罠猟を手伝う
◇ ◇ ◇
翌朝ハルトが目覚めると、またレベルアップしていなかったのでがっかりする。
過去の経験でもこうしたことはないわけではないが、ひょっとして呪いの影響か? と邪推してしまうほどだ。
ちなみに邪推ではない。実際呪いの影響だ。あとで語ろう。
全身の傷を触れてみると、もう痛みもなく腫れも引いていた。
前夜には老人から切り傷に効くという錬金薬をもらって使ったのだが、なるほど優れているようだ。ハルトにも薬師技能はあるが、故郷の村の薬師からの伝授なので、こうはいかない。
技能はレベルアップにともない、願って恩恵として授かるものだが、それはまず誰かに教わることで、教わった内から、それと同型のものをいただくのである。
(あの老人の錬金術というのを教わりたいものだ。山向こうの技をこちらで得られるのかよくわからないが)
寝る前に周りに出した荷物を収納魔術にしまう。
収納するとそのぶん体重が増えるので、寝づらい。貴重品以外は外すのである。
収納を含んだ魔術技能を多く持つので、すぐ出したいものは単品でしまっておく。
井戸で顔を洗い、水筒の水を交換し、食堂に行った。
「おはよう、ハルトさんっ。傷の治りは良いようですね」
「おはよう、ウィンティア。君の父さんの腕はいいね」
「それにしてももったいないですねー」
朝の準備をしていたウィンティアが、寄ってきてハルトの肌に触れる。
「なにが?」
「初めてあったときほんとに驚いたのですが、ハルトさんってとても綺麗な肌をしてらしたじゃないですか。冒険者になって最初にこちらにいらしたんでしょう? それがもうこんなに傷ついてしまって」
なるほど。レベルが異常に低く、全快の異能でシミ日焼けまでリセットしまくるハルトを外から見ると、そんな風にド新人に見えるのかもしれない。
「このくらいはすぐ消える」
ハルトの常識からするとそうなる。
「それより罠猟の許可をもらいたいんだが、差配してるというヒビコルさんと話せるかな?」
「昨日だいぶ飲んでましたからね。本人は酔っぱらうし、怪我してるハルトさんに飲ませるなといったのにもー。あの有り様ならゆっくり会いに行っても平気と思いますよ」
「飲んでる間に話したんだが、向こうの記憶に残ってる気がしない」
「たぶんお酒しか残っていませんね」
そのあと怪しい飾りの並ぶ食堂で朝食をとった。昨夜も思ったが甚だ優れた味わいだ。
ランバク老人が今日は食事を作っているのあろう。
例によって数人の少年少女が食事をとり、少しハルトを警戒するようで小声で話しあい、出掛けていった。
「あの子たちは?」
「親が死んだり冒険者に捨てられた荷物持ちだったり、夜逃げした家族に置いて行かれたり。そういうのですね。ちなみに私もそうです」
「それをウィンティアの父さんが世話しているのか」
「あの子たちも畑の世話や山菜摘み、ヒビコルさんから教わって罠猟に目覚めるとか、半分は自活していますよ。ふもとには兄さん姉さんたちがいるのですけど、あちらも近頃は厳しいようで… でも村に人が減った分、ここでみんなが食べてく余地はありますね」
普通は育つと下の村の開拓地にむかったらしい。
「妙に警戒されていたが」
「ハルトさんはあの中で一番小さい子よりレベル低いですからねー。その歳まで一体なにしてたんだろ、って噂にはなってます」
そういえば二レベルである。
「正直かつ誠実な情報源で助かる。今後もそのままの君でいてくれ」
「えへへー、がんばりますぅー」
さておき、
「今日はあの席にいた冒険者がいないな。もう一組もどこにいるんだ?」
「もう逃げちゃいました}
「逃げた」
思わず食事の手が停まる。
「私たちがハルトさんに助けられたとき、相手がダンジョンにしか出ないアヤカシだったじゃないですか。あれを聞いたら氾濫が近いと思ったようで、二組とも連れ立って旅だたれました。
しかたないですね、引き留めるわけにもいきませんし」
確かに自由人である冒険者を留める権力はここにはない。意味もない。
「首提灯に勝てない腕なら逃げたほうがいいだろうな」
「蝙蝠が嫌なのだそうです」
「あれを倒せないで冒険者は名乗れないだろう?」
「呪いを掛けられて逃げられたら、高い魔道具や専門家に頼まないとダメじゃないですか。
ハルトさんは別ですけど、ふつー一番頼りにしてるのはレベルの補助ですよ」
「そうかな?」
「たぶんそうだと思いますよー。天与の技がそれほどでなくても、レベルがあれば最低限にはなるじゃないですか。世間的にも高いほうが一目置かれますし」
「なるほどそうかもなあ。あ、美味しく頂きました」
「ご満腹さまー」
異能でレベルを失うため、経験的に「レベルなど上がるものじゃない」と思っているハルトは、どうも世間の常識とずれてるようだ。
その後ヒビコルの家を聞いて訪ねることにした。
◇ ◇ ◇
「罠猟で獲物が欲しい理由がレベル上げなら、俺のあとを付いて生きてるのを片してくれたらいいじゃねぇか」
「それもそうだな」
相談すると案外あっさり答えが出たりする。
ハルトはずっと孤立気味で、ほかのひとと協働するという発想に乏しく、思いつかなかった。
「罠猟には間違って人が掛からないよう、いろいろ定めごとがあるからな。よそさんに余り混じって欲しくはないんだ」
そりゃそうである。
というかハルトの故郷にもそういう決まりごとはあったのだ。納得するしかない。
