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パンドラが護ったもの


帝都上空をねずみ色の雲が覆い、どこかどんよりとした空気の中、侍従の軽やかな声が心地よくレフィロスの耳に届く。


「なんだかとても嬉しそうでございますね」


栗色の髪が目にかかるのが煩わしかったのか、皇太子付き侍従は軽く髪をかきあげると、レフィロスの着替えを手伝いながら話しかけていた。


「分かるかい?」


侍従の持つ服に袖を通しながら、レフィロスは弾んだ声で言う。


「それはもう、とても往復1ヶ月かけて聖都から戻ってきたとは思えないほど、疲れを感じません」


侍従も嬉しそうに言っている。

この2人はつい先ほど帝都の宮殿へと戻ってきたばかりである。


「まあね。少女が頑張っているのに、この僕が疲れている場合ではないさ」


婚約破棄して以来、レフィロスはサンドラを名で呼ぶ事は無くなった。

心の中は別としても。


「サンドラ様もとてもお元気そうでございましたね」


「あぁ。益々美しく輝いて見えた……まさかあの少女が、この帝国と王国との和平を実現させるとは……夢にも思わなかった」


聖都にて王国の王子と帝国の皇太子との間で調印された和平条約は、確実に帝国を延命させることが出来るものだった。

その橋渡しをした少女こそ、あの公爵家を追放された令嬢サンドラ・C・アークだ。

もちろん彼女1人の力ではなく、彼女の後ろには聖都が付き、その聖都の名において執り行われた調印式だ。


「わたくしも驚いております。サンドラ様とお会いするのはあの日以来でございましたが、本当にお変わりになられておいででした」


侍従はあの日、サンドラへ婚約破棄を伝えた時の少女の顔と、今回の調印式で見た少女の顔の両方を思い出しながら言う。


「なあ、ジェネ。わざとなのかな。先ほどから少女の名を何度も言うのは……」


「少女とはサンドラ様の事でしょうか?……気のせいでございますよ」


ジェネと呼ばれた侍従は、レフィロスのジト目から顔を背けながら答える。


「まあいいさ。とにかくこれで道は見えた。後は突き進むだけさ」


レフィロスはそれをわざわざ言葉にする。

そうしたくなるほど、今の帝国はボロボロになっていた。


例の作戦が失敗し、【聖女】も【賢者】も数多の戦士達も何もかもを帝国は喪った。

【獣人】たちに国土を蹂躙され、既に帝国の三分の一が奪われた。


帝国はそんなボロボロの中でも最終防衛線を引き、【獣人】の攻撃を防ぎつつ少数精鋭の部隊で【獣人】に対してゲリラ戦を仕掛けていた。

とくに【獣人】の補給物資や補給線は徹底的に叩いている。

そのかいがあってなのか、【獣人】の攻勢が今は弱まっている。


そこに更に頭を痛める元凶のあの【化け物】も帝国に姿を見せなくなった。



そして、この王国との和平条約だ。



レフィロスの中には希望が溢れている。

間違いなくいい流れに変わってきたと実感すらしていた。


それもそのはず、この皇太子は和平条約締結後に聖都にて秘密裏に会談を行い、そこで帝国への援助も取り付けてきている。


それらの準備が出来次第、そこからは帝国の反撃開始になるだろう。





そんな事を考えていると、扉の向こうが騒がしくなる。


「何奴!ここを何処と心得る、立ち止まれ!」


扉を護る衛兵の怒声が聞こえる。


「伝令!緊急の伝令!」


それは衛兵の怒声に負けぬほど、必死な声だ。

それを聞いたレフィロスは直ぐに答える。


「構わぬ!通せ!」


その言葉で扉は開かれ、姿を見せたのは帝国軍兵士。

それも伝令の腕章を付けた者だ。

ここが戦場であれば誰にも止められる事は無かっただろうが、ここは宮殿だ。

衛兵に止められるのは無理からぬ事。


「殿下に緊急のご報告が……」


「構わぬ、申せ!」


伝令の者が礼を取ろうとするのを皇太子は止め、報告を受ける事を優先する。


「はっ、バズル峠に【獣人】の大軍が押し寄せてきました!」


「それは防衛線に広がった【獣人】が集まったという事か?」


「……違います、新たに今までの数倍の【獣人】が攻めて来ています」


伝令の者は悔しそうに答える。

今までだって不利な中で必死に防衛線を守っていた。

それがここに来て、全くの新しい軍勢を相手にしなけばいけない。


それはどう考えても絶望しかない状況だ。

それが伝令には悔しいのだろう。


レフィロスはその言葉と思いを受け止めると、一気に指示を出す。


「私はその旨を早急に陛下へ奏上いたす。よく伝えてくれた。疲れているだろう、ゆっくり休んでくれ。おい、この者を頼む。それと近衛『夏』に完全武装での招集を……済まなかったなジュネ、折角着替えたのに無駄になった。直ぐに戦支度を頼む」


「はっ、ですが無駄ではございません。これから皇帝陛下にお会いするのですから」


いつもと変わらない侍従の言葉に、レフィロスは落ち着きを取り戻す。


そして思う。


もしかしたらこの戦いで自分は死ぬかも知れないと。

ならばこの報告が父親との最後の会話になる。その時、確かに旅でヨレヨレになった服より、今の服で会うほうがいいと。


「そうだな……」


それだけ答えるとレフィロスは部屋から出て行った。


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