八・破滅への道
シャワーを終えて服を着替えた弓弦は、二宮と千尋が待っている書斎へと入った。
「なあ、これから用事が入ってんだけど、良かったら途中まで車で一緒に話でもしないか」
弓弦が二宮たちにそう提案すると、隣にいる奏が「姐さん」と彼女を引き留めようとした。
「いいんだよ、心配するなって。浩太郎たちはどうだ?」
弓弦がそういうと、二宮はどこか戸惑いの表情を浮かべながらも、彼女に微笑みを向けた。
「そうですね。では喜んでご一緒させていただきます」
そして二宮と千尋は、弓弦たちの乗る車に一緒に乗り込むこととなった。運転するのは奏、助手席には千尋、後部座席には二宮と弓弦が座った。
「あの、これからどこへ向かわれるんですか」
二宮が弓弦に尋ねた。
「最近組を出た奴がいてね。そいつがちゃんとした仕事に就くために、知り合いの建築会社を紹介することになったんだ。それでこれからそいつを会社の社長に会わせに行くんだ」
「つまり就職活動のお手伝いですか」
「コネで入れてもらうようなもんだけどな。だけどあいつは信頼できるし、責任感もあるから、ああいう現場にはぴったりの人材だと思うんだ。その会社の社長も、仕事には厳しいけど義理堅くていい奴だよ」
「うまくいくことを願うばかりです。しかしなんというか、アレですね」
「アレって?」
「なんというかですね、暴力団という割にはみなさんあまり荒っぽいことをしているような感じがしないというか、むしろ穏やかな雰囲気がするんです」
「そういえば、二課のほうからこんなこと聞いたんですけど」
千尋が話に加わってきた。
「北白川組が持ってた薬物と拳銃を全部警察に提出したって話、あれ本当ですか」
「ああ。こっちが持ってる取引網の情報も含めてな。その代わり、こっちに便宜を図ってもらうことを条件だったけど」
「どうしてまた、そんな思い切ったことを」
「……これはな、親父の意志なんだ」
そういって、弓弦は溜息をついた。
「お父様というと、北白川組の先代の組長ですか」
「癌でくたばる前に親父から頼まれたんだよ。北白川組はおまえの代で終わらせろってね」
「なんで先代はそんなことを?」
前の席にいる千尋がそう訊くと、弓弦はどこか虚しそうな顔をした。
「この先、俺たちのような悪党が長く生き延びられるとは思えなかったんじゃねえかな。このまま昔ながらのやりかたを続けていれば、近いうちに破滅する。だからそうなる前に、さっさと自然消滅させようっていったんだろうよ」
そう話しながら、弓弦は流れるように過ぎ去ってゆく窓の外の景色を眺めた。
「うちにいるやつ、みんな本当はいいやつなんだよ。それがちょっとした間違いで、こんな世界に迷い込んじまっただけなんだ。だからおれは、あいつらにちゃんとした人生を遅らせてやりたいんだ」
「浅羽さんもそのひとりだったんですか?」
二宮がそういったとき、弓弦の頭のなかに再び邦弘の顔が浮かんだ・
「……あいつも念願だった夢を叶えて、いい嫁さんまでみつけて人生これからだったんだ。やり切れねえよ」
弓弦は自分の表情に浮かんだ陰りを隠さなかった。
「あの、昨日からずっと気になってたんですけど……」
助手席にいる千尋が、運転席にいる奏のほうをみた。
「このひと、何者なんですか。なんか、ずっと北白川さんにSPみたいな感じでついてきてる気がするんですけど」
「あれ、奏のこと紹介してなかったっけ。奏、ふたりに自己紹介してやれよ」
弓弦がそういうと、奏はぼそっと口を開いた。
「安土奏です」
「奏はなんというか、おれのお付きみたいなもんだよ。若いんだから、暴力団なんかさっさと抜けちまえばいいのにって、いつもいってるんだけどさ」
「……抜けませんよ。ウチは一生、姐さんについていくつもりですから」
「だってさ」
目的地に着くと、弓弦は近くで待ち合わせているという元組員に会うために車から降りた。そして残った二宮たちは車のなかに留まることになった。
「ええっと、これからどうされるんですか」
二宮が運転席の奏に訊いた。
「……暇つぶし」
小さく口を開いてそういうと、奏はそのまま車を発進させた。