思い出せば、逆用して山狩りされたときに反撃に使ったものだった。
「じゃあ昼過ぎから行くか」
「働け」
「体調がだな」
「ウィンティアから二日酔いの薬を預かってきたぞ」
渋るヒビコルをせっつき、山中に仕掛けた罠を見て回る。鹿と兎が掛かっていたのでとどめを刺し、捌いて血抜きしておいて、よそも見たのち回収、ヒビコルの家に担いでいった。
「助かるわー。見た通り片足でさ、この仕事しかできねぇが、持ち帰るのが大変なんだ。
それはともかく、お前さんいま何レベルよ。猫にもバカにされてるようだが」
呪いのせいでハルトは上のレベル持ちからの威圧を感じなくなっているのだが、相手からは分かるままらしい。
「何日か手伝わせてくれ。傷が治るまで少し外でレベル上げをしたい」
「こっちは一向構わねぇよ。そういやお前さん洞窟に入ったが、レベル抑えの呪いは受けてないんだろうな」
「それは大丈夫」
ハルトは面倒に思い、ごまかした
「にしても先日のあとでも森の中で子供らが山の恵みを拾っているようだね」
「溢れるのが近いと爺さんが予測してるからな。逃げるにせよ籠もるにせよ蓄えは必要だろ? もしまた魔物でも現れたら、救ってやってくれや」
「どうも嫌われてるんだがな」
「嫌われてるというか、お前さんレベル低いしな。子供なんてそんなものだ。
あ、っと。それに爺さんが、子供らよりレベル低いのに強い人間がきたら教えろ、といってたようだぞ」
「ん? 俺のことか?」
「いやずっと前からだから別人だろう。ただそれがあるから、気にされてるんだろう」
「ふーん」
ヒビコルの家につくと、もう手伝いは良いと言われたので、その解体の腕を眺めながら、処理場の入り口に寄りかかり、無駄話をつづけた。
「偉業を成すと異能を持てるといってたけど、そういう人ってのは数居るのかい?」
「山越え者の数か。
噂でしかないが、数百人というな」
「多いのか少ないのか。いや、なんども達成してるのがいるみたいだし、もっといてもよさそうだな」
「だから山越え者なのよ。一度偉業を成したものは、またできる。人としての領域を一歩越えたわけだ。地力でダンジョンコアを割りに行ったり、竜を倒したり。この段階で常人には無理だわ」
「そんなもんかね」
「そんなもんだ。
ちょっとここ抑えてくれ」
「やっぱり手伝い居たほうがいいんじゃないか。
それでどんな異能貰った人がいるんだ?」
「突っ立って話しかけるだけじゃ邪魔にしかならねぇ、働いたほうが世のため人のため俺のためだ。
有名な異能は、例えば世界最強の剣士にしてくれとかな。
あるいは天候を自在に操れるとか」
「剣士は分かりやすいけど、天候はなんで選んだ?」
「願ったのは天変地異を起せる力だったらしいぞ。だけどそれじゃあ強すぎるってんで、目の届く範囲の翌日の天気を指定できる、に変えられた」
「そういや希望した通りになるとも限らないって話だったな。天変地異じゃ神様そのものだ。欲をかいたね」
「この山越え者もそう思ったのか、大してこともなさず亡くなったが、転生した先で幼少のころから異能を発揮して大評判、神様と祀られるほどになった」
「ほう」
「高山のてっぺんからヒト睨みして、翌日の雨風お日様の量を好きにお決めになさる。庶民が崇め奉るのは当たり前だ。
軍隊が隣の国を攻めるなら、日照りも洪水も自由気まま。こりゃ王様だって頼りにする」
「そう聞くと国の宝だ。欲しい時に欲しい量の雨がふればなあ、とは思ったよ」
ハルトの養家は小作人である。
「すえはあまり良くなかったらしいがな」
「ふーん。
にしても最強剣士なんてのも、たくさんの人が願いそうだけど、その場合誰が最強になるんだい?」
「最初に願った者だけだな。あとは二番目三番目と続く、らしい」
「じゃああんまり最強とかは願わないほうがいいね」
「エモノを替えりゃいいようだがね。
最強の槍使い、最強の盾使い、最強の鎚使い、それぞれ別もんだそうだ。オモドコロは既に埋まっちまってるけどなぁ」
「へぇ、じゃあ珍しい武器の最強を望めばいいのか」
「そうしたのもあって、既に配られた異能にはどんなのがあるのか、質問した山越え者もいたそうだな。知識は何度望んでも問題ないから」
「贅沢な使い方じゃん。そういう知識も世の中に流れてくるのか」
「山越え者には案外おしゃべりな方も多いのよ。知識を求めて冒険をし、成果を世にばらまく。
黙ってる方もいるだろうけどな。うちの村長も、どっちかといえばおしゃべりな方だろうな」
「今後の参考にしたいから、どの程度までなら願い事がそのままかなうのか、そのへんが知りたいね」
「加減は管理者様しだいとしか言えねぇが… 人の心を操るとかはあまりお好みじゃないらしいな」
「へぇ」
「そういうのを望んだら、確かに身近の女が欲情するようになったが、自分だけは好かれないとか」
「皮肉っぽいところがあるんだな。いや、倫理的なのか?」
「願いは認めるけど、類似のものは今後禁止、なんてこともある
有名どころでは、他の山越え者から異能を奪うとかな」
「そりゃせこいもんな」
「最初の一人も、一人分しか奪えないとか、相手を殺さないとダメとか制限付けられて、いいところなしに死んだらしいぞ」
「その制限なら、最初から使える異能を選ぶわ」
管理者の意図もそうなのだろう。
「あとはレベルを下げるとか」
うん?
