大切な想い
「あい分かった」
レフィロス・L・バルドは静かに答えた。内務卿の報告は帝国の財政をドラゴンのブレスで吹き飛ばすような非常識な内容だ。それだけに皇太子であるレフィロスは感情を表に出さないようにしている。
自身の感情や言動の全てが、周囲に絶大な影響をおよぼす事を自覚しているがゆえの態度だ。
「つきましては陛下に奏上たてまつりたく存じます」
内務卿は緊張のためか、ややこわばった表情をしつつ皇太子のレフィロスにお願いしていた。
「それをしてどれだけの時をもたせる事が出来る?」
レフィロスの問いは内務卿にとって苦いものだ。
皇帝に伝える内容は帝国の財政を一時的に延命させるだけであり、抜本的解決策では無かった。
内務卿の頭の中では、度重なる報告から映し出された光景が広がっていた。
帝国に膨大な富をもたらしていた主要な街が壊滅的破壊に見舞われ、無数の民を一瞬で喪った。それだけで天災と呼ぶに相応しい大損害は、しかしてそれだけに留まらない。
その損害をもたらした元凶の討伐に使用された海軍もまた壊滅的打撃を受けている。
その再建にも年月と費用がかかるのに、海軍からはさらなる軍事行動が提案されている。
当然ながらその軍事行動にも費用は付いて回る。
内務卿にしてみれば、全責任を軍務卿に押し付けたいところだ。
もっとも全責任を押し付けたところで、帝国の財政が健全化する訳ではない事は内務卿も知っている。
「今季……いえ、来季までならなんとか……」
次々と浮かびあがる汗を床に落とし、皇太子に頭を下げたまま内務卿は答える。
それは最大値の答えだ。
これから行う軍事行動が損害無しで、かつ最短時間で脅威を排除する。しかも各地の領主が経済復興に向けて、何も言わずに協力してくれるならばだ。
内務卿にとってはもはや夢物語としか思えない条件だが、この場ではそう答えるしかなかった。
「来季までだな……分かった。陛下にその旨、奏上いたす。……下がってよい」
皇太子の言葉を頭を下げたまま内務卿は受け止めると、その体勢のまま後ろへと歩き『夏の間』の外に出る。
重厚な扉はタイミングぴったりに衛兵によって開けられ、内務卿が退出するとまた静かに閉められた。
レフィロスはそんな内務卿には目も向けず、机に置いある書類を改めて見ている。
内務卿が提出したその財政再建計画の書類は、各地の領主が反発するのが眼に浮かぶ内容だった。
恐らくどの領主も民から過剰な税を徴収しているであろう領主の財産を、納税の言葉で没取する。その結果、さらに民に対して領主が重い税を要求するのは分かりきっている。
そして、圧政に苦しむ民たちにより、各地反乱が起きる事まで容易に想像できてしまう。
ここまでして帝国の財政は来季までしか持たない。
その頭の痛くなる事実を父親である皇帝陛下に伝えに行くのは、皇太子であっても億劫になる内容だった。
思わず溜息を吐きたくなるが、レフィロスはそれを飲み込むと、机の引き出しから小さく可愛らしいペンダントを取り出す。
それはレフィロスの瞳に似ており、どこまでも澄んだ空のような、青い宝石がはめこまれている。
そのペンダントはレフィロスが愛おしく想う婚約者サンドラからのプレゼントだった。
レフィロスはそれを優しい眼差しで暫く見つめると、また大切そうに引き出しに仕舞う。
そして毅然とした表情で席を立ち、皇帝に謁見するため部屋から出ていった。