生きる為に
バズル峠、そこは切り立った崖と絶壁に挟まれた場所だ。
崖の下は高いレベルのモンスター達が生息しており、絶壁の上は常に雲に覆わている。この上がどうなっているのかは、誰も知らない。
何せ調べようとした者は全て死体となって雲から降ってくるのだから。
そんな場所に建てられたのが、バズル砦だ。
元々モンスターへの監視と、万が一モンスターが溢れて来た時への防備を兼ねた、非常に堅固な砦だ。
恐らく帝国が引いた防衛線の中でも、かなり難攻な砦であり、何故【獣人】たちがここに新たな戦力を投入してきたのかは、レフィロスにしてみても謎だった。
「これはなかなか……」
近衛『夏』の部隊長は、砦の前面に陣を敷いている【獣人】の大軍を眺め、思わず感嘆の声を出す。
切り立った崖に突き出す様に建てられた砦は、三方向が崖であるが故に堅固であるが、こうして出入りするための場所を敵が埋め尽くしていると、援軍に行く難易度が跳ね上がる。
だがそこをどうにかして突破しない事には、砦で奮戦している友軍を助ける事も出来ない。
「腕がなりますかな?部隊長殿」
皇太子付き侍従は笑みを浮かべながら部隊長を挑発している。
レフィロスはその様子があまりに普段過ぎて、逆になんだか可笑しくなった。
笑い出した皇太子を周りは見つめており、それに気づくとレフィロスは周りに声をかけはじめる。
「我々が出陣してからここまで来るのに10日。ならばあそこで戦い続けている者達は、その倍の20日間死線を潜り抜け続けておる。ここにいる者で、その勇者達に会いたくない者などおるまい」
不敵な顔をしながら、レフィロスは周囲の者達を見渡す。
ここにいるのは誰も彼もが一流の戦士達だ。
レフィロスの挑発的な視線に、ギラギラと瞳を鈍く輝かせながら見つめ返している。
「ならば会いに行くとしよう!」
うぉおおおおおおおおーーーー!!!
男達は一斉に雄叫びを上げ、敵陣へと吶喊して行った。
ここから砦までおよそ5km、鍛え上げられた馬達なら僅か数分の距離だ。
わざわざ雄叫びを上げた意味は2つ。
1つは友軍に援軍が来た事を知らせる為、そしてもう1つは耳の良い【獣人】の注意を自分達に惹きつける為だ。
それにより少しでも砦に対する攻勢が弱まることを期待している。
そうでもしないと【獣人】に攻められ続けている砦の門を開ける暇すら稼ぐことが出来ないからだ。
皇太子達は2列縦隊で敵陣を駆け抜ける。
敵を倒す事より、立ち止まらず走り抜ける事を重視していた。
【獣人】たちもそれを防ぐ為、馬に乗った【人間】に飛びかかる。
それを彼らは槍で叩き、弾き、殺す事を後回しにしている。
「開門!開門!」
既に先頭は砦に近づいており、砦へ開門と叫ぶ。
重厚な砦の門は少しずつ上に上がっていた。その隙間から【獣人】が中へと入っていくが、中から槍で刺されている。
そして半分程門は上がるとそこで止まる。
その隙間はギリギリ馬が通れる高さだ。
皇太子達は頭を下げ、馬にしがみつく体勢を取りながら、その門を次々と潜り抜けて行く。
そして後10人ほどとなった時、その10人は門の前で止まる。
「閉門!門を閉じろ!」
彼らは砦の外から、中に向けて叫ぶ。
その瞬間、門は轟音を立てながら大地へと落ち、出入り出来ないようなる。
この間、門の隙間から中に入ろうとする【獣人】を10人の【人間】は命がけで防ぎ続けた。
彼らのそれは捨て身だ。
命を捨てた者だけがとれる行動であり、それ故に守られる命もある。
彼らの捨て身があったからこそ、皇太子達のほとんどが無事に砦の中へ入る事が出来た。
「ありがとう……」
レフィロスは呟く。
散りゆく彼らに。
そこに駆け寄る者がいた。
「殿下!……まさか殿下自ら援軍に来て頂けるとは……」
その者は全身を返り血と砂埃と汗と垢で汚し、それでも歯を見せるように口を嬉しそうに大きく開いていた。
レフィロスは一瞬誰か分からなかったが、その笑い方でその者が辺境伯である事を思い出した。
