身中の虫を片付ける
その動きを見た門番が見張り台に駆け上って半鐘を特有のリズムで打ち鳴らしだし、もう一人が門扉を閉めた。
子供らが周囲に散るなか、ハルトは長巻抜いて走りだす。
相手のひとりが駆け込んで大上段に切りつけようとするのを、すでに切りつけて片腕切断、鼻骨を割って残る手も半ば切り裂き駆け抜ける。
もう一人が慌てて立ち止まり小さく切り込んでくるのを軽く受け流し、次の突きも弾いて、両太ももの表を骨に当たらぬ程度に斬り割った。
悲鳴を上げてよろけ刀を杖に身を支えたのを、両の手首を切り落とす。
「うお、何だあいつ強いぞ!」
「相手が弱すぎだろ!」
「一瞬で二人斬ったよ!」
「エナねえに惚れたか。命がけのアピール?」
「それだ。さっきふたりで話してたもん。いやマタグラ代の取り立てか」
「あんたらふざけてると引っぱたくよ!」
「あれ? なんで二人倒れてるの? 何が起きたの?」
後ろで子供らが姦しい。
最初のひとりも鼻からの血がノドにこぼれて声が出せず、無力化できたのをチラ見してから、逃げた一人を追ってハルトは駆けだした。
(ヒビコルのおっさんが一番レベルが上だと言ってたやつだな、あれが潜入組のリーダーか)
相手は路地の一つに駆け込んでいたが、踏み固められているとはいえ土の道、人が減って草なども伸び、走れば跡が残っている。
狩人の才を持つハルトからは逃げられない。
と、甲高い笛の音がした。
(なんの笛だ? まあいい、行った先で鳴らしているのは同じだ)
一方先に逃げた山賊手引き組の組頭は、笛を使って残りの二人に状況変更を伝え、懐から出した火種で手近の藁屋根に火をつけ始めた。
もともとは宿の一つに泊まり集落内の地形を把握、あとは夜中の手引きに備えて休むつもりだったが、門に溜まった子供らの表情からばれたと察し、プランBに替えたのである。
プランBは強襲だが、聞いた情報どおり空き家が多く、それに火を放てば対応に追われ、さして高くもない防壁を乗り越えるのは簡単になる。
と、すでに点けて通り過ぎた藁屋根の軒先を斬り飛ばし、地に落としながら追いつく若者の姿があった。
「ち、連中ガキ相手の足止めもできねぇのか。おう小僧、おめぇのレベルじゃ無理だ。助けてやるからその刃物を捨てな」
なだめるように声をかけつつ、そのじつ懐からクナイをとって放つ。いちいち時間はかけられない。
相手のハルトはもとより一度敵対した者を信じる性分ではなかったので、これを弾き返して斬りかかる。
撃ち戻されて顔面をかすったクナイに気をとられ、しかも投擲のため利き手を使い抜刀の遅れたこの山賊は、舐めたはずの若造の一刀でとっさに出した左腕、刀を抜こうとした右腕を斬り飛ばされ、鎧越しに胸と腹にも痛撃を受けて唖然としたまま仰向けに倒れた。
ハルトは長巻を返して敵の両膝の皿を砕くと、空き家の燃える様子はないか点検する。
「てめえ、この貸しは必ず取り立てるぞ!」
痛みをこらえて賊が言うので、
「そんなことよりさっきの笛はお前か? 何の意味だ?」
と問うた。
「くそがっ! こっちは百人からいるんだ! てめえもその家族も、生きたまま切り刻んで泣いて殺してくれと言わせてやるぞ!」
「俺は客だよ。巻き込まれただけ。むしろ
いや、言わんとこう」
賊から刀の鞘を奪ってその口に突っ込む。抜けぬよう縛る。
『その拷問は今からお前が受けるんだろ』と言おうとして、それで自殺されてはいけないと気づいたからである。
長巻の血を振って表通りに戻ろうとすると、家に挟まれた路地で、長柄の武器をもった集落の男たちに出会った。
みな顔が強張っている。
「俺だ、ハルトだ。賊のひとりはその家の向こうに転がしてある。回収しておいてくれ」
「お、おう」
ここしばらくは酒場で住人と飲んでいたので、親しくはなったはずである。顔は憶えられているはずだ。
ハルト「ほかにもう二人、山賊の手先らしいのがいたはずだけど」
「逃げられた。あの半鐘で客が裏切ったと知ったが、宿の者はまず老弱が抜け出すのを優先したからな」
「最初はお前も裏切り者と思ったが、子供らが二人の賊を斬って残りを追ったと伝えてくれてな」
ということは半鐘だけだと殺害対象だったのだ。とんだ濡れ衣である。
小集落の治安維持のためには、まま起こる貴い犠牲ではあるが。
