語に…」


「しね、クソ爺! そんなものはただの甲斐性なしだよ!」


 いい蹴りが与太郎爺さんに入ったところで、


「…誰かやってくるようだぞ」

 唯一真面目に外を見張っていた寡黙な髭爺さんが囁いた。


 ハルトが振り返ると、確かに数個の人影が見える。

 丘のふもとを何人かの山賊と、縛られ裸に剥かれた女が一人、首に巻かれた縄で引っ張られている。

 矢の距離ではない。何もできない。


 また新たに捕まったのか、と思っていると、回廊を走ってくる足音が聞こえた。


「母ちゃん!」

 泣きそうな子供の声があり、それに付いてきたのはガキ大将ら年長の少年ふたりだ。

 彼が飛び降りないよう見張っているようだ。


(あの女性、いったん下の村にでも逃げていたのが、子供が心配で戻ってきてしまったかな?)


「交渉だ! 金と喰い物を寄越せ! そうすればこの女も他のも置いて俺たちは去る!」

 下で山賊が叫んでいる。

 何度か繰り返すと歩き出す。


「吊るされてた爺さんを返してきたよ。何人かは交渉に応じようと言い出してる」

 ハルトに寄ってガキ大将がそういう。


「信じるのかよ」

 ハルトがいい、ガキ大将が顔をしかめる。泣き顔の子がにらみつける。


 下ではジジババが固まって顔をこわばらせ、登ってきたウィンティアとエナが、母を奪われた子供を抱きしめた。


「村長は騙されるなと言ってるけど…」

 とガキ大将。


「無限に籠もっているわけにはいかんからのう。

 御領主は助けにはこまい」

 首を振る与太郎爺さん。

 うなずくご婦人ふたり。

 黙り込む髭老人。


 ここしばらく山賊が嫌がらせにとどまって、籠城側に精神的疲労だけが溜まったところに、向こうが手じまいを言いだしたのだ。

 交渉で終わりにできるなら、という希望に縋りたくなるのもわかる。


「向こうだって限界じゃろう。話し合いはしてみるべきと思うが…」

「巻き上げられるだけじゃないかねえ?」

「テルボの母はどうなるのよ」

「それはそうだけど…」

「村長に一任じゃろ」


 ジジババが熱い舌戦を始めたのを聞き流していると、ガキ大将がハルトに囁いた。

「村長が門に来てほしいって」

「こっちはいいのか」

「むこうも人数固めてるんだ。迂回に回す人数はないと思う。

 というより交渉にこちらが出た時に、なだれ込んできたら、それがやばい」

「そりゃそうだ。ここを頼む。門が破られたら二人を連れて外に逃げろ。用意をさせるんだ」

 ハルトはかすかな動きでウィンティアとエナを示し、ガキ大将に託した。


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