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オークは四体、二体は手傷あり


 山の南腹を横切る一本の細道を、一人の少年が西へと進んでいた。

 はなはだ急斜面な上ぬかるんで、なかば崖といってよく、足裏を乗せる幅もないことしばしばである。両の手も草やら蔓やらを掴んで泥まみれだ。


(前の村で『多少の難所があるが往来はできる』と言われたのは大嘘だったな。ずっと難所続きだ。いまさら引き返せんし)


 少年の名はハルトという。

 レベルの低さから侮られることが多く、冷たい扱いはよく受ける。今度もそのうちかもしれない。


(このあたり生えてるのは若木が多いけど、数年前に大規模な崩落でも起きたんじゃないか。それ以来地元民も領主も直そうとしなかったんだろうか。ダンジョンに続く道というのに)

 

 人の利用がまるでない、というわけではない様子だが、むしろカモシカなどの獣道としてできて、いまもそちらの方が利用者は多いのではないか、と思える。

 広く上下を見渡すと、山の皮がぺろりと剥がれて、ふもとの森に飲まれたのが見て取れる。今さらだったが。次からはこうした地勢も気づくようしようと心に決めた。


(滑落して物に当たれば、さすがに俺の異能でもどうにもできまい。いざとなったら荷を捨てるしかないが、刀は残したいな)


 レベル上昇の恩恵に『死ににくさ』は選んであるが、いくら積み上げたといっても育った熊程度の頑丈さだ。熊だって落ちれば砕ける。

 砕けてしまえば異能も間に合わぬ。


 ハルトの風体は革笠に蓑、胴と腰を守る皮鎧を付け、足元は草鞋である。

 これ以外の荷は、収納魔術をいくつか持つゆえ、見た目は軽装だ。

 しかし納めたものの重みは、ハルトにかかるので、踏み跡は案外深い。


 心に愚痴を思いながらなお進んでいくと、やがて前の方に古く高い樹が育ち、カゲの濃くなってくる土地が見えてきた。


(あの辺りは地滑りが起きていないようだな。助かった)


 それはよいとして、なにやら叫び声や固いものを撃ち合う音も、遠く聞こえてくる。


(む。争いか。こちらが装備整えるまで待ってくれれば良いが。

 いや崖路の先で待ち伏せよりはましだな)


 そんなところにいられては、刀もとっさに出せぬし利き手も動かぬ(右が山なのだ)。弓で狙われでもしたら窮したことだろう。


 どうやら気づかれずに、足場の広がったところで茂みに隠れる。収納魔術を詠唱音を立てずに使い、身に付けたままの笠・蓑をしまうのは、見る人が見ればたいそうな技である。

 続けて空中の暗い穴からとりだして、長巻を背に負い、手甲・脚絆を巻き付ける。これらは長細い鉄板をいくつも仕込んだものだ。鉢金を巻いた。


 その間も様子をうかがうと、山菜採りの住人が、数体のオークに襲撃を受けたようであった。

 見る間も槍をふるった勇気ある少年が、少しの手傷を負わせたものの、棍棒で撃たれて昏倒する。

 残るは少女がひとりのようだ。


(オークは四体、二体は手傷ありか。まあいい、やるか)


 少女の背丈が似ていて、捨てたとはいえ実家の妹を思い出す。

 それもあるし、今なら奇襲ができる。


(手始めに麻痺魔術)左手をあげると魔法陣が沸き上がり、詠唱音を発して回りだす。無音にも出来たが成功率が下がる。

 カキン(ハイ弾かれましたー)


 レベルが低いのだ、こういうこともある。


 オークらは、なお立ち上がろうとする少年の腕を折り砕き、採集用の鎌を振り回して歯向かう少女に棍棒を向けたところだった。

 が、異音のしたところでハルトに気が付く。


 頭だったオークが威嚇の叫びをあげ、持っていた棍棒を投じてくる。真似して手負いの一体も投げてくる。


(これを避けて突っ込む!)

 と回避を狙ったハルトの目の前で二つが衝突、不測のコースでハルトの左眼球を打ち込んで眼窩底骨折を引き起こした。

 運が悪い。


 常人なら気絶するところを、クマ並みの耐久力という恩恵のおかげで踏みとどまる。よろけつつ異能を使うと眼窩に目玉が戻って棍棒がはじけ飛んだ。

 その時には勝手に脚が走り出している。


 背中の長巻を抜刀、振うが瞼まわりの血で目測が狂い、オーク・リーダーは慌てず地を転がって、住民の槍を拾うと立ち上がる。

 二匹目はつられて投げただけで、背を向けて逃げだした。


 交代に三匹目が怒声を上げて突っ込んでくる。

 だがこいつは既に脚に手傷のある者だった。そこまでの速度がない。

 避けてのカウンターが決まり、あばらの間を刃が抜けた。


 ふらつく三体目がなおこちらを振り向こうとして、耐えきれず体が崩れた。

 湯気のような瘴気が散って、魔石が一つころりと転がる。


(うわ、こいつらアヤカシか。なんで外にいるんだよ)


