緒戦終了
◇ ◇ ◇
ハルトが眺め渡していると、門とは別の当たりで騒ぎになっている。しかし何かを打ち鳴らす音がするが、どうにも嘘くささがあった。そこで一番静かなあたりに目をやると、見張りが丁度射落とされたところである。
「やべえっ、おいガキ大将、俺の指の向くほうの壁に最短時間で案内しろ!」
「OK覚えた! ついて来い!」
一番元気な男子が槍を振る。
梯子を素早く下って走り寄る。
「あのくらいの高さ飛び降りろよ!」
「俺は超人じゃねぇ、此処で怪我したら乗り越えてくる連中の相手ができるか!」
いやべつに全快の異能を使えば足が砕けてもすぐ治るが、痛いは痛いし切り札をそう減らすこともないだろう。
男の子が二人、槍を持って走り出てくる。ガキ大将が叱る。
「お前ら中に居ろ!」
「敵だろ! 俺らもいくって!」
「走れガキ大将! 話してる間に乗り込まれる!」
ハルトの叫びに応じてガキ大将が走り出し、ハルトら三人が追いかける。
田舎でありがちなイマイチ不合理な道を駆け抜けた。壁際に来るとすでに大柄・小柄・髭禿の三人の山賊が駆けつけた住人二人とやりあっている。
地面にはすでに血を流す二人の住人が倒れていた。壁上には見張りの遺体が見えるから、小刻みに集まった防衛側が各個撃破されてる模様だ。
子供たちがガキ大将を先頭に叫びながら突っ込んでいく。ハルトは停めない。彼らの村だ。代わりに無詠唱で麻痺魔術を飛ばす。さらに壁を越えようとした一人が目標だ。
相手は固まりへたばる。
呪文を撃つの間に呼吸を整える。ハルトの体力は、平均以上ではあるが、そこまで上ではないのだ。
もう二人追加の山賊が壁を越えようとしたが、また飛ばした麻痺魔術で片方がぐたりとへたばる。ぎょっとしたもう一人が外へと飛び降りた。
今回は運がいい。麻痺魔術も達人クラスでハルトは持っているが、基礎能力はそこまでではないので抵抗される可能性は無視できないほど高い。
これで思惑通りいけば、壁に引っかかった動かぬ二人を見て、残りの連中は乗り越えるのをためらうはずだ。
と、壁のこちらの戦闘に目を向けると、
山賊側は大柄一人が村人ひとりを抑え、二人が残る一人を潰しにかかる。山賊小柄が斬りつけると槍で払われる。なんと剣身が柄から外れて飛んで行った。山賊は慌てる。手入れが悪すぎる。
しかしもう一人髭禿山賊が隙をついて突き掛かり、剣の先が住人の背中に飛び出す。
残る一対一の争いも、すでに住人側が血を流していて劣勢だ。
村人には元冒険者も多いが、才能や若さがあれば続けているわけで、現役殺戮略奪集団には一歩及ばぬ。
ここでハルトも参戦する。子供ら三人がいま住人を殺した髭禿に突きかかるのを横目に、対戦中の大柄に斬りかかる。
振ったが相手も跳び離れ、それでも先がかすって太腿から血が溢れる。
「癖の悪いガキだ! 割り込みはいかんと親に習ってねぇのか!」
「降伏しろ! すぐには命はとらん!」
いやそれ最後は殺す意味だよね、と敵も思ったが、斬りむすんで両者無言となる。
一方子供たちに掛かられた髭禿は受け太刀になるが、さすがにたやすくやられはしない。
子供たちの安っぽい槍を斬り飛ばし、時間を稼ぐ。
剣を失った小柄は、倒れた住人の槍を奪うが、そこで遠くに目をやり門の方から二人の村人が駆けつけてくるのに気付く。
生き残りの村人は、それまでの対戦相手をハルトに任せて子供らの応援に入り、さらに髭禿の状況は悪化。
槍を拾った小柄山賊は、仲間に知らせず城壁に急ぎ登る。内側からは回廊まで小さい梯子がかけてある。
乗り越えて逃げた。
髭禿の山賊は、村人からの攻撃を左手で抜いた短剣で抑えるが、槍を失った子供の一人がその脚にしがみ付く。
よろけたところをガキ大将の槍が顎下に突き刺さった。
ぐるりと抉る。
そのころハルトが残る大柄を切り倒して試合終了。
ガキ大将が防壁内側の回廊に駆けあがり、外を確認する。命がけの仕事だが誰かがやらないといけない。
「いない! 敵は引き上げた!」
丘のふもとまでは視界が開け、その先に狭い畑と森がある。ひと気はない。
木材に刻みを入れた、即席の梯子が残るばかりである。
「ではそこに引っかかってる山賊にもとどめを刺そう。いつまでも麻痺を掛けたままでいたくないわ」
「お前本当に魔術が使えるんだな。見直したわ」
ガキ大将、変わらず上から目線である。
「詠唱音が聞こえなかったが…?」
門から駆け付けた二人に手伝ってもらいながら傷の手当てをしていた生き残りの村人が疑問を口にする。
「 …俺のは無詠唱でできるんだ」
「いい師匠に恵まれたな」
「師匠は大ネズミだぞ」
「ああ… 」
「とうちゃあぁぁぁんっ……」
子供の一人が背中まで貫かれて死んだ男にしがみ付いて泣いている。
この子供は、槍を失っても敵にしがみ付いていったあの子だ。
ハルトの全快の異能であっても、死から命を戻すことはできない。
そもそも軽々に使う気がないが。
揉め事はもうまっぴら、という経験を過去にしているのだ。
「ビスター」ガキ大将が少年に声をかける。「こいつのとどめはお前が刺せ。レベルをあげて母ちゃんを守れ」
そういってハルトをみる。「すまんけど、いいか?」
「もう一人も手足の筋切って明日まで置いておくか」
頭をガリガリかきつつハルトは応じる。ハルトの捕えた獲物ではある。ガキ大将も確認を先にすべきなのだが、まあいい。
「それより門の方は平気なのか?」
「村おさが一人残っている」
「爺さん一人で平気なのかよ?」
「一人でダンジョンを歩いて地図を作れるくらいには強いんだぞ。この村最強だ」
「あれは一人でやったのか」
「最奥まで挑めるわけじゃないけどさ」
◇ ◇ ◇
そのころ村の門では老人が単独防衛戦を粘っていた。
肉体的には衰えがあったが、山向こうのやり様で鍛えた武術はけして侮れるものではなかった。
攻め手の山賊たちは竹束を作ってそれを盾に接近してきたが、ランバク老人は矢でその纏める綱を斬るのである。
ばらけた竹に慌ててまだ無事な仲間の盾に隠れるほかなく、まったく攻めあぐねているのであった。
「とはいえ矢が尽きぬわけでもないからのー。はよどっちか片を付けて戻ってきてくれんものか」
老人としては自分の宿の煙も気になるわけだが、後ろを振り向く暇もない。
と、後ろの方から軽い足音が走り寄ってきた。
「とうちゃん、忍び込んでたやつハルトがやっつけた!」
「ようやったっ。あと下の方から矢壺をひとつ持ってきてくれんかのう」
いいつつヒョウと矢を放つ。賊の一人に軽く掠るが、すべてに毒が塗られたわけではないので、脅すにとどまる。
「坊主、登ってきたらその辺の案山子少しずつ動かしとくれ。頭を出したらいかんぞ」
もう山賊側に案山子が飾りなのはばれてるようだが、それが動き出せば少しは疑心暗鬼になってくれるかもしれない。
「お、引き始めたか」
「とうちゃん大丈夫?」
「鍛えておるからな、まあ、このくらいは何ということもない」
老人の体ゆえいろいろ来ているのだが、頑健なのは確かである。
山賊たちは竹束の修繕をし、縛り方を変えて容易にばらけないように工夫しているようだ。もともと最初が雑だったともいう。
彼らが再度襲撃を試みる前に、また後方から走る音が聞こえてきた。
「ランバク爺さん、無事かっ?」
「うむ、ハルトさんか。そちらこそすまんの。済んだかね?」
今度はきちんと振り向いて問う。
礼儀もあるが半分はまだ全幅の信頼がないのかもしれない。
ハルトと共にもうひとり、門から走ったものも戻ってきた。
「あのへんのは撃退した。今はガキ大将たち四人の子供と、怪我人が一人見張りに残っている。もう一カ所の襲撃は、俺にはわからんが白い旗を振っていたのが無事だという知らせなそうなんで、こっちに来たんだ」
「おお、振り方に決め事あってな。で、やられたものはいたかね?」
「見張りが二人、戦えるのが三人殺された。一人怪我だな。代わりに山賊を四人殺したよ。あ、一人は手足壊して生きてるが」
「壁を守れるだけの人数がおらんからなあ」
言いつつ正面を向く。愚痴をこぼしても仕方ない。三倍の人数居れば、たとえ山賊が三倍いてもずっと楽だったのだが、今の人数では壁全体に目を配りにくい。
ハルトは老人が弓を構えるのを見て、やはり回廊に登り、竹束持った連中が登ってくるのを見ると、立ち上がってスリングを使った投石を始めた。
集落が丘の頂にあるため、一方的な投射である。
あるいは弾かれ、あるいは貫く。
だが被害は分からない。
その受け手となった竹束が立ち止まったとき、老人が高い山なりに曲射した。
竹束の向こうに突きたち、倒れる者あり。
ほかの者はそれでもさらに前進してくるが、ふもとのほうで指揮官が笛を吹くと、今度は後退していった。
「爺さんよく当てたなあ」
「鍛えてはおるからの。技の達者では、おそらくお前さんより下だよ。ただしあんたは、もっと体を鍛えたほうが良い。体の出来が技に追いついておらんようだ」
「その『鍛える』というのがよくわからない」
「うむ。こちら側だと、恩恵として身体の成長を望む、というのにあたるがの。繰り返し同じことをすることでも、近いことはできる。山向こうではそうして心身を育てる」
「なんだか面倒そうだな。そのあたりは山のこちら側のほうがよさそうだ」
「 …こちらの神々のよこしたシステムの隙間を埋められるので、憶えて損はないぞ。
それはともかく、技と体のつり合いが取れれば、もっと強くなれよう」
「次のレベルアップでは、心身を伸ばすよ」
特に幼いころは、即戦力として天に技能を求めるよう言われたものである。
それ以外を願うようになったのは、『どうもお前は枠が狭い』すなわち技能や小技を数多く持てない、と狩りの師匠から言われてからで、それ以来、技能中心にもらうのは変わらないが、余裕があれば枠を広げることを願ってきた。
おかげで最初は数個しか技能を持てなかったのが、今では四〇近く持っておける。筋力や健康も増進したが、これは願いの誤射のようなものらしい。
あとは何かの折に『死ににくさ』を伸ばせると知って、そればかり望んだ時期もあった。
そうしたわけで、ハルトの体の出来は、平均よりちょっとよい、にとどまっている。
老人から見ると、それがもったいないようである。
「侵入失敗した山賊が、合流したみたいだな。これで諦めてくれたなら良いのだが」
門の守り手の一人が登ってきて言う。よく見ると門番をしていた人物である。
「いや、逃がすといつまでも逆恨みされてしつこく絡まれる。好みのタイミングで攻撃に来れる相手は厄介だぞ」
「さようよな。殺せる限り殺さぬと、集落の宿痾となろう」
殲滅志向のハルトとランバク。
山賊はふもとの良く見えるところに、材木で三脚を二つ立て、そこに老婆の死体とまだ生きている老人を逆さに吊るし、放置して森に戻るようである。
「こちらも山賊を吊るすかい?」
「腹はたてるかもしれんが、意味はなかろう。幹部はともかく、下は横のつながりはなさそうに見えたわ」
助けに行くなどすれば、どこからか狙撃されるだろう。
実際には賊みな休んでいるかもしれないが、見捨てるほかない。
片足のヒビコルも戻っては来れなかった。どこかに潜んでいるのだろう。