崩壊への序曲
宮殿において食事とは各自でとるものだ。
皇帝もまた1人で食事をする。もっともその部屋には数人の来訪者が常におり、その彼らに見られながらの食事となるが。
その日の食事の来訪者の中に、シュトライザーはいた。彼の家は代々帝国に尽くしてきた名家であり、彼自身もまた皇帝と親密な関係を築いている
その彼の最愛の息子が戦死した。
つい先日の事だ。
突如として出現した【化け物】を、彼の息子は海軍を率いて討伐するはずだった。
その為の準備を進めているところを、その【化け物】に襲撃され奮戦虚しく散ったとの報告を受けた彼の喪失感は、途方もないものだった。
シュトライザーは息子の葬儀を他者に任せると、直ぐに数多の家に訪問し、頭を下げ急遽この日の皇帝の食事に来訪者として来ていた。
ライバル派閥の者ですら、そのシュトライザーの覚悟を決めた訪問に感銘を受け、本来の来訪予定を彼に譲っていた。
その為、この食事は普段より遥かに静かな中で行われている。
ここにいる来訪者は、シュトライザーとその領地を隣接する領主だけであり、彼らもまたシュトライザーからの願いを受けての来訪になる。
食事を終えた皇帝は、そんな彼に声を掛けた。
「逝くのか?」
その短い言葉には、余人に計り知れぬ想いが込められている。
皇帝には既に名代を通してシュトライザーから爵位の返上及び領地の返還が伝えられていた。
「これまでの日々、とても楽しゅうございました……どうか我が領の民をお願い申し上げまする」
そう言うシュトライザーの顏は、若き日に夜会で数多の女性を虜にした爽やかな笑みを浮かべていた。
自領の民を守れず、代々受け継いできた家を自分の代で潰す無念。
この場にいる者でそれを理解しない者など1人も居ない。
それを超えている彼の表情は、何をするのか容易に察する事が出来た。
極僅かな限られた領主だけが持つ最大の権限にして、自身の命と引き換えに行われる禁断の魔法。
それは帝国を護ることこそが貴族の本懐であるゆえに備えられたもの。
都市を丸ごと1つ消滅させるその魔法は、王国との休戦条約にも禁止されたほどの強大な破壊をもたらす。
その破壊をもって外敵を滅ぼさんとする捨て身の攻撃魔法だ。
「そうか……民のことは案ずるな。余にとっても大切な帝国の民である。永きに渡り帝国への挺身、誠に大義である」
「……身に余る光栄でございます」
その皇帝からの言葉は、シュトライザーにとって最高の言葉だった。
目頭が熱くなるほどの想いが溢れてくる中、絞り出すようにして感謝の言葉を彼は出した。
その数日後に、彼は自身の領都と共に消え、更にその後数多の都市が一瞬で消し飛び、無数の民の命が喪われた事を、皇帝は息子である皇太子から伝えられる……
それは栄華を極めようとしてきた帝国の、崩壊への序曲のように皇帝の耳に鳴り響いていた。