黒の花と白い月
そう。小さいころ教会に行って泣いていた私に、白い服の女の子が渡してくれたハンカチの刺繍と同じだった。今に思えばあの女の子は教会の子だったんだ。あの白い服はシスターの服だったし。だからハンカチの持ち主は教会の子なんだと思う。とにかくこれは寮母さんに届けないと。
ハンカチを寮母さんに届けてから数日。お爺様から手紙が届き、一度領地に帰らなくてはいけなくなった。領主として私がいないといけない問題が起きたと手紙には書いてあった。お爺様の領主代理の権限では対処ができないことなんだと思う。貴族院には休学することを伝えて、私は領地に帰ることになった。
領地へ帰って、私がいなくてはいけない問題というのが分かりました。教会だった。教会の高位司祭様が王都に向かう途中一度ここで休んでいくという話で。私はその歓待をしなくてはいけなかった。
教会の力が強いこの国で領主が歓待をしないというのは、教会を侮っているといわれてしまうのだ。爵位を継承して間もない私が教会に睨まれてしまうと、私だけではなく最終的には領地まで被害にあってしまうかもしれない。そうなっては領地も私も破滅する未来が待っている。それだけは避けなくてはいけない。
高位司祭様の歓待はつつがなく進みました。私の色を見たとたんに顔をゆがませていましたが、会ったのは食事会をした時の一度だけだったので記憶にも残っていないでしょう。
高位司祭様との話の中で王都に向かう理由を聞きました。この国にいる高位司祭が王都に集められていると。その話を聞いて、聖女様も向かっているのかもしれないと思いました。部屋から追い出してしまって以来、まったく会うことはなく謝ることもできませんでした。貴族院の中であろうと、簡単には会えないことはわかっていたつもりでした。もとより黒い私が、人の多い場所で会える人ではありませんでしたから。
私がしなくてはいけないこともなくなり。貴族院へ戻る道中、日が落ちてきたため王都で一泊することになりました。日が暮れる前だったこともあり、城下町を散策していると日時は目立つ白い教会の近くまで来ていました。普段なら自分から近づくことがない場所なのですが……
あのハンカチのせいかもしれない。昔のことを思い出したから。ここに来れば何か変わるんじゃないかって。あの白い服の子に会えるとは思わないけど。何かがわかるような気がして、帽子を目深にかぶり中に入っていった。
教会の中は、あの時の記憶のままで。やっぱりあの時来たのはこの教会だった。
あの日見た花もそのままに、残っていた。白い奇麗な花が。
近くで花が見たくてしゃがんだ。夕焼けに照らされた花は橙に染まり、その色を変えていた。視界に入った私の髪は、夕焼けに照らされても黒いまま何も変わっていなかった。
「っ!」
突然帽子を勢いよく取られ、私はその場に座り込んだ。
「神聖なこの場所にはお前のような輩が来ていい場所ではないぞ!」
いつの間にかあら現れた男が、あの日と同じように同じような言葉を私の吐き捨てた。そして私は胸を蹴られた。当たり所が悪く私に激しい痛みと嗚咽が襲ってきた。
「ごほっごほっ!!」
「あぁ汚らわしい汚らわしい! なぜ神は黒と言う色を作ったのだ、黒など存在することすら許されないというのに」
「かはっ!」
倒れてもそれは止まらず、かえって激しくなっていくばかりだった。
「あぁぁ!!」
「おやめなさい!」
叫びと同時に、刺さるような声がその場に響いた。
「ファルグス司祭、何をなさっているのですか」
「これはこれは、聖女様。私めはこの汚らわしいものを排除しようと――」
「今すぐに、この場を、去りなさい」
「何をおっしゃいますか、神聖な――」
「去りなさいと言っているのです。私の言葉が聞こえなかったのですか、去りなさいっといったのです。この神聖な場所を今汚しているのはあなたです!」
倒れていた私は、その様子をただただ見ていることしかできなかった。かすむ視界に映る白い男と白い女性。私は助かったのだろうか、それともこのまま放っておかれるのか。私が最後に見た景色は、
白い女性が私に近寄ってくる景色だった。
痛い。そう感じて私は目を覚ました。いったい私がどこにいるのか地獄か天国か。されど痛みがあるのならここは地獄なのかもしれない。そう思って目を開ければ、視界に移るのは月のように輝く白だった。
「地獄じゃ……ないの」
「ここは地獄でも天国でもないわ。現実よ」
どこか聞き覚えのある声だった。最近聞いたことがあるような。優しい声。
「あなたは……」
「ルーナ。もう忘れたの」
はっきりとしない意識で、ルーナという言葉に耳を傾けた。ルーナ、ルーナ……
最近その名前を耳にして口に出した気がする。だけれどそれがいつだったか思い出せなかった。
「もっと早くにここに来ればよかった。またあなたを助けることができてよかった」
「たすけ?」
私はいつ助けられたのだろう。今じゃないときにいつ。助けられた、白い女性。そう考えていると思い出した気がした。
「しろいおんなのこ」
「あの時もあなたは帽子を取られて、いじめられていた。今回は苛めより酷かったけど」
「きれいなハンカチ」
「今あなたのおでこの上よ」
会話をするうちにだんだんと意識が日っきりとしてきた。私は膝枕をされていて。
「聖女様……」
「ルーナよ。そう呼んでって言ったでしょう」
「ルーナ……」
「嬉しい。ノッテ、あなたの髪きれいね」
「ルーナの髪が……私は……一番好き」
あの時の白い女の子と、聖女様が。ううん、ルーナが一緒だったなんて。わからなかった。
「私たち、両想いね」
「うん」
「キスしたいんだけどいい」
「うん」
「好きよ」
キス、キス。キス?
私の意識は完全に覚醒し、そして言葉の意味を理解するころには。もう遅かった。
「ん……」
「んっ!」
「ふふ、もう絶対に離さない。私のノッテ、私の夜。絶対守るから」
「……」
心の奥で、何かがストンとはまった。心のもやもやしたものがすべてなくなり。嬉しい気持ちと、満たされた気持ちと安心した気持ちと。私の心がルーナで埋まっていく。満たされていく。私は今一番幸せなのかもしれない。
満たされたのかまだ疲れていたのか。もう一度私は眠った。
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これにて完結。私はすごく満足です。
えっと続き読みたい人いたら、感想に読みたいって貰えれば、数人集まれば書こうかなと思っています