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赤い布


 傷のほうはすでに治っていたが、まだダンジョンに入らないのは、全快の異能の残弾を増やしたいからだった。が、そろそろいいだろう。


「治癒の魔術があればなあ」


 思わずつぶやく。

 より正確には、自由に使えたらなあ、である。

 過去のゴタゴタで、弱いそれをハルトは所持している。

 秘密だが。


 同じく飯を食いに来ていた片足のヒビコルがぼやきを聞いて、


「いや無理だろう。神殿に睨まれるぞ」

「四~五十回も治癒に抵抗していれば覚えられるぞ、きっと。神から神官のみへの贈り物というわけじゃない」

「かもしれんが一度でも弾いたら神殿のブラックリスト行きだ」


「治癒の小技を持つ魔物から魔術攻撃を受けるか、神官に賄賂を積むか…」

「人生詰む話はそこまでとして、今日も罠巡りをするかい?」

「そろそろダンジョン潜るわ。爺さんは気にするなというけど、宿代は払わんとダメだと思う」

「立派な心構えだな。だが朝一に罠巡りして、それから潜ってもいいだろう」

「なぜ猪担いで山道を戻るのに体力使ってから切った張ったせねばならんのだ。体調万全で行くに決まってる」

「ワハハハハ。確かにまたオークが外に出だしたようだからな、間引きしてくれると助かるわ」


 看板娘のウィンティアに「今日も美味しかったぞー」と声をかけ、返事を聞きつつ鎧を身に付けにハルトは部屋に戻る。

 食堂の調理はランバクが主にしているが、彼は村長でもあり錬金術を活かす村医者でもあるので、その手が空かない時にはウィンティアが作る時もある。

 今日はその日で、味は普通になるが、笑顔のトッピングがあるので不満はない。


 身支度を済ませて外へ出ると、ヒビコルのビッコの足取りに追いついた。


 そのままなんとなく連れ立って門まで来ると、向かいから冒険者風の三人組が入ってくるのとすれ違った。

 チームのトレードマークか、みな赤いスカーフを巻いている。

 ハルトのレベルの低さとヒビコルが片足なのを舐めたのか、鼻で笑うようなところがあった。


「このまま寂れるかと思えば、まだまだ見捨てない冒険者はいるようだな」

 ヒビコルが振り返りつつ、小声で言う。


「おっさんの目から見て、連中のレベルはどうだい?」

「一人は高かったね。残りも寄生虫というわけでもないだろうから、アラサーだろう。俺のレベルが、計算間違いがないなら三四だからな」


 自身のレベルは、魔道具を使ったり、基準となる魔物や獣を見て威圧を感じるかどうかで判定できる。

 相手のレベルは、自分以上かどうかだけわかる。


(四十や五十もありえるか。とはいえまかり間違っても、全快の異能を八回使えるのだから、俺がまず勝てそうだな)


