呪いの副作用、というか見落とし
◇ ◇ ◇
何日かしたのである。
またヒビコルと罠の見回りに行こうとしたとき、ハルトがぼやいた。
「どうもまるでレベルが上がらない」
「そりゃ一〇回に一度でも上がれば…、いや、お前さんだと三度に一度でも不思議ないか…
だけどお前さん猫にバカにされないようになってるぞ、上がってるんじゃないかい?」
「そういえば…
あれ? レベルが上がるのってなんでわかるんだっけ?」
「朝起きた時に恩恵が選べるのに気付くからだな」
「そうだよな! もしかしてレベル抑えの呪いって、レベルアップの時の恩恵もなくす?」
「そりゃ当たり前だろう。村長の説明何きいてたんだ。いいも悪いも効能がなくなるといってたじゃないか」
「しまった。アップの時は関係ないと思っていた!」
説明をよく理解せず、都合よく解釈した典型である。
「だからレベル上げするとき、呪いにかかってないよな、って確認したろうが。
やっぱりコウモリのいるあたり通過してたんじゃねぇか。
でもあの時二つ呪いほどきの霊薬をとってきたんだろ? 返してもらえよ。
そういくつも損したわけじゃない。そう思え」
「わかった… いまから返してもらいに行く…」
そういってヒビコルと別れようとする。
「俺も家に戻ってるから、ほどいたら罠の見廻りにいこうぜ」
すっかり人に頼る怠け根性を身に付けたようである。この片足の罠猟師は。
それはそれとしてハルトは、一人になったあと異能はこの状態で使えるか、異能で呪いは解けるのか、と思って実行してみた。
実際にはすでに洞窟での戦いで、呪われた状態で使っているし、その時呪いがとけて、魔道具の小楯が壊れているのだが、本人の意識の上にはあまり残っていなかったのだ。
なんとなく、小楯はいつの間にか落としたかな、程度の認識だったのだが、本来なら呪われるとその魔道具を大事にさせる効果もあるので、落としたけどどうでもいいや、という認識にはならないのである。
今掛かっているのはコウモリの呪いだけだった。
今、異能の使用で消えたので、どうでもよいことだが。
なお魔道具と異なり、呪いが解かれてコウモリがどうかなったりはしない。
ではもう一度ヒビコルと仕事に行くかと言えば、それではどう呪いを解いたか説明がつかない、とハルトも気づいたので、結局宿には戻る。
◇ ◇ ◇
戻ってみると、宿の庭に道具を出して、ランバク老人が細工物の最中であった。
「矢作りかい?」 ハルトが問う。
「うむ。洞窟が溢れるのが近いからの。いくらかは戦の準備をしておいたほうが良い」
「相当強いのも出てくるのかな?」
「そんなこともない。大概はコウモリが呪いを振りまく程度で、それで十分客は集まるからの。
とはいえ過去には大亀が暴れたこともある。洞窟の主は気まぐれじゃ。備えは必要よ」
「その細工はこの辺の矢作り職人と違うようだが、山向こうのやり方なのか?」
ハルトはこの醜悪ながら気の良い老人に対し、立ち戻った理由を少し言い出しにくく思い、だらりと違う話題をつづけた。
先日面倒に思って嘘をついたのが引っかかったのだ。
「さようよな。神々の教えとは違う」
ことり、と作り終えた矢を他のに揃える。
「なにか山向こうなりの利点があるのかい?」
「枠の数に無関係、というのはあるかのう」
枠というのは技能や職能・呪文・小技・魔道具への結縁、といったものの合計数の上限、と考えてよい。
生まれつきの数に上下があるが、レベル上げの恩恵に貰うこともできる。
「余裕があったら枠数は増やしておけ、と言われたことあるな」
そして増やして実はかなり持っているのがハルトである。
「わしは生まれ持っての枠が狭くての。加えて心身とも脆弱で、恩恵をそちらに振り向けることもできんかった。
長じても田畑を耕す以外これといって期待もされず生きておったが、レベルを上げてるうちにだんだん前世のことを思い出してな。そういえば山向こうではこういう技の育て方があると聞いたな、と、試しにしているうちに、いくらかモノになっての」
「枠数が目いっぱいになった、といってる人は時々噂に聞くから、そういう人も真似したらいいわけだな」
「さて。わしがこれで腕を磨けたのはそれなり永く生きてきたからでのう。それに本格的にこの道で行くには、レベル封じの呪いにかからねばならんし」
「呪いを利用してるとかは、この前も言ってたね」
「うむ。どうもこの世のレベルという仕組みは、山向こうの遣り様とそぐわぬようでな。あちらの技を身に付ける邪魔をするようなんじゃ」
「高すぎる技能の足を引っ張ってきやがるようなもんか」
「あれより具合悪いのう。