 アヤカシとは悪霊がモノに憑いて形を成すもので、普段はダンジョンなどにいるものである。


 正面からオークリーダーが大振りで槍を振るってくる。これは牽制だ。

 四体目が背後に廻って、声をあげずに錆びた長剣で横なぎにしてきた。

 しかしソロ活動の多いハルトである。さすがにこの人数なら全員に目が行く。余裕で避けて、かえってその喉笛を切り裂いた。

 よろけた遺体がなおハルトにしがみ付こうとする執念を見せたが、蹴りつけて引きはがす。

 後ろに倒れる途中で魔石に変わって長剣とともに地に落ちる。


 そこに、戻ってきた二体目の槍が突きこまれた。やはり誰かのを奪ったのだろう。

 だがその一撃を長巻の腹で受けて逸らす。二体目の体が揺らぐ。

 即座にオークリーダーの連携攻撃がくる。

 それをかわして、たたらを踏んでた二体目を押しやり絡ませる。

 滑らかに一閃したハルトの反撃が、二体目の背中を切り裂き背骨を断ち切った。


 なお臆することなくオークリーダーが意地を見せるが、さすがに一対一で負けるつもりはない。数合撃ち合い、柔らかな腹を裂いて動けなくなったところでもう一撃加えて消し去った。


(クソっ、最初に貰ったときに、思わず異能を使ってしまった。良くて差し引きゼロか)

 ハルトには、レベルを代償に不具合を消す異能がある。『全快』の異能だ。


 削れた手足も戻る便利さだが、つい多用してしまう。

 年齢とレベルが釣り合わず、世間に侮りを買う事にもなった。


 すでに目玉は痛まないが、棍棒を受けた時出た血はそのままなので、収納魔術から竹の水筒をとりだし洗い流しておく。


 手に受けた水で洗っていると、鎌を持った少女が驚き顔で近寄ってきた。

 一五のハルトより数歳下の、まあまあ顔立ちの良い娘である。

 胸がもうあるので、童顔でちんちくりんなだけかもしれない。


「いよう、無事だったか。逃げてもらってもよかったんだが」

 むしろ見知らぬ他人が鎌を持ったまま傍に寄るのは怖い。

 敵意は感じないが。


「ありがとうお兄ちゃん、助かりました。今からみんなを呼びに行くので、その間この子たちをよろしくお願いします!」

 ぺこりと頭を下げると、返事も聞かずにどこかに走り去った。


「いいけどさ…」

 帰り道ほかに待ち伏せがあったらどうするの? とは思ったが、地面で呻いている同胞を早く助けたいというのも理解はできる。


 仕方がないので、倒れている人間の生死を確かめ、傷の治療を施していく。

 異能は使わない。手持ちの薬がある。


 検めていくと、みな子供か年若で、最年長もハルトとかわらない程度のようだった。

 意識の戻ったのに聞くと、連れ立ってきたのは八人で、年長男子二人が護衛役となっていたが、その二人がまず投げ棍棒と投石で圧倒されてしまい、残りがパニックで対抗できないところを忽ち頭部を殴られまくって昏倒してしまったらしい。


 今いるのは五人。連絡に走った少女を含めると六人。となると二人足りないが、逃げたのか落ちたか攫われたか、皆目不明である。


 残っていた者がみな生きているのは幸いといっていいのだろうが、これはオークの特質によるものだろう。

 奴隷として、また幼生のエサとして、生きたまま連れていくのを好むのである。


 現れたのはアヤカシであり、つまりはオークの亡霊であろうが、それでも生前の行動を模倣したのが、皆殺しにならなかった理由のはずだ。


 だがそれでも、そこまで入念な手加減をしたわけではなく、ほとんど致命傷となっているものもまたいた。

 護衛役の片方が頭蓋がへこむほどダメージを受け、最後まで抵抗していた少年の損傷もひどい。折られた腕から骨が飛び出し土にまみれている。


 ハルトの異能を使えば治せはするのだ。

 しかしそうすればレベルが下がる。

 今夜眠れば一つ戻せる(かもしれない)が、さらに二つ削るわけにはいかなかった。

 まして見ず知らずの相手である。


(さっきのオークが生身だったらなあ)

 手足を砕いて生かしておけば、日を置いてレベルアップの糧にできたのだが。

 アヤカシは生身ではないため、治りが早い。気づくと全快している。

 直ちに殺すべきなのである。


 いろいろ考えながら、氷砂糖を収納魔術から取り出し一息つき、オークの残した魔石を拾っていると、目覚めた少年のひとりが頭だけあげ、胡散臭そうに問うてきた。


「それってさあ、あんたの取り分なのかよ?」


 こうした言いようはハルトのよく受けるところである。


「少なくともお前の分ではないよな。俺が来たときお前は寝ていたし、オークは誰も倒れていなかったんだから」

「寝てたおかげでアンタがいつ来たかも知らなくてね。身内が頑張ったあとに火事場泥棒がきたとしたら、それをほっとくわけにはいかないよな」

「お前やそいつらの付けてる軟膏や血止め草、それに対する感謝はないんかね? 傷を洗ったのも俺の水だが」

「薬師か? 薬師がオークを倒せるのか? こすりつけられた軟膏は本物か? そこの二人を癒してくれるというなら、本当に感謝して見せてやるぜ」

「かりに俺がエリクサーを持っていたとして、その代金が払えるのかよ?」


 少年は腹を立てて黙り込んだ。睨むばかりである。


 レベルの低さは人の目に見えるので、実力なしと侮られるのはいつものこと、そうなった相手が悪意を改めることなどまずない。そこでハルトもそれに応じた態度をすることにしていた。


 やがて先の少女が援軍を連れて戻ってきた。

 彼女が少年の疑いを知るや怒って頭を押さえつけて下げさせるので、ハルトも気が晴れたのである。


 重傷二人は運ぶ途中で死んだ。


レベル以下の技能には  修正値+10

レベルを越す技能には  ファンブル+2


主人公一回裏 回避ファンブル

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