 そうハルトが思いながら坂を下っていくと、また別の二人組が集落を目指しているのが見えた。

 向こうも気づいて観察してきてるようだ。


 二人とも腰に赤い布を下げていた。


 ハルトは気になり振り返って門の防護を確かめた。


 村の門は巻貝の口のような形で付いている。

 左右の防壁が食い違う形で寄っていて、見張り台が内側の防壁のうえにある食い違い虎口というやつだ。

 敵が門を開けようとすれば横や背中から矢が注ぐ。


 さらに門を入っても「つ」の字に道が曲がり、先が見えず勢いがそがれる。


 日常の便も重要だから、道は幅もあるし長さもないが、数人射手を置けばかなり堅い守りになれるだろう。



「今日は気が変わったわ。もう一日罠猟の手伝いして、帰って寝よう」

「ほう、こっちは助かるね。

 なんかあったのか?」

「まあ、森に入ってから」


 人目を遮る木陰に入ると、さらに周囲を警戒しつつ、小声でハルトは尋ねた。

「今日の新顔は、全員が俺に殺意を向けてきていた。そっちはどう感じた?」

「む。 …何か思い当たることでもあるのか?」

「うらみを買う覚えは全くない。とまではいえないが、まるで見覚えない」


 故郷の村ではもめ事があったが、追手を雇うほど財力がないだろう。


「俺も多少嫌な目で見てきやがるとは考えたが。

 ハルトは、そうした技持ちかい?」

「村で教育係をした戦士は、番人系だったよ。村の防衛が主目的だし、よそ者が敵意を向けてるか、嗅ぎ分けろと言われた」


 天から受け取る技能は、習ったのと原則同型となる。

 たとえばハルトが麻痺魔術を無詠唱で飛ばせるのも、師匠の大ネズミがそうやって使うからだ。

 弱い魔獣の大ネズミは、奇襲で獲物を得る。


「加えてどちらも赤い布を身に付けているのが気になる。

 冒険者がチームカラーでそうしたことをするのはよくある。よくあるが…

 一番活用できるのは人相手の乱戦で味方を見分けるときなんだよな」


「付け方は今は別だが、確かに何かあればすぐ揃いの位置に付けて敵味方を区別できるな。

 集落に人が減ったところで略奪に来た、と?」


「ありえないわけじゃないだろ。丁度冒険者が二組消えたところでもあるな」


 よそに行けば噂話はするものだ。

 冒険者は情報交換せずには長生きできない。


 さてハルトとしてはどうするか、である。

 このままダンジョンに潜って、戻ってきたところで待ち伏せでもされては厄介、と道を外れたわけだが、自分に呪いを掛けられるようになったことで、すでにこのダンジョンに来た目的の主要部は果たされたともいえる。


「あれ? 俺は揉め事になる前に立ち去っても構わんのじゃね?」

「それはそうだがそうともいえず」

「いや、いえるだろ」

「まずは罠を見て回ろうぜ。連中が強盗目的としても、村人も腕に覚えがないというわけでもない。あの村長の爺さんだって、ダンジョンの奥まで行ける技量があるんだぜ。五人程度なら捻り潰せる」

「そういえば詳細な内部の地図を作っていたな」


 それに美味い飯を作れる。

 最初の出会いが理由だろうが、レベルの低いのを軽く見ない者も村にはそれなり居る。

 ウィンティアは失った妹を思い出すし、強盗たちが勝ったらそれはヒドイ目に遭わされるだろう。


 ハルトは故郷の村長の息子やその取り巻きの仕打ち、それに対抗した仕返しを思い出し、腹の中が熱くなるのを自覚した。


(今の状態なら、あの頃の泥仕合ではなく、無道な連中を鮮やかに叩きのめせるかもしれないなあ)


 ちょっといい気になっているかもしれない。物語の英雄に憧れる、そういう年齢ではある。一五歳。


   ◇ ◇ ◇


 山の中の罠を見て回ると、がっかりしたことに幾つかの罠が壊されていた。獲物はない。


「足跡がいくつもある。よそ者が入り込んで、獲物を持って行ったな」

「これってここらでも盗賊行為?」

「そりゃあ当たり前だろう」


 俺のときも拗れたなあ、とハルトは思い出す。

 山に逃げたあと、外の世界を知らぬハルトは、近場で木の実拾いや罠猟で生きようとした。

 しかし村のルールに合わせてつくると罠は壊されてしまった。

 もうハルトは村の者ではないのだ。

 そこでハルトは印のない罠を仕掛け、村の罠を壊した。

 狩人の師匠がハルトの罠にかかった。殺した。


「足跡はあちらに向かってるようだが」

「あのへんに野営向きの平地がある。風下から様子を見よう」

 言ってヒビコルはハルトに振り向く。

「どうする?」

「いくよ。数が多いなら、皆で逃げたほうがいいかもな」

「子供たちは追いつかれる。俺が足止め役で半分は惹きつけるとしてもな」

「じゃあ籠城戦か。過疎で防壁を守り切れるだけの人数がいなさそうだが」


 そのあとは無言・手仕草でヒビコルの移動について行った。


 焚火と肉を焼く煙が香ってきた。

 さらに藪深い高所にうつる。指先で指示されて様子を見る。


(六人見えるな)

(それなりな鎧が二人か。あいつらは俺よりレベルが上だ)


 切り開かれた小さな平地に、男たちが集まって、あるいは酒を飲み、あるいは肉を焼いている。

 二人は幹部クラスらしく、きちんと装備がそろっているし、くつろいでいる。残りは下働きをしているが、鎧が部分だけだったり、風体も垢じみて、人相が悪い。いかにも山賊雑魚勢と見える。


 そしていずれも頭に赤い布を付けていた。


 置かれた獲物はヒビコルの罠にかかったもので、麻痺毒の小槍が刺さったままの小鹿が未処理で在った。


(どうする?)

