漆黒令嬢は聖女様を追い出す
昨日の聖女様突撃訪問には肝を冷やしましたが無事に次の日を迎えることができました。出ていった後の足音が護衛だとして、よくバレなかったものです。
聖女様が出て行ってからそれほど時間がたたないうちに過ぎていったので、私の部屋から出ていったところを見られたかもしれないと今でも怖いのです。
昨日は聖女様優先で後から私が呼び出されるのではないかと。
実技の授業はあまり集中することができませんでしたが、私のすることはなく一緒になった人たちの授業を眺めたり手伝ったりしていました。
昼は貴族院の食堂で部屋で食べられる食事を頼み部屋に持ち帰りました。昨日は結局手紙を書き終えることができなかったのです。聖女様が来なければ今日の朝一で出しに行けたのですか。今日中には出せるでしょう。
「お邪魔しまーす」
「え?」
突如として聞こえてきた声の方向、それは扉から聞こえた声で。この声は聞き覚えのある声で。そう、つまりは聖女様がまたやって来たのです。
「鍵が……え?」
「鍵なら空いてたわよ」
そんなはずなかった。昨日の聖女様突撃の反省として鍵をかけていたのだから。正直に言えば鍵をかけることにさほど意味と言うものは無いのですけど。来客があれば寮母さんが教えてくださいますし、そもそも勝手に部屋に入ってくるような人は貴族にはいない……はずなので。
聖女様はどうやら違ったみたいですが。
それよりもそう。また聖女様がこの部屋に来ていることが問題なのです。
「少しの間隠れさせてちょうだい」
聖女様は隠れると言った。なぜ聖女様が隠れなくてはいけないのか。誰かに追いかけられているから、隠れるのだとしたらそれは多分護衛からなんじゃないか。
と、思った私は一応聞いてみることにした。
「何から隠れるんですか?」
「何って護衛からよ」
「な、なんで隠れてるんですか」
「お昼くらい、一人になりたいのに一人にさせてくれないのよ」
「聖女なんですから当然ではないですか」
「寝る時もよ、正直うざったいのよ。教会にいる時と何も変わらないわ」
うざったいと聖女様の口から聞こえてくるはずのない言葉が聞こえてきて、私は止まった。聖女様のイメージが壊れたから。
「あっ聖女っぽくないとか思ったでしょ。演技よ演技、ずっとあれだと息苦しいのよ」
「は、はあ」
「この部屋にはあなたしかいないし、いいじゃない」
「よくありません!」
色至上主義のこの国では黒を持つ人の地位や力は弱い。かろうじて、生まれた時から貴族であった私はここに居ることが出来るが。平民であれば仕事をするのすら難しい。おそらく私も国政に携わることは出来ず、領地から出ることもできない未来が待っている。
そんな私と白を持つ聖女様が一緒にいることは危険なのだ。
「私は黒の花、黒を持って生まれてきた子です。私は本当ならあなたと一緒にいてはいけないんです。私のせいで聖女様も不幸にしてしまうから!」
堪りに堪った鬱憤が、両親が私のせいで死んだというあの言葉が私の頭の中で反響しだして。私はそのまま聖女様を部屋から追い出した。
扉を背にして聖女様が去っていくのが分かり、足の力が抜け扉に寄り掛かるように座った。少しの間、そのまま扉寄り掛かって膝を抱えていることしかできなかった。
私は、私はなんてことをしてしまったんだろう。聖女様を追い出したことも、感情任せに怒鳴ってしまったことも。聖女様だからとか関係なく、人としてしてはいけないことだった。
顔を上げると目の前には机の上にある手紙があった。手紙を書かないといけない。何も考えずに、するべきことをして昼は過ぎていったのです。
授業が終わり、私は手紙を出しに行った。寮母さんに渡せば手紙を出してくれるんです。
「これをルークイン子爵家にお願いします」
「わかりました、他にはないですか?」
「ありません」
手紙を出して、そのまま部屋に帰ろうとした時。床に落ちているハンカチに気づいた。誰かの落とし物だと、思い寮母さんに届けようと拾い上げたハンカチ。
そのハンカチに私は既視感を覚えた。ハンカチは誰でも持っているものだから、既視感があって当然なのかもしれないけれど。そんなものではないと思う。
そしてずっとハンカチを眺めて、既視感の正体を思い出した。
ハンカチにしてある刺繍に、見覚えがあった。昔の記憶、まだ両親が生きていたころの幼い時の忘れていた記憶。
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