「それはダメなのか?」
「手軽に上げ下げできれば、どんどん恩恵を貰えるが、裏技っぽいから禁止になったらしいな。一人目は許されたらしいが」
「願いが禁止かどうかなんでわかるんだ?」
「神殿に啓示が降りる」
ハルトは首をひねった。
神殿など大きな街にしかない。
故郷の村やここも、神官ならいるようだが。
ハルトの無知もあるだろうが、そもそも異能について語ってた記憶がない。
「それでも願ったらどうなるんだ?」
「その場合はハズレだな。代わりにレベルが無条件で一つ上がる」
「うーん、それは有難味ないなあ」
「兄さんにとってはそうだろうが、四十~五十までいったなら意味が出るよ。
年取れば『若返り』を望むようになるだろう?」
「若返り?」
「レベルアップの恩恵だよ」
またハルトが首を傾げるので、片足の罠師ヒビコルは、互いの知識にずれがあると気付いた。
「兄さんいくつ、レベル上がりの恩恵を知ってる?」
「え? 枠を広げる・技能を憶える・魔術を憶える・死にづらくなる。こんなものか」
「あとは、心身を育てる・見栄えを良くする・若返る・病を一つ治す・怪我をすべて治す・呪いを解く、があるぞ。聞いた覚えないか?」
「ないぞ」
ないのである。ハルトの境遇では、真に彼のことを考える大人などいなかった。
(そういえばひどい怪我が治った時など、あまり驚かれなかったが、あれはレベルの恩恵と思われていたのか)
そんなことを思い出した程度である。
「むしろ『死にづらさ』なんて後回しだろう。心身が鍛え終わってからで十分だ」
恩恵で心身は伸ばせるが、限界があるのである。
『死にづらさ』には特段上限がない。
しかし大量に上げないと、実感ある効果にはなりにくい。
「ほんとに世間知らずだなあ。
心身を育てる、は筋肉を付けたり知恵を伸ばしたりできるんだ。敏活になったり風邪にかからなくなったりする。
枠を広げる、ってのも心身を育てるうちの一つだな。
見栄えを良くする、てのは余裕があるなら人付き合いが楽になる。こればかりに嵌るとロクな結果にならんけど。
若返るってのは、正直ちょっとしか効果ないが、中年過ぎてからレベルアップしたら使いたくなるもんだ」
「知らなかった…」
大体余ったときには『死ににくさ』をとっていたハルトである。
(思えば直接言われたのは、農作業を覚えろ、次は狩人・薬師に成れ、だけで、あとは立ち聞き頼りだったな… 狩人の爺さんだけは枠を広げておけと教えてくれたか…)
憶えた畑仕事も、養家に跡継ぎが生まれると、今度は忘れるよう強要されたものだ。悲しい記憶である。
ハルトが物思いに入ってしまい、二人してしばらく解体を続ける。
「お前さんも俺の技を参考にして、というつもりだったんだが、なんでこんな巧いの?」
「狩人ももってる」
むしろ本来は狩人メインである。次は薬師。
戦士や盗賊を望んだのは、村を追われたあとだ。
「低レベルで戦士も狩人も技術が高いって、籤運良すぎるだろ。不公平にすぎねぇか?」
「俺に言われても」
むしろ異能を知られたら言われまくっても仕方ないところだが。
「まあそうだが。村長みたいに初期値が悪くて、技能も身体も山向こう式のレンシュウで鍛えてきたのもいるってのに」
「なんか悪かったよ。そういえば顔はレンシュウできないのか?」
「美貌とか若さはレンシュウでは手にできんらしいなあ」