(引き上げよう。朝方子供らが山の幸の採集に出ている。引き揚げさせるべきだ)


 ハルトは手荒く手早くやってしまおうかと考えていたが、言われてみればそうである。子供らが人質になるなどしては、村人の動きが停まる。


 ヒビコルがその日の採集場を知っているとのことで、無言無音でまた動く。

 森を進んで場所が近づくと、かすかな泣き声と脅す声が聞こえた。


 ヒビコルが懐の毒槍を叩き、自分はあちらからまわりこむと仕草する。

 ハルトは頷き、自分は麻痺魔術を無詠唱で撃つと(仕草が思いつかず)小声で伝える。


 別れて茂みを盾に覗くと、赤いバンダナを巻いた山賊風の男に小さな女の子が捕まって泣いており、もうひとりの山賊が蔓を斬って他の子供らを縛り上げているところであった。


 少女の顔や足の皮が何カ所も薄く削がれてめくれ、血がこぼれている。


 ハルトの心にまた妹の受けた仕打ちが思い出され、怒りで焼けるように感じられた。


 ヒビコルが後方に回り、準備ができたところで、ハルトが無詠唱の麻痺魔術を飛ばす。そして弾かれる(おいおい)。

 気づいた山賊が術者の方を見て声をあげようとしたところを、背後から片足の男が一突きする。

 かすっただけでも猪を動けなくする毒だ。たっぷり血の中に流し込まれ、悪党は舌も手足も痺れて刀と子供をとり落とした。


 後ろの騒ぎに気付くことなく、そいつの相棒は、二人いた少女のうちの片方を、手籠めにする気かスカートを剥ぎ取っていたが、片足のヒビコルが物音立てず近寄る中、先にハルトによって金縛りに倒れた。



ヒビコル「お前もそう睨むなよ、助かり賃と思えば損でもないだろ」

子供1「でもよー、そいつ何もせず固まってただけだぜ」

ヒビコル「ハルトは無詠唱で魔術使ったんだよ」

子供2「最初絶対弾かれたよな。きづかれたじゃんよー」


 ハルトはせっかく子供らを助けたものの、いくぶん四面楚歌になっていた。

 特にスカートを整える少女から無言でちょっと睨まれていた。

 助ける前に捲られた中身をガン見しながら固まっていたせいである。

 四歳の頃から山野をめぐる苦労の連続で、女性に免疫がないのだ。

 義理の妹とは、仲が良くとも会うのはまれだった。


「少しはできるようになったと思ったんだが、最初の魔術を弾かれるとはな…」

 女の子と目線を会せぬようしつつ、冷や汗を浮かべてハルトは言った。

ヒビコル「若いんだから仕方ないって。お互いフォローしあってうまくいったんだ。問題はない」

「いや、あれはこの子が脱がされてたからじゃねぇよっ」

 ますます睨まれた。


 襲ってきた山賊はどちらも裸に剥いて縛り上げ、麻痺毒にかかったほうは特に男の子らの容赦ないリンチに遭っており、会話可能な方は「ああなりたくなきゃしゃべったほうがいいことを全部吐きだしな」と説得されている。


