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愛ある平和主義者

 空を仰げば桜が咲き乱れ、大地を見据えればアスファルト一面をピンク色に敷かれた歩道。

 鼻から息を吸い込むと柔らかな甘い香りが胸の中に広がっていく気がする。

 まだ冬の寒さの名残を感じながら、俺は新たな新天地へと向かっていた。


 そう、本日安達翠(あだちすい)常闇(とこやみ)高校の入学式に赴いているのだ。


 「あ、(すい)くーん! おはよっ♪」


 後ろから聞き馴染みのある可愛らしい天使の囁きが耳を(くすぐ)る。

 振り返るとそこには予想通り、俺の幼馴染みの野崎朱音が手を振りながらこちらに向かって小走りしてきていた。


 「朱音(あかね)ちゃん、おはよ」


 朱音ちゃんを見ただけで破顔してしまいそうになってしまう所だが、なるべく平静を装う。

 中学までは受験なんかはせずにそのまま一緒の学校だったけど、高校には朱音ちゃんの進路をそれとなくリサーチして、同じ学校に通えるように受験していたのだ。


 ここまで言ってしまえば察しがついてしまうと思うが、俺は朱音ちゃんにベタ惚れだ。


 「翠くんが居ると安心だよぉ。一緒のクラスだといいね」


 安心出来るような存在で居られる事が何より幸せである。

 本当に一緒のクラスになる事を切実に願い、確実であって欲しい。


 そんな幼馴染みの朱音ちゃんが大好きな俺ではあるが、一つだけ隠し事がある。

 それは俺は人と妖魔族の頂点を統べる王の吸血鬼(ヴァンパイア)の間に産まれた半吸血鬼の半妖である事だ。


 人間以外の異種族の血が混じっている事は別段珍しい事ではない。

 昔は人間達と隔たりなく暮らしていたらしいのだけど、俺が産まれる少し前くらいに、一部の異種族が人間に対して虐殺を行い戦争となったらしく、それ以来妖魔族を含む異種族達は人の姿を装い、日常を暮らしている。


 俺の母親と父親が結ばれたように、それ程種族関係を気にしない者も少なくないけど、恨みがある人間に出会(でくわ)せば問答無用で命を狙われ兼ねないから、半妖だということを隠してきたし、他にも隠して生きている奴等も少なくないだろう。


 もし朱音ちゃんと付き合える事になったら……本当の事を話す日が来たら、朱音ちゃんは受け入れてくれるのだろうか?


 そんな一抹の不安を抱えながら、悟られないように他愛のない会話をして登校した。



 ――お決まりのような、テンプレのような、風習のような校長の長い話と入学式を終えて、教室へと戻ってきた。

 クラスは5組まである中の3組、朱音ちゃんと一緒だ!


 俺の席は窓際の後ろから三列目、朱音ちゃんは残念ながら廊下側の一番前の席とかなり遠い。

 それでも同じクラスになれただけで幸運だ、贅沢は言ってられない。


 嬉しさで胸が張り裂けんばかりなのだけど、今はそれ以上に気になる事があった。

 どうもそれ(・・)が気になり過ぎて、入学式も何も頭に入ってこなかった。


 しかもそれ(・・)は自分の右斜め前の席に座っているじゃないか。

 姿がエイリアンのようなグロテスクな見た目、腕や脚、顔に至るまで全てが触手のようなウネウネと気持ち悪い風体をしている。


 確かに異種族が日常に紛れているのは珍しい事ではないと言ったが、こんなグロい姿で堂々と紛れているのは初めてである。

 なのに、誰一人(・・・)として、この状況下を不審に思う者も、俺みたいに気持ち悪く思う素振りすら見せない。


 皆、大丈夫か?

 人は見かけで判断してはいけないって言っても、かなりヤバそうなヤツだぞ?

 しかも学ランならまだしも、このウネウネはセーラー服着てるんだぞ?

 破壊力抜群の気持ち悪さだけど、皆普通に話し掛けてるいる。これは当たり前の光景なのか?


 「おい、お前さっきから神崎の事見てるけど、狙ってんのか?」


 後ろの席の男がいやらしい笑みを浮かべて茶化してくる。

 やめてくれ。

 えぇと、確か矢重手(やおもて)(かい)だったか?

 悪ふざけで言っているなら、その口を二度と開かないようにしてやる。

 本気で言っているなら、その眼を二度と開かないようにしてやる。


 「そんな訳ないだろ。ウネウネなんかに惹かれる趣味はない」


 「はぁ? ウネウネってなんだよ?」


 「ん? いや、だから――」


 そこまで口にして俺は言葉を考えた。

 あの風体を前にまるで平然と過ごしている学生や先生達。そして今の矢重手の言動、全てが常軌を逸している。

 普通の人間が見慣れている日常なら、俺だって見慣れてないはずがない。 

 同じ日本に生まれ、同じ日本で育ったのだから。


 「とにかく、ああいうのはタイプじゃない。お前こそどうなんだよ?」


 「めっちゃタイプ!」


 満面のにやけ顔、冗談ではないようだ。

 もし矢重手がエイリアンオタクでない限り、本気であの姿のままでタイプだと公言するなんてイカれた神経をした人間はいないだろう。


 どうやら俺以外(・・・)にはちゃんとした女子高生に見えているようだ。

 なんらかの能力を使っているかは知らないが、そうでない限りは説明がつかない。


 『人の姿になる』のではなく、『人の姿に見せる』事で日常をやり過ごしているのか。

 恐ろしい奴も居たものだ。

 なるべく関り合いにならないように、気付いていない振りをしておこう。


 望むのは平穏、青春真っ只中で正体がバレて、皆から疎まれるような視線を浴びせられるなんてのは御免だ。


 神崎とか言うウネウネさんも、表沙汰にはしたくないはずだ。

 その点に置いてはお互いの利害は一致している、と思う。


 何故か俺にはエイリアンにしか見えず、近付き難い存在ではあるが、ここは普通の女子高生として今後接していくとしよう。

 平和万歳!

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