呪いにかかったら素直に練習の効果がでるようになったし、行き詰っていたところから先に、急に進めるようにもなった」
「あっちの神様、管理人と、こちらのとで仲が悪いのかな?」
「どうかのう。
山を越えたものが質問してみたら、『実験結果が混じらぬように』と言われたそうじゃが」
「山向こうじゃなにかの実験をしてるのか」
老人はまた一本、矢を仕上げた。
「そうしたわけで、普通にレベルが起きたままの状態では、練習の成果はあまり出ん。それなりレベルを上げてから呪いを受けてやるのが良いぞ」
「爺さんの娘、ウィンティアは、随分熱心にアンタの真似してるようだけど」
「止めてはおるんじゃがの。
いつか十分レベルを上げてから、呪いを使えばよい」
老人は振り返り、宿のほうを見た。
「とはいえ、文字を習い覚える程度は出来たか。計算は速くはないが…」
「ならさっさとレベル上げてしまえば?」
「いざという時上げる余地を残しておくのは、病や怪我を治せるからでもあるかの。
ヒビコルのように、先にあげてしまうと足を治せんようになる」
「なるほど。
爺さんもレベル上げの余地は残してるのかい?」
「わしの場合前世を持つゆえ、ことさらゆっくり上げたしの。
さもないと乗っ取られる。
この見かけになって年を取るのが停まってからは、体の弱りに備えてとっておくようになったわ。
そうなってからも山越え流で細工も剣術・槍術も料理も、色々鍛えた。
が、あるところでピタリと育たなくなる。
ああこれは、レベルを越えて山向こうの技を伸ばすことはできんのだな、と気付いた」
「制限があって、こちらの天与の技がレベル越えた時よりきついんだね」
ハルトはレベルと比べ高すぎる技を受け取っているが、使えはする。
やたら失敗しやすいだけだ。
「それでこの土地の呪いの噂を聞いて掛かりに来た。
すると枷がとれたように技のキレが優れたものとなり、またどんどん成長してのう」
「いいね。じゃあ伸びた戦技でレベルを上げれば」
「いやそれでは呪いのせいでレベル上がりの恩恵が受けられんが」
「あ、そうか。じゃあいったん呪いを解いて」
「するとレベルの枷が復活して、昔の力量に逆戻りする。
レベル相応の技量ともいえるが、天与の技と違い、下駄をはかせてもらえるわけでもないので、同格の魔物を倒しに行くのは結構命がけじゃな」
「うまくいかねぇ…」
「まあうまくやる手もある。
まず呪いのかかった状態でレベルの高い魔物を討つ。
次に呪いを解いて寝る。
すると翌朝にレベルが上がったなら、恩恵が受けられる。
それから呪いを受け直す」
「なるほど。うまくいきそうじゃないか」
「問題はわしほどレベルが上では、レベルが上がるなんぞ一〇回に一度程度なことよな。
試すたびに呪いほどきの霊薬を使って、上がらねば呪いを受け直して魔物退治。
素寒貧になっても無理な話よ」
「あー、その霊薬の事なんだけど…」
ハルトはここで、戻ってきた理由を思い出した。
「返してほしいんだ。実は呪われちまって」
「もちろんじゃとも。なんじゃ、また潜ってきたか」
どうも勘違いされたようだが、白状するほどのこともないので、そのままにして受け取り立ち去ったのである。
◇ ◇ ◇
四日ほど罠猟の手伝いをしてレベルが上がり八になった。
この八というのは、家畜から受ける威圧があったり消えたりでこの程度と判断できたもので、動植物は一般的なレベルというのがあるのである。
成獣になると変わらなくなる。
上がりかたのも人類とは異なり、作用も違うらしい。
というより人類だけが特殊のようで、神たる管理者により、人類は選ばれたと神殿は説いている。
さておき一つ恩恵を得たのだから、ハルトは魔術技能を希望した。
今ある呪文が収納とレベル封じだけなので、幸いどちらも新たな魔術技能に加わった。
知られる内で一つの魔術技能にぶら下がる呪文の数は、八つというのが最大らしい。
候補が二つだけならまず安心ではあった。が、それでも一つだけのこともあるのだ。
それでなぜレベル封じを技能として得て嬉しいかと言えば、先日のランバク村長のアイデアを借用・応用・発展的利用をしてみたいからである。
つまり朝自身に呪いを掛け、レベルの足かせをなくして行動し、寝る前にほどけば、翌朝レベルアップしたとき恩恵を普通に得られるというわけだ。
自分で掛けた継続魔術はいつでも解けるので、こうしたことができるのである。
実証したうえで具合よければ、ランバク村長に伝えることもやぶさかではない、かもしれない。
(とはいえ枠はなさそうだったな、あの爺さん)
コウモリから呪文を学習できるまで魔術を受け続け、その呪文を元に魔術技能を受け取るのだから、二枠は空きが必要である。