 その結果

  一団の人数は両手の指より多く、

  先発の数名が泊り客をよそおって地理を把握し、

  深夜門番を殺して残りのメンバーを呼び込み村を制圧、

  しゃぶりつくすまで居座る予定

 と分かった。


 ほかにも、こいつら二人は周囲の調査役で、村人を見かけても手を出さず監視しておけと命じられていた事実とかあったが、特に質問しなかったのでハルトらは知らない。

 子供の集団に手を出して取り逃がせば、村に対処されてしまう。

 出したのは独断行動なのである。


 若い娘の体に興味持ったゆえの行動だが、だからこそ本隊に気付かれぬよう動いており、その意味ではハルトらに好都合なのだった。


「先行した五人が斥候役か。戻って連中を片付けよう」

 ハルトが言う。

「積極的だな」

「なんかねー、順調に男を下げてる気がして。構わないんだが、少しいいところも見せたくなった」


 無詠唱の魔術だけ使った結果、片足のヒビコルおじさんが働いてる間、女子の股間を凝視してただけの変態童貞と認識されているように感じる。

 そもそも子供らはハルトよりレベルが高い。

 レベルの上下の感じられる世界では、まずそれが評価の根本を作ってしまうのである。


 話してくれた山賊にも麻痺毒の小槍を打ち込み、口と目玉と耳と肛門にトゲだらけの枝を詰めたりしてから茨に放り込む。上からでないと見つからない。時間はかけられないので、さきに投げ込んだのよりは軽傷で許された。


「よし、帰るぞ」

 ヒビコルが言って、一同物静かに移動を始めた。


 途中、先の少女がハルトに声を掛けてきた。エナというそうだ。ハルトより一つ若い一四歳。今日の子供たちのうちではリーダー格。ウィンティアと並んで、同年代女子を集めれば上位四〇%には入れる美貌。

 あちらと比べて距離というかぎこちなさがあるが、これは最近の出来事が関係してるのかもしれない。


「ねぇ、あんまり無理しなくていいよ」

 小声である。

「無理って?」

「私はアンタが何か術掛けたって信じてるから」

「そりゃどうも」

「感謝してる。ヒビコルおじさんがくるより早く、あいつ倒れてるもの」

 少し顔が赤くなった。

「だから男気なんか見せないで、大人に任せて。怪我はしないようにね」

「あー、大丈夫。危険はとらない安全第一さ」


 どうも自分より低いレベルの男子に気を使ってくれたらしい。子供たちの姉役を引き受けてるだけのことはある。軽く見られたともいえる。が、もっと強い悪意や軽侮を受けてきたハルトからすれば、善意は間違いなく感じられる。心地よい。


「もちろん見学料分は働くよ」

「へー、それは命をかけてもらわないとね」


 尻を引っぱたかれた。



 森を出るあたりでヒビコルと周囲を偵察する。

「あの辺とあそこに監視役がいるな」

 さすが地元民、そうした場所を把握していた。


「子供らと俺らが一緒に行くと目立つかな?」

「ハルトなら年代そうかわらんだろう。しかもレベルが低い。子供たちの護衛で不自然ないから共に戻って爺さんに報告してくれ。俺はほかに外に出てる村のもん探して伝え、連中をもう一度様子見してから戻るわ」

 頷いて皆をうながし畑の間を通り、ついで集落につながる坂道を登っていった。



 山賊たちの見張りからの盾になる位置に付きつつ、小声で皆にいう。

「さすがに今攻撃してくるとは思えない。本格攻撃は夜になるだろう」

 どうも子供らの動きが硬い。怪しまれるのは困る。


「じゃあなんで私たちを捕まえようとしたのかしら」

 エナが聞いてきた。

 先にも言ったがあれは山賊二人の暴走である。しかしここにいるものは誰も知らない。


「大人たちが外に探しに来るところをやっつけるための、エサにする気だったのかもしれない」

「私たちも、人質とられて動けなくなったものね」

 皮を削がれていた少女は薬膏と布を巻かれて男の子の背に運ばれている。

 ハルトの無詠唱治癒魔術で痛みと出血は無くなっているが。


(人質か。それは見捨てるものだ)

 内心ハルトは思ったが、それが出来なかった相手にいっても仕方ないだろう。

 自分はそうして、その分をやり返したのだが。



 無事集落の門を入ると、エナが二人いた門番に事態を告げ、門番がそれに答えて指示を出した。

 と、そのとき子供らの何人かが声をあげた。指をさす。見ると今朝の客=山賊のうちの三人組が立ち止まっている。

 一人が後ろに走り出した。二人が抜刀する。

 そばにいた村人が喉を裂かれ、背を割られた。


 決断が早い。子供たちの様子からばれたと察したのだ。


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