血の繋がり
皇帝への奏上は、まず緊急である【獣人】の戦力増加及び局地的攻勢が強くなっている事。そして、それに対応するために、自ら出陣する旨を報告した。その後王国との和平条約の調印内容を書面にて提出。
最後に聖都との間で極秘裏に交わされた支援内容を伝える。
「【獣人】はこの身にかえましても、必ずや食い止めてみせます。どうか陛下におきましては、聖都からの戦力が届きました後に、そのお力を奮って頂きたく存じます」
レフィロスの言葉を静かに皇帝は聞いている。
表情が変わらないのは数十年前の血の反乱の時に、当時皇位継承権第三位だった皇子の自分が皇帝になった時からだ。
それ以来ただの一度たりとも泣き言を漏らさず、当たり前の事として万民の命を背負い続けてきた男の顔だ。
「逝くのか……」
皇帝にとっては最近、同じ言葉を使った事を思い出す。
その時は親友とも呼べる友を喪った。
今度は愛する息子を喪うのだろうかと思い、それが皇帝の心をキツく縛りつけていく。
「皇帝陛下、ご安心下さい。間違いなく帝国の未来は明るく照らされおります」
レフィロスはつとめて明るく答えている。
最後に見せる姿が情けないものなど、皇太子としての矜持が許さなかった。
「そうか……夢々忘れるでない。其方がその明るく照らされた帝国を担う者だという事を……」
皇帝のその発言は、皇太子へ「死ぬな、生きろ!」という思いが強く込められていた。
「有難きお言葉、この身にしかと刻みます」
レフィロスはその一言で、今まであった色々なツライ事が全て消えていく思いがした。
そして肩の荷が降りたように軽く感じる。
父親から自分が愛されている事を、今ほど実感したことは無かったのだ。
皇帝との別れを済ませたレフィロスは出陣の準備をすると、部隊を招集している庭を目指し、戦神の回廊を歩いていた。
その回廊の真ん中には小生意気そうな少年が立ち止まってそこにある彫像を眺めている。
少年は皇太子が歩いてくるのを見ると、わざわざ皇太子の方へと歩きだしそして前に立ち止まると、大袈裟に道を譲る仕草をする。
「これはこれは、皇太子殿下ではありませんか。この様な場所でお会いしたくはございませんでしたな」
まるで嫌味の様に言う少年。
彼こそ第2皇子であり、皇太子とはライバル関係の派閥の長になる。
まあ長というか神輿だが。
そんな少年をレフィロスは優しく見つめる。
既にレフィロスは戦装束を身に纏い、左手で兜を脇に抱えていた。
それゆえ右手に着けた厚手の革手袋を口に咥えて取ると、少年の頬に素手を当てる。
「な……!?」
少年は固まり、口をパクパクさせている。
そしてみるみると耳まで赤くさせ、恥ずかしそうにしていた。
レフィロスは弟のそんな可愛い仕草を見ながら、手を頭に動かすと優しく撫でる。
「あとのことは、頼んだ……」
それだけ答えると、また回廊を歩きだした。
「あ、兄上!」
思わずそう口にしてしまう可愛い弟の声を背に受け止めるも、レフィロスは立ち止まる事もなく歩き去る。
それは弟へ見せる、最後の背中かもしれない。
ならば兄として、カッコいい背中を見て欲しいのだろう。
何故ならこの戦神の回廊は、歴史に名を残す英雄達の彫像が飾られ、壁には数多の戦士達の名が刻まれた場所だった。
第2皇子がここに居たのは、偶然ではないだろう。
宮殿内において戦装束をして歩けるルートは限られている。
その中からこの場所を選び、皇太子を待ち伏せした挙句、あの言葉をかける。
それの意味するところはただ1つ。
兄にここに居る英雄の様に死んで欲しくないと言う気持ちだ。
それが伝わったからこそ、レフィロスは嬉しかったのだろう。
だからこそそんな弟に、カッコ付けたかったのかもしれない。
第2皇子は去りゆく兄の背中をただ黙って熱く見つめていた。