十一・ジレンマ
警察署に出頭した奏が提出した拳銃は、森田晃敏の体内から発見された銃弾に対応した四十五口径のものだった。更に警察のデータベースを照合したところ、以前北白川組が提出した拳銃と同じモデルだとも判明した。
「これから科研のほうで線状痕を詳しく調べるところだけど、十中八九犯行に使われたもので間違いないんじゃないかな」
署で奏を取り調べた女性刑事、藤野愛美刑事はそういった。彼女は千尋の警察学校での同期でもある。
奏への取り調べが終わったあと、弓弦に対しても取り調べが行われた。
「奏さんは北白川さんが書斎の机に入れていた拳銃を持ち出して、森田さんを殺害したと供述しています。北白川さん、なぜあなたが拳銃を所持していたのか説明していただけますか」
取調室でパイプ椅子に座る弓弦に愛美が詰め寄った。部屋の壁に取り付けてあるマジックミラーの向こう側には、千尋と二宮が取り調べの様子を眺めていた。
「姉ちゃん、おれがどんな人間か知ってるだろ。いつ殺されるか判らない立場にいるんだ。警察に頼るわけにもいかないし、自己防衛の手段が必要だと思わないか」
「そうですか。とりあえずその件についてはまた別の機会にお訊きします」
取り調べの内容を、部屋にいるもうひとりの刑事がパソコンに記録していた。冷たい空気の流れるこの空間にキーボードを叩く音が響く。
「次にお尋ねします。安土さんは自分の意思で森田さんを殺害したと供述しました。しかし本当はあなたが指示して、彼女にそのことを口止めさせたのではないですか」
「もしそんなことをするやつがいたら、そいつは最低のリーダーだな」
弓弦はそう鼻で笑って返した。しかし弓弦はこの現状をうまく捉え切れていなかった。
どうして奏はこんなことを。いくら自分が浩太郎に追い詰められているからって、こんなことをしなくてもいいはずだ。
「奏に会わせてくれ。あいつと話がしたいんだ」
弓弦がそういうと、愛美は少し考えて口を開いた。
「五分だけなら」
こうして弓弦は奏とようやく対面することとなった。部屋に入ってきた奏の姿が目に入ると、弓弦は思わず席から立ち上がった。
「奏」
そう呟いてから、弓弦は奏に何をいえばいいのかと言葉を詰まらせた。
「どうして、こんなことを」
弓弦がそう訊くと、奏は微笑を浮かべた。
「……ウチがやりたくてやったことなんです。これでいいんです」
「いいわけあるかっ」
そういって弓弦は奏の肩を摑むと、愛美が「落ち着いて」と彼女たちの間に入った。
「奏、おまえのことはおれが何とかする。だから今すぐ全部取り消すんだ」
「もしそんなことをしたら、犯人は姐さんになってしまいます」
奏は諭すようにいった。
「姐さんはいなくなっちゃいけないひとなんです。みんな姐さんがいたからやっていけたし、姐さんがいなくなったら何もやっていけません。だからこれでいいんです。ウチはそれで満足です」
奏に対して、弓弦は何も返すことができなかった。
自分こそが犯人だと名乗り出れば、奏に対する疑惑は取り下げることができる。しかしそうすれば、残された組員たちはどうなるのだろうか。
単に組長を失うだけではない、殺人事件を起こしたリーダーの部下として、彼らは生きていかねばならないのだ。二度と表の世界に出ることはできなくなるだろう。
しかしそれでは奏が──
「……時間です」
ジレンマに苛まれる弓弦に、愛美がいった。
「それじゃあ姐さん、みんなを頼みます」
「待ってくれ」
弓弦が奏に向かってそういうも、彼女はそのまま警官に連れられて取調室から出ていった。
取り調べが終わったのは、それから三十分ほど経ってからだった。
取調室の扉の前には二宮が立っていた。弓弦が部屋から出てくると、二宮のほうから彼女に話しかけてきた。
「お疲れ様です」
「……いたのか」
「ええ。取り調べ、外から見させていただきました」
重い足どりで帰ろうとする弓弦に、二宮はついていった。
「しかし驚きました、安土さんが自首するなんて。彼女は本当に犯人なんでしょうか」
「奏は犯人じゃない」
弓弦はきっぱりといった。
「しかしそうなると、安土さんもいってましたが犯人は姐さんということになります。その点について、姐さんはどうお考えでしょうか」
二宮に訊かれると、弓弦は呟いた。
「判らないよ」
そういって、弓弦は二宮のほうをみた。彼の瞳にはどこか哀しみを宿していた。
「ねえ浩太郎……おれ、どうしたらいいんだろう?」
次回更新は12月27日の予定です。