「おーい、もう疑いは晴れてるんだろうな? 俺不安だから子供らのところに戻るわ」
「ハルトは腕がたつようだから手を貸してもらいたいんだがなあ、全員が理解してるとも言い切れんから、仕方ねぇか」
「うっかり切りかかられてたまるか。反撃するぞ」
そうしたわけで門から移動する子供らと合流し、まだ息のある賊二人を野ブタのように棒から吊るして、ランバク爺さんの宿へと帰った。
緊急時にはここが老弱の籠もる場所となるのだ。
「お帰りなさいみんな! お帰りなさいハルトさん! 誰も欠けていない?」
食堂に入ると、ウィンティアが歓迎してくれた。
「ヒビコルの旦那がまだ外に残っている」
「畑の世話に出た人もみなが戻れたわけじゃないそうよ」
問いにはハルトとエナが答える。
「ウィンティアっ、ちょっと厨房借りていい?」
「いいよっ、何に使うの?」
ガキ大将っぽいのが尋ね、ウィンティアが即答する。
「捕えた悪党をカマドで焼くんだ」
「ひゃあっ絶対だめ! 絶対だめあり得ません! ちゃんと野辺送りしてください!」
「死んでねぇよ。こいつらにも敵の情報訊かないと。すこし焦がせば」
「ぎゃああああああ聞きたくないです! 痛いのは嫌い! 見たくない!」
両耳を抑えてウィンティアが絶叫してるので、ハルトが仕方なく仲裁する。
「庭でやれ。そいつらカマドにくべてたら厨房汚すし飯を作れんだろ」
「外だと狙われないか? 二人逃げたんだろ?」
確かに相手に射撃武器があれば狙撃されそうではある。
ハルトは首をひねる。
「来てくれたならむしろいいんだがな。どこかに潜まれて肝心な時に騒ぎ起こされるよりは。
どっちにせよ、俺はここに居ることになったし、来ないかどうか一緒に居て見張ってやるよ」
「偉そうにいうじゃん。でもお前思ったよりやるようだから頼むわ。俺より弱そうなのに、いい武芸引いたよな」
「まあな」
本当はなんども引き直したのだが、そう言えば運がいいのではなくズルと言われそうなので勿論いわない。
「うぉぉぉ…、庭が、私の育てた花に嫌な臭いが… … 」
ウィンティアが悶えているが、
「それは諦めてくれ。子供らがバラバラに散ったら守れない」
ハルトが一刀両断する。
そうして裸に剥いた捕虜を庭でさるぐつわのまま、たき火に足を入れて暖まってもらっていると、折々くる村人からも情勢が伝わってきた。
・外にはヒビコルと六人の村人が取り残されている。ほかは山賊に捕まる前に防壁のうちに戻れた。
・逃げた賊二人のうち、一人はランバク爺さんに斬られた。しかしもう一人が防壁の上で赤い旗を振り、また集落内に隠れた。
・防壁の高さは大人の背丈の一・五倍。内側に人が乗る道があり矢狭間から撃てる。しかし今ほど人の減る前に造られたので、今の人数で守るには広い。
その外に薬研堀があるが、放置気味でゴミが溜まり浅くなっている。空堀。
旗を振ったのは山賊の見張りに見せるためだろう。
どういう意味か分からないが、おそらく潜入がばれた時の合図ではないか。
ヒビコルと相談できたときには、
できれば夜の襲撃時に、
欺いて門から囲みに引き込み、
殺せる限り殺そう、
と計画していたのだが、今となってはもう無理である。
(食料は壁うちの倉にあるとは言っても、敵勢も畑に植わった分は採れるからなあ。戦えるのは多分集落の人数の二割くらい。十人ちょいか。相手より少なそうだな。昼夜脅されたら負けそう)
村人には元冒険者もいるが、向かなくなったから辞めたわけで、現役山賊の相手は厳しいと言える。
もやもやハルトが考えていると、順に耳栓を抜かれた捕虜にガキ大将らが質問に答えるか更に焚火に当たるかを問われていた。
一人ずつ尋ねて相違を調べるのである。
男児を中心にこうした責め問いをしていたが、女児の多くはウィンティア同様怖がり厨房で皆の食事の準備をしている。エナは蒼い顔をしながらも一種の責任者としてその場に立ち会っていた。
高所から周囲を見張る子らもいる。
「悪漢の小グループが複数、組んだのね」
エナが結論を出す。
日ごろ連絡のある山賊たちが、獲物に合わせて一時的な連合軍をつくったものらしい。
総数は二〇人ほどだが、声を掛ければまだ集まるとか。
三番目にハルトに斬られた男のみ、別ごとを言い続けたが、残りの二人が話すことが一致したのである。
