漆黒令嬢は言の葉で戦う
主催者への挨拶と言うのは、どのパーティーにおいてもかならず必要なこと。爵位の高い者から挨拶をしていくから、私は最後の方に挨拶ををする。
もちろん、挨拶の場には王家の皆様と精霊パラディー様があられる。王様だけなら露知らず、他の方々も一緒だとさらに緊張してしまうから。言葉を間違えたりしないといいな。
それに目立たないようにテラスの壁際にいたけれど、挨拶の場に行けば注目されるに違いない。
私のことが噂になってるって、ルーナが言っていたし。
挨拶の列に並んで、ついに私の番。先ずは礼を。
「面をあげよ」
「陛下におきましてはご機嫌麗しゅう。晩餐会への触手ありがたき幸せにございます」
「ルークイン子爵春。先から大変ではあったと思うが、よく務めてくれているな」
「私だけの力ではありません。ひとえに先々代グレグーザお爺様のお力添えあってこそでありますれば。私はまだ学び浅き身なれば、領地のことはグレグーザお爺様に任せておりますので。そのお言葉はお爺様にこそ送られるべきものであります」
「そうか、しかし。グレグーザの姿が見えないようだが」
「グレグーザお爺様は、何度も参加したことがあると仰って。領地に残られました」
「逃げおったな……」
「?」
「気にするな、何でもない。今宵は楽しんでくれ」
「御前失礼致します」
去り際に精霊パラディー様と目が合ったような気もしたけれど。そんなはずはなく、後ろにまだ人が居るので私は下がった。
またテラス近くに戻る。
ことが出来たら良かったのだけれど、そうはいかないみたいだった。
「少しいいかしら」
横から声をかけられた。
「なんでしょうか」
声をかけてきたのは、高価であろうドレスと装飾品に身を包んだ女性。私よりも爵位の高い貴族だということが分かる。
「あなた、ルークイン子爵よね」
「そうですが」
私の顔から、足先まで。見定めるように視線を動かして……
「まるで黒薔薇の装いね」
「お褒め頂きありがとうございます」
貶しているのか、褒めているのか。どちらとも取れる言葉。どちらにしろ黒一色の私が物珍しくて来たに違いない。
黒と言う色がが珍しいのであって、髪や目の色と同じ色の服を着るのは珍しいことでは無い。王族の皆様も、青を基調とした装いをしていらっしゃる。
私に声をかけてきたこの女性も、髪色に合わせた薄緑のドレスを着ている。祝福の色を身に纏うのは当然のことだから。
それにしても。名乗らないというのは、礼儀に反することだとしても。私より爵位が上だと、物申すことも出来ない。ただ話したいという訳でも無いんだろう。
「他に用がないのであれば、失礼致しますが」
「まだあるのよ、婚約者は居ないのかしら。姿が見えないようだけど」
手にした扇子を広げて口元を隠し。楽しそうに聞いてくる。扇子の向こうではさぞ楽しそうに笑っているのだろう。私を辱めれてそんなにも楽しいものなのか。
王家主催の晩餐会なれば。手を出してくるようなことはなくとも。言葉で貶すのはお手の物ということなんだろう。
社交場という名の女性たちの戦場というのは、誰が言い出したか分からないけど間違いない。
「今日は一人で参りましたので。まだ忙しい身なれば、婚約者を選ぶには暇が無く」
「そう。美しい黒薔薇なら、誰もが欲しいと望みそうなものだけれどね」
花を欲しがる。言葉の意味通りに捉えて良いのだろう。花は飾るもの、傍にはべらせるにはちょうど良いとそう言いたいのだろう。側室にと。
「薔薇には棘がありますので。美しいからと安易に積み取ろうと手を伸ばせば、怪我をしてしまいますよ」
言葉には言葉で返す他なし。それに、人の悪意に晒されるのにはもう慣れてしまっているから。
「そうよね。それに黒薔薇は誰も欲しがらないものね。眺めるだけで十分なのかしら」
縁談が来てないと言っているのであれば、それは間違いがない。色の近しいもの同士て婚姻を結ぶのが一般的だから。誰もが黒い私に縁談を持ち込むことは無い。そして、見世物がお似合いと言うのであれば……
「欲しがらないのではなく、手が届かないのでしょう。茨に阻まれて手を伸ばそうにも伸ばせない」
見るだけ見ればいい。言葉であれ視線であれ自由にすればいい。
茨の中の狭い世界だとしても、私はそこで自由に過ごすから。私の大切なものはすでに茨の中にある。
それに縁談がない訳では無い、悪意ある縁談話であればいくつも来ている。既に家督を譲ったご老人の妾や乗っ取りを企む婚姻話。
いつもお爺様から届く手紙には、領地のことと縁談は断ったという言葉が乗っている。
家の為にと身売りするほど、私は安くはない。
「なら、誰にも手を伸ばされず枯れていく運命ね」
「見知らぬものに摘み取られるくらいであれば、茨の中で孤高に咲きましょう。話は終わりですか?」
女性の傍らにあったテーブルの影がスっと伸びていく。女性の履いているくつの踵。ヒールの根元に影が纏わりつき、僅かに動いて消えた。
「家まだ話は……」
脚に力を入れ過ぎたんだろう。ヒール根元が折れてバランスを崩してしまった。
「ヒールのが折れてしまったようですね」
「これで失礼するわ!」
そのまま歩きずらそうに、私の前からいなくなった。
「シェイ」
(何もしてない。靴が不良品だったんじゃない)
「ありがと」
(何もしてないから)
そう何も起きていない。たまたま靴のヒールが折れてしまっただけ。これでやっとテラスに戻れる。
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ノッテの口調なんか違うと感じた皆様。貴族モードのノッテです。ルーナと一緒じゃ無かったり、貴族院に居ない時はだいたいこんな感じです。
ルークインの名を背負ってますからね。
でもかっこいいとは思いませんか?