「辺境伯、ご無事で何よりです。此度の援軍、遅くなった事をお詫びいたします」
「がははははは。何を仰いますか、ワシなんぞかのビザンツに比べれば、こうして援軍に来て頂けるだけで果報者でございます」
辺境伯の例えた「ビザンツ」は、人間族の英雄の中の英雄だ。
通称「覇王ビザンツ」老人から子供まで、誰でも知っている英雄。
ただの門兵から、【人類】の希望になった【人間】であり、そのキッカケとなった戦いでは、ビザンツ達に援軍は無かった。
それ故に辺境伯は例えとして使ったのだろう。
「そう言って頂けると、こうして辺境伯のような英雄にお会いしに来た甲斐がございます」
レフィロスは辺境伯が例えに使った英雄を、敢えて辺境伯達に使って答えていた。
それを聞いてまた辺境伯は大きな口を開け、豪快に笑い出した。
それを見ながらレフィロスはこの辺境伯のおかげで、砦が守られてきたことを実感する。
「しかして、我らは後どれくらいここで【獣人】どもと遊んでいればよいのですかな?」
辺境伯は確認したかった。
本命の援軍がいつ来るのかを。
「一月……可能なら一月半」
レフィロスは真剣な眼差しで答える。
恐らく聖都から帝都まで軍を移動させる場合、準備も考えれば最短でも一月近くかかる。
そこから更にここまで来るのに半月といったところだろう。
それをはじめに一月と言うのは、少しでも希望的な期間でないと、士気そのものが低下しかねないからだ。
「なるほど……本業を放ったらかして、後2ヶ月近くも獣どもと遊んでいられる訳ですな。がはははは。これで給金を頂けるとは、有り難いことでございます」
本来なら辺境伯であれば自領の税収で生活している。
だがこの非常時においてはその辺の一般兵と同じ扱いで構わないと、冗談まじりに言っているのだ。
もっとも【獣人】を蹴散らさない事には、辺境伯の領地も奪われたままな訳だが。
その後も二人は情報を共有し、幾つもの事を決めていく。
幸いと言うべきか、砦に食料は大量に残っていた。これは本来いるべき兵士の数が、戦闘で死んでいる為だ。
レフィロスが率いた近衛を足しても、まだ余裕がある。
だが馬は別だ。
飼い葉が足りないし、何より水が圧倒的に足り無い。
兵士であれば酒で済むが、馬はそうはいかない。そこで馬は逃がす事にした。
これはレフィロスも実感したことだが、【獣人】は【人間】を殺しても馬を攻撃するのは控えていたからだ。
実際門の前に馬を並べ、門を開けて馬を逃がすも【獣人】は砦の中に攻め込むことより馬を確保する事を優先していた。
これで憂いなくレフィロス達は砦の防衛にあたる。
そこからの日々は、ただの地獄だ。
【獣人】を殺す。
【獣人】の死体を崖から捨てる。
【獣人】に殺される。
【人間】の死体を崖から捨てる。
砦で埋葬する暇など無いし、残して腐敗すれば生き残った者が疫病によって死ぬだけだ。
何日も
何日も……
それを繰り返し行う
睡眠すら満足に取れない中、寝ているのか死んでいるのかすら曖昧になっていく。
そして次第に日付も分からなくなってきた頃、大きな変化が訪れた。
夜が明け空の彩りを変えていく頃、何時もに比べて【獣人】たちは静かだった。
その様子を見るレフィロス達もまた、息を潜め固唾を呑む。
今まで昼夜問わず攻撃してきていた【獣人】たちが、全員が砦から少し離れた場所にいる。
すると【獣人】たちの中から、1人の【獣人】が砦に向かって歩いてきた。
その【獣人】は小さな少女だった。
その少女は砦と【獣人】たちの中間に位置すると立ち止まる。
何かの葉っぱが描かれたシャツを着て、右手を失ったのか片腕が無い少女だ。
その隻腕の【獣人】の少女が鳴き声を上げる。それは静寂な夜明けを切り裂くような声だ。
「にゃあーーーーーー!」
すると少女の頭上に巨大な魔法陣が現れた。
それを見た瞬間、ありったけの大声でレフィロスは叫ぶ。
「総員退避ーーーー!!!」
しかしそのレフィロスの叫ぶ声は少女の放った魔法の轟音にかき消され、砦を真っ白な光が駆け抜けていく。