「敵方の戦術を訊き出せたのはよかったといえるけど…」
これまでも何度か孤立気味の集落を襲い、食い物にしてきたようである。
いまのように防衛側に籠城された場合は、数日囲んで疲労を待つか、あるいは一度立ち去ってよそで仕事をし、隙ができるころに襲い直すらしい。
(ここを出た冒険者に飲み食いさせて話を訊き出し、こっちの人数や腕の立つメンバーを把握してるようなんだよなあ)
そのうち集落の門のほうから、何やら騒ぐ声が聞こえてきた。
「もう一通り聞いたんだし、楽にしてやろう。レベルの足しにしてしまえよ」
まだ燃えさしで突いてる子供らに、ハルトが声を掛けた。
「お前が斬ったんだけど、いいのか?」
ガキ大将がハルトに尋ねてくる。優先権を覚えているとは、公平なところがあるようだ。
「いいよ。俺八レベルくらいあるし」
「いや低いだろそれ」
「それよりこれ囮に、もう一人村の中に隠れてるやつおびき出したら?」
ガキ大将の取り巻きのひとりが提案した。
「いいアイデアだなそれ。その辺の空き家に突っ込んで、罠仕掛けとくか」
ハルト「そんな体壊れた奴を助けに来る山賊なんていないって。せいぜいとどめを刺そうとする程度だ。それなら牢獄にした空き家に火を付ければ済む。それより女たちと一緒に宿を守っていたほうがいい」
ハルトの言葉にそれもそうかと男児たちは慈悲の一撃を加えていく。一撃というか、みんなが薪で乱打し、運よくとどめが入ればレベルが上がるチャンスを得られるくじ引き方式である。
「小ボスはエナに譲るぜ。お前はさっきのやつにも仕返ししてないからな」
ガキ大将の言うのは、スカートを剥ぎ取られたときのことだろう。
エナの顔は強張り蒼ざめたが、譲ってもらったことに悪意はない。男の子らが肩や腰を撃ちすえ壊して、最後の一口だけ残したところを、彼女が眉間に打ち込んで来世へと旅立たせる。
この間ハルトは周囲を見渡していたが、実は一度だけ、山賊生き残りの顔が見えた。しかし距離が遠すぎる。仲間を助けるつもりもないようで、すばやく姿を隠した。
(防衛戦が激しくなったところで騒ぎを起こされそうだな)「よし、中に入るぞ。交代で宿のまわりを監視しておくんだ。
俺はちょっと門のほうに様子を見に行く」
大声をあげながら皆を中に入れると、ついでガキ大将に話しかける。
「あの辺に先ほど賊の姿があった。ここを狙う気かも知れん。
誰か俺に似た背格好のものに、門の方に駆けていってもらえるか? 騙されて襲いに来てくれれば御の字だ。
大人たちにも、さきほど訊き出した情報も伝えたほうがいいだろう」
「よしお前行ってこい」
ガキ大将がひとりを指差し指図する。確かに後ろから見ればハルトに似ているかもしれない少年だ。ちょっと顔はヌーボーとしている。
「その辺のマント羽織れば、鎧なしなのが誤魔化せんだろ」
「う、うん。行ってくる。何を伝えればいいの?」
「訊き出した山賊の人数、二〇人程度ということと、いま中にいるやつを罠にかけてる、って言ってこい」
窓や戸口にそれぞれ監視役の少年を置く。
しばらくすると、賊が先ほどとは別方面から忍び足で近づいてくると報告があった。
ハルトが逆の側から外に出て、宿をまわっていくと、その間に敵は懐から一つの塊をとりだし、ウィンティアが丁度使っていたカマドに繋がる、壁から突き出た煙突の先に転がしこんだ。フタをする。
「きゃあっ」「うわああ!」「ごほごふっ」
毒煙がカマドからあふれ出し、子供らの悲鳴が広がる。その間に賊はしゃがんで濡らし置いた手拭いを口もとに巻き、
そこでアキレス腱を断たれた。
「ぐああああ!」
右に転がりながら左手でクナイを投じるのを、ハルトは弾いて踏み込み、蹴りだされた足・刀を抜こうとした右手と下腹を一息に断ち割る。
相手はなおも左手で逆手に刀を抜こうとしたが、掴んだ柄をかするように突き出された長巻に、各指第二関節あたりをそろって斬り飛ばされあるいは砕かれ抵抗不能となった。
「ほかに気をとられるとこんなものか。俺も気を付けよう」
まさかと思うが油断なく周囲を警戒しつつ、厨房の勝手口を広げて中に声を掛ける。
「倒したから外に出ても平気だぞ」
もっともその頃にはみな別の部屋に逃げていたようである。
毒煙で見えないのだ。
仕方なしにハルトは水瓶から桶で水をすくい、一度中に入ろうとしてむせてえずき、気が付いて煙突に付けられたフタを外してそこから流し込み、火を消す。
◇ ◇ ◇
「助けてくださって本当にありがとうございます。本当にありがたいのですけど、できればカマドにお水入れないでほしかった、うー…」
あとでウィンティアに落ち込まれた。
確かに厨房に入ってみると、舞い上がった灰が料理に食器に壁面に降りかかり、カマドは湿ってしばらく使えず、汚水が床にあふれ出し、えらいことになっていた。
あと知恵でもっとましな対処は思いつけたが今さらである。
賊が悪い。
ウィンティアの気持ちを忖度して、少年たちの捕虜への扱いは過去最高の水準に達したようである。
訊き出すと煙の効果はしばらく吐き気と咳が止まらぬことで、水気のある布を通し息をすればかなり効果が薄れる。
あとは慣れだそうだ。
ハルトはそれはもうどうでも良しとして、少年のひとりを無事対処が済んだと報告に行かせ、自身は梯子を使い屋根にのぼって、状況の確認に努めた。
門の当たりでは四人ほどの村人が弓を使って外と対処しており、ほかに二人一組で何組か、城壁上を等間隔に周囲の監視をしているのが見て取れた。
◇ ◇ ◇
そのしばらく前、村長のランバク老人ほか三名が防壁の上で門を守っていると、十人余りの男たちが老夫婦を引っ立ててやってきた。
一人だけ身なりのましな男が前に出て、並みの弓手なら届かぬあたりから住人に呼びかけ始めた。
「こっちの要求は単純だ! 金と飯と寝床と女を寄越せ! 無理は言わん! しばらくお前らが壁の外で暮らしていれば済むことだ! 命第一に考えて我々に従え! この見捨てられた村を救いによそから人がくることはないぞ! もし従わないというなら、まずこのジジババで、逆らった者がどうなるか教えることになる!」
なにやらおめいているうちに、ランバク村長がひょうと強弓を放ち、老婆に突き立った。
「なにぃ! 退け! 弓の達者がいるぞ!」
指揮官が叫んで薄汚い連中が後退しだすところに、二本目が速達で届く。
これを指揮官が弾くとそばにいた男の顔を鏃がかすめ、わずかな傷なのに白目をむいて倒れ泡を吹き始めた。
「毒を使いやがった! 絶対に後悔させてやるぞ!」
山賊団は十分に距離をとると、老人を詰問し始めた。
「お前の連れ合いは仲間に殺されたわ。恨みに思うならあの男が何者か、家族が誰かきりきり吐け。さすれば我らが汝の仇にきつい仕置きをくれてやろう」
「ふん。あらかじめの決め事どおりしてくれたまでよ。どうせわしらをきつく責めて見せしめとするつもりであろうが。ならば女房を救ってもらって感謝の念のあるばかりじゃ」
「おう、お前ら打ちのめせ。少し正直になるまで体を柔らかくするのだ!」
ついに村人が防壁から見守るところで、老人の体が滅多打ちにされだす。
まだ殺す気はないようで、手足と腰を痛めつける。
「くっそあいつら。どうにかできませんか」
「できん。それより周りに気を配るのだ。あれに気をとらせてよそから忍び込むつもりに違いない。村うちに隠れた残る一人にも注意せよ。肝心のところで背中から撃たれたらまずい」
村長たるランバク老人が指示を下し、残りの者がうなづく。ほかのことに気を回している方がましである。
「村おさの宿から駆けてくるものがいます。子供のひとりのようです」
「うむ」
ハルトの身代わりに出た少年である。山賊から訊き出した集団の人数と過去手がけた戦術、いま村うちに隠れひそむ一人を誘えるか試していることを伝える。
「無理をするなと言いたいところじゃが、やりとげてもらえば楽になるのう」
そのとき離れたところの見張りが笛の音を吹き鳴らし、敵の接近を知ったランバクはそちらに二人向かわせる。
「連中の手口だと、あれも囮です。三番目か、最初が本命です」
少年がすでに伝えたことを繰り返し、ランバクらは「うむ」とうなづく。
うなずきつつ見回していると、騒ぎの起きていないあたりの見張りが二人、防壁から転げ落ちていくのがみえた。
さらにランバクの宿の方から煙が立ち上る。
「お前たち二人、あの場所に駆け付けてくれ。わしはここで喰いとめる!」
ともに守っていた最後の村人と、報告に来た少年にそう命じる。
二人が駆け去ると、防壁の外から幾分見えるように案山子を立て、自分は隠れて